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第49話 岸谷

「ひまる、相変わらず凄かったな。尻尾がちぎれるんじゃないかと思ったぞ。玖月、大丈夫だったか?あいつ、すげぇな…俺の方にはほとんど見向きもしなかった」 「ひーくん、久しぶりだったから…会えて嬉しかった。また大きくなってましたね」 高坂の家に来ている。玖月も家事代行としてキッチンの掃除とランチを作っていた。今は高坂と玖月の三人で食事中だった。 玖月が高坂のキッチン周りの掃除をし終わる頃を見計らって、彩がひまるを連れて母屋に来た。ひまるには、玖月がいるのがわかったのだろう。だいぶ離れたところから、ずっと吠えていたのが聞こえていた。 玖月と会えたひまるは、尻尾をブンブンと振り回し、玖月を押し倒すように覆い被さっていた。玖月は押し潰れそうになってたけど、キャッキャと楽しそうにしていた。 だけど、ひとしきり遊んでもらったひまるを玖月から引き離す時はちょっと大変だった。 玖月と離れたくない一心で、玖月の服を引っ張ったり、ありとあらゆる手を使って、ひまるは全身でもっと遊んでくれといっていた。 また、あの訴えるような上目遣いをして、甘えるようにくーんくーんと鼻を鳴らしてみたりしていたので、思わず「俺は知ってるぞ、ひまる…お前はそんなタマじゃない。可愛い子ぶってもダメだ」と、ついひまるに厳しく言ってしまい、物凄く吠えられた。 あいつの玖月に対する独占欲は相変わらずで、玖月を振り向かせるために、良い子ぶる小細工はマジで徹底している。 その後、彩が必死にひまるを離れに連れて行ったが、彩も子供をおんぶしながら、ひまるを連れるという、なりふり構わず必死になる姿が可笑しくて爆笑してしまった。親になった妹は逞しいなと感じる。 「玖月くんは本当に元気になってよかったねぇ。ほら、もう症状も出てないんだよね?うんうん。優佑も役に立ったようで、よかったよ」 ひまるが飛び込んできたので、玖月が押し倒された形になったが、汚れるとかそんなことも気にせず、ひまると遊んでいる玖月の姿が見れた。手袋もマスクも無しで遊んでいた。 本当に潔癖症がなくなってるなと思い、ジーンとくる。今では本人も特に気にしていないようで、それもまた胸を熱くした。 高坂のリクエストのランチは、冷やしおろしそばだ。さっぱりとして美味しかった。そばに合わせて、高坂酒造の最高級、世界最高峰の品評会でも絶賛されたことがある日本酒も飲んでいる。やっぱり美味いと感じる。 親父のところの酒だからとか、ブランドだから、高級だからというわけではなく、上質な旨味と長く続く余韻を感じる酒だと改めて思う。 高坂酒造は、歴史ある酒造であり最高級の酒を守っている。それが出来ることは、高坂を尊敬しているところでもある。 「優佑、もう少し飲むか?」 「いや、もういいよ。飯も食べ終わったし。今度また夜に来た時にゆっくり飲むから。親父…美味かった、本当にこの酒は美味いと思う」 「そうだろ、美味いだろ?だけどなんだよ、つまんない。お前、この後は家に帰るだけって言ってたじゃないか…じゃあ、玖月くんは?もう少し飲む?」 「い、いえ。僕も今日はこの辺にしておきます。ありがとうございました。本当に美味しいお酒ですね。背筋がピンと伸びそうに、凛としています」 「うむ…そうか、二人共もう飲まないなんて寂しい。そうだ、玖月くん今度泊まりにおいで。優佑も一緒でもいいけど…そしたらいっぱい飲めるよ?」 「おい、親父…俺に話があるんだろ?だからもう飲まないって言ってるんだよ」 いつものように家族で食事をするのではなく、今日は話があるから来いと高坂は言っていた。何だかよくわからないが、話を聞くのに酔っていてはいけないだろう。 「じゃあ、お茶の準備してきます」 玖月が気を利かせて席を外そうとしている。話と聞いて、親子二人にさせようとしてくれている。 「あ、玖月くんもここにいて。一緒に話を聞いて欲しい。そんなに大した話じゃないから」 席を立とうとした玖月をニコニコと笑いながら高坂が引き止めた。 「優佑、お前の会社はどうなんだ?」 「どうって…何だよ唐突に。会社は問題なんてないよ。いたって順調だけど」 「そうか、じゃあ、誰かに任せられるな。早めに譲っておけよ」 「はあ?」 話が掴めない。 しかし、岸谷の会社、株式会社アーネストを、誰かに任せろ譲っておけと唐突に、はっきりと言われた。

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