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第48話 岸谷

楽しみにしていた玖月の夕食は、肉や野菜をトマトなどで煮込んだイタリアンで、相当美味かった。がっつり食べたいというリクエストに応えてくれたので、岸谷としては大満足である。 鮮やかなトマトが主役の濃厚な食事に、合わせたワインも美味かった。少々食べ過ぎた感じもするが、まぁいいだろう。 ひとりで生活していた時とは違い、最近は食事をしっかりと取っているため、太ったり、腹が出たりするのが心配ではある。 玖月には常にカッコいいと思われていたい。なので、ゴルフに行ったり、会社帰りの夜は出来る限りジムに通ったりして体を鍛えている。 体を鍛えていれば、玖月を軽々と抱き上げ、バスルームまで素早く運んだりすることなんて簡単なことだ。そう考えるとジムに通うのも楽しく思えてくる。 食後にアイスが出てきた。バニラアイスだろうか。アイスなんて珍しいなと、ひんやりとした器を眺めていると、最近仲良くなったスーパーの店員のおすすめなんだと玖月が教えてくれた。 いや、正確にはスーパーの店員の後輩である海斗のおすすめだ。以前岸谷にカレーの材料一式を教えてくれた、あの青年二人のことだ。 その青年二人、芦野と海斗に玖月を「俺の恋人だ」と、堂々と紹介したら、芦野は「えっ!マジですか?」と驚き、海斗は「ふーん」と特に興味なさそうにしていたのを思い出す。 二人の反応が極端だったので、岸谷は笑っていたが隣にいた玖月は恥ずかしそうにしていた。 それでも何度もスーパーに通っているうちに、いつのまにか玖月と二人は仲良くなっている。 広告デザイナーの木又悠の時もそうだが、玖月を誰かに紹介すると、その相手はすぐに距離を詰めて玖月と仲良くなってしまう。 人から好かれることが玖月には大いにある。だから仕事でも取引先や契約者との関係が良好なんだろう。今の仕事を楽しそうに生き生きとしてやっているのを見るのは、岸谷としても嬉しく思っている。 いいんだけど…いいんだけど!ちょっとやきもちを焼いてしまうのも事実だ。 そんなことを考えながらアイスをスプーンで突っつく。甘いものは苦手なので食べるのを躊躇していると「ふふふ…これが合うんですよ」と、玖月は笑いながら出してきたのが『You are my Boo 』だった。 玖月に勧められた通りに、冷たいアイスの後に、少し癖のある酒の『You are my Boo 』を飲んでみると物凄く美味しかった。 濃厚なバニラの後にBOOの酒がブワッと広がり、後味がさっぱりとする。甘いアイスのベタベタ感が無くなり、スッキリした。甘いものに日本酒が合うなんてと 思わず、岸谷は唸ってしまうほどだ。驚いている岸谷を見て、玖月は笑っていた。 甘いものが苦手であり、普段全くデザートなどは食べないから、余計驚きもある。それに、昼の会議で誰かが言っていた「日本酒は他の文化である食事との相性もいい」というのが本当だなと感じていた。 玖月はアイスと『You are my Boo 』を写真に収めSNSに投稿していた。コメントは「ほらね。おいしいでしょ?」と書いてあった。 岸谷も真似して同じように写真を撮りアップする。コメントは「本当だ。うまい」と書き、海斗のおすすめというので、アイスにタグ付けもしておいた。 アイスを食べながら、一番大切な時間を過ごす。一日の終わりに二人で話をするのが好きだ。 「明日は、高坂さんのお宅へ家事代行サービスに行きます。久しぶりに、ひーくんにも会えそう」と、玖月は嬉しそうに話をしてくれた。 「明日は、俺も親父に呼ばれてるんだよな…昼には行くから」 「聞いてますよ。ランチは優佑さんも一緒だって高坂さんがおっしゃってました」 「なんの話で呼ぶんだかわかんないけど、終わったら俺もそのまま仕事を切り上げて、玖月と一緒に帰ろうかな。会社に戻らなくてもいいだろうし。そうだ、帰り道スーパー寄る?」 「そうですね、もしスーパーに寄れたらこのアイス買おうかな…あそこで売ってるんですよ。ね、美味しいでしょ?これ。このアイス、シャンパンとかワインとも相性いいんですって。海斗くんって美味しいものいっぱい知ってて、料理を作るのも好きなんだって。このアイスは優佑さんの会社のお酒と合うからって、この前おすすめしてくれたんですよ」 「あいつら、俺の会社知ってる?」 「知ってますよ。優佑さんの会社と取引あるからって言ってましたよ?スーパーにも優佑さんのところの、あのお酒が置いてあるじゃないですか。あっ、あの二人は、あそこのスーパーの社員さんで同僚なんですって。ほら、あのスーパーって高級スーパーで有名じゃないですか。都内にいくつか店舗があるでしょ?本当は芦野くんは経理で海斗くんは営業だから、二人共、本社に勤務しているらしいんですけど、なんか事情があって芦野くんだけ今は、あそこで働いてるみたいです。二人共、ここからちょっと先の駅に住んでるって言ってました」 いつのまにそんなに仲良くなったんだ。俺の玖月なのにと、ヤキモチからいじけた言葉が出そうになったが、カッコ悪いところは見せたくない。グッと言葉を飲み込む。 バニラアイスがゆっくりと溶けていき、更に濃厚な甘さに変わっていく。アイスと一緒に酒もするすると進む。 「それと、今週末の土曜日は部屋の片付けで陽子さんの家に行ってきますから。朝から行って、夜には帰ってきますね」 「あっ!あれか。玖月の部屋の片付けだろ?俺も手伝うことない?やるよ?」 「ないない!大丈夫。優佑さんはゆっくりしてて、休みなんだし」 実家である陽子の家の玖月が使っていた部屋を、すぐにでも片付けをして明け渡してくれと、陽子に言われたそうだ。 玖月の部屋はこれから孫のための部屋に生まれ変わるという。孫とは、知尋と渚の子供。二人の間に待望の第一子が生まれる予定だ。 渚が仕事に復帰した時も、在宅ワークとして勤務できるようにし、これからは玖月と交互で仕事を振り分けるそうだ。そのために、母子共に過ごせて仕事も出来るようにと、玖月が使っていた部屋を使えるように準備をすると陽子が言っていた。 出産はもう少し先だが、妊娠がわかってから祭りごとのようになり、盛り上がっている。 そりゃそうだろう、初孫だ。陽子の気合いの入り具合は凄いと玖月は笑っていた。 「じゃあ、土曜日は朝、車で送って行くよ。俺はゴルフの練習して、それで夜にまた迎えに行くよ。陽子さんと一緒に食事でもする?」 「あっ、いいね!聞いておく。そうだよね、三人で食事が出来ればいいなぁ」 「だからさ、金曜日はゆっくりできないから...今日、いい?…してもいい?」 スルッと脇腹から手を忍び込ませた。玖月の肌が手にあたる。ひんやりとしていて気持ちいい。 いつも休みの前は、ガッツリ求めてしまうが、今週は実家に帰るため、そうはいかない。その代わりに、今日ちょっとだけいい?と岸谷は確認する。恥じらいながらも、うんと頷く玖月は色っぽくて、腰がズクっと動く。 「うん...いいけど... (あと)はつけないでね。明日は高坂さんのところだから」 ソファの上で玖月を抱き上げ、膝の上に座らせた。痕はつけて欲しくないと言われると、それはそれで興奮する。だけど、キスマークなんて知らないうちについてしまうし、気をつけないといけない。 「親父?痕なんてわかんねぇだろ。でもまぁ、見えるところには付けないように気をつけるよ」 バニラアイスはやっぱり甘く、クリームのように溶けてしまった。最後の一口を口に含み、そのまま玖月の首筋にキスをした。

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