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第47話 岸谷

「…以上が、収支報告になります。アメリカ国内のサブスク参入と、空港の免税店での売り上げ、それとネット販売が順調に伸びている結果です」 午後からの会議では次々と報告が入り、それを聞いている。 岸谷の会社である株式会社アーネストは、右肩上がりの好業績をたたき出している。名前を変えて酒を販売し、更には売り出す場所を新規開拓したのも大きかったようだ。 「業績が良くなったのは、社員のみなさんのおかげです。本当にありがとう。しかし…ここまでよくやったよな。これからの方向も決まったし。後は、新たな商品か…次のプロジェクトの目玉ってとこだな」 岸谷が場にいる皆を見渡し言葉をかける。ひと段落し、雰囲気が砕けてきたので、会議に参加している一同がホッとしていた。 いくつかある新しいプロジェクトについて、営業本部長が今後の戦略のまとめに入る。 「今後は更なる日本酒のグローバル展開と、レストランやバーへの提供です。日本酒は和食に合わせるものというイメージが強いですが、フランス料理など非和食の料理とペアリングして、日本酒が好きな方々に新しい発見の場を提供出来ると確信しています。それと、国内ワインの方も売り出しが進んでいます。今いくつか進めているプロジェクトに合わせたお酒の提供が出来れば、また大きく事業が動きます」 最近は、SNSでも頻繁に投稿されている株式会社アーネストの『あの酒』は人気に火がつきネット販売も好調だった。 以前は、海、空、太陽といった名前で販売していた酒を、メッセージ性のある英語にし、遊び心あるネーミングに変えた。 元々、個性的で美味しい酒なのでファンもいたが、新たなネーミングにしたことで、国内外から受注が相次いでいる。 更にはシリーズに新しく『You are my Boo 』という新商品を追加発売した。 『You are my Boo 』は、君は僕の大切な人という意味であり、玖月に真っ先にプレゼントをした物だ。俺の大切な人、玖月に。 その酒を、世の中に発売をしたらすぐに海外で有名なアーティストが絶賛してくれたり、インフルエンサーが紹介してくれたりしているおかげで、現在は在庫切れになっている。 こんなに多くの人の目に触れることになったのも、広告の力が強かったと思う。 新商品も木又悠に広告を依頼した。忙しいだろう売れっ子の木又だが、快く引き受けてくれた。「これは楽しく仕事ができそうです」と言われ、何故か岸谷の好きな人に対する想いや気持ちなどを細かく聞かれた。 不思議に思いながらも質問に答えていると「創造力なんだ」と、木又の恋人である乙幡がこっそり連絡をくれて教えてくれた。それからは、ぐっと乙幡とも仲良くなり頻繁に連絡を取るようになった。 そんな木又のおかげで、恋人、家族など幅広い関係の『You are my Boo 』は、目を引く広告が出来上がり、国内外で大人気となった。 家飲みが多くなっている今、『You are my Boo 』をSNSにアップするのがブームにもなっている。 「うちが販売するものが次々とヒットしているので、新しいところから売り込みも多くあり大変盛り上がってます。英語ネーミングの日本酒は若い造り手さん達なので、注目されて本当にありがたいと言ってました」 「そう、それですよ、嬉しいのは。それに、うちの会社としても若い造り手さん達を世に出すっていう思いも果たせてますからね。成功して社員一同本当に嬉しいです」 「私たちも!日本酒だけではなく、私たち国内ワインチームもこの追い風に乗ってプロジェクトを進めていますから」 部署やプロジェクトが違う様々な者が参加しているこの会議で、次々と皆が会話を始めていた。 社内での意見交換にもなっているのだろう。このようなディスカッションは、活気があり有意義だと感じる。ひらめきもありそうだ。 「ですが、その一方で、老舗にも目を向けていく必要があると感じています。若手、歴史ある酒蔵の両方を受け入れて、この国のお酒を活性化させていくことが実現できればと。それに、老舗の蔵元さんと契約出来れば、また事業拡大に繋がりますし」 100年以上続く歴史ある酒造の酒は、昔ながらの製法にこだわっているものが多く、ファンも一定数いる。歴史ある蔵の酒を取り入れたいと、社員の皆が思っている気持ちも伝わってきている。 確かに、色々なところと契約して、会社があらゆる種類を取り扱うことができれは、消費者が選択できることに繋がる。それが望ましいが、老舗側と契約になると、なかなか『うん』と言ってくれないという難しい問題もある。 「そうだよなぁ…老舗ねぇ…契約したいよな。色々ハードルあるけど、決まれば一気に幅は広がるし。まぁ、みんなで考えるか。なっ」 岸谷の会社は、SNSで人気とか、流行り物とか、そういうのを扱う会社ね、という目で見られるため、昔からの蔵元さんとはすぐに契約を結ぶことができないでいる。根気よく口説いていく必要があった。 とりあえず今日すぐには答えは出ないため、皆で色々なところに掛け合うことになる。 今日の戦略会議は終了となったところで、女性陣たちから声がかかった。みんなニヤニヤとしながら近づいてくる。 「社長、今日の夜はイタリアンですか?」 「えっ、なんで知ってんの…」 「さっきSNS見ちゃいました。いいねもしておきましたよ。イタリアンって何でしょうね。いっつも美味しそうなご飯なんだもん。羨ましいな」 玖月とやり取りしているSNSのことを言われている。恋人のSNSだとオープンにしているから、みんな知っていることだった。 「うーん、何だろうな。あっ、この前イタリアンだった時は、コトレッタだったよ。リンゴとチーズが挟まったとんかつみたいなやつ。後は、パスタのオーブン焼きとかかなぁ…今日はワインだな」 「コトレッタ?」「おおーっ」という声が上がったので振り返る。そこにいたみんなが聞き耳を立てていたようで、興味津々な顔をして岸谷の方を見ていた。 「今日の夜ご飯は絶対SNSにアップしてくださいよ。みんな楽しみに待ってるんですから」 女性社員たちから、揶揄われるように笑いながら言われ、岸谷は苦笑いをした。 「えーっ、あれは業務連絡みたいなものなんだよ。うーん、まだやめられないか…最近さ、SNSもフェードアウトしようかって思ってて、二人で話してたんだけど、ひとりうるさい人がいてさ、更新しないと連絡してくるんだよ。早くしろ!って。早くすることなんてないのにな」 最初は二人だけの遊びでスタートしたSNSだが、今では結構な人に注目されている。 玖月のSNSは、アップしている料理が美味しそうだということもあるが、その料理のレシピも一緒に載せているので評判がいいらしい。 岸谷の方は、なかなか上手くならない料理の写真や、業務連絡であれこれ玖月にお願いしているのがウケているようだ。この前は、玖月が頼んだ物と違う物を岸谷がスーパーで買ってしまい、フォロワーから、違う!違う!と指摘を受けていた。そんなやり取りが面白いらしい。 本人たちはメッセージツールのひとつとして考えているのだが、ひとりどうしても毎日SNSを更新しろ!二人のやり取りを頻繁にしろ!と言う人がいる。 「ええっ!やめようとしてたんですか?社長の恋人同士のSNSは楽しみにしてるのに…めっちゃイチャイチャしてるじゃないですか。二人の生活を、覗かせてもらってる感じでニヤニヤしますよ」 「そうか?別に普通だけどな。でも、まぁ、これからもゆっくり続けるよ。そのうるさい人がいるからさ。あはは」 SNSを更新していない日は、催促の連絡が来る。しかも、催促は岸谷のところだけに連絡が入り、玖月には入らない。 忙しい時は、メッセージでの連絡を無視している。そうすると必ず電話がかかってくる。この前は、とうとうオンラインで繋げろとその人は言ってきた… 「悠がさ、優佑の恋人に会いたいって言うんだよ。だからオンラインで繋げようぜ。いつがいい?」 そう。 そのうるさい人とは木又(きまた)の彼氏、乙幡(おつはた)のことだ。SNSの更新が無いと頻繁に連絡をして催促してくる。 木又悠の恋人である乙幡のしつこさに負けて、オンラインに繋げたのが先週末。 玖月と木又悠はその時から仲良くなり、今では頻繁にメッセージでやりとりをしているという。SNSにアップしている玖月の写真の撮り方が素晴らしい!と、木又は何故かいつも絶賛している。 「もうね、俺と玖月は仲良く暮らしてるからSNS更新してなくても大丈夫なの!乙幡さんとこからだと時差あるし、無理して連絡してこなくていいから!今はもう、寝る時間だろ?それに、こんなことで連絡してるって悠さんに知られたら怒られるぜ?」 そう言っても乙幡は、うんとは言わない。 年上である乙幡に敬意を払ってはいるが、最近はやたらと連絡を取り合う仲になったので、砕けた会話が続いていた。 何となく自分と似てる匂いをお互いに感じているので、気の合う友人になっている。 「仲良くしてるって…わっかんねぇだろ?俺だって悠が心配しなかったら、連絡なんてしねぇよ」 「何言ってんだよ…あっ、乙幡さんさ、この前そっちに送っといたよ、うちの酒。そのうち届くと思うからさ。悠さんにも伝えといて」 「おおっ、マジか!ありがとう。悠もさぁ、日本酒楽しみにしてんだよ。ああ、久しぶりに日本に行きたいな。日本酒で天ぷらとか食べたい」 「来ればいいじゃん。仕事忙しい?来てくれたらさ、玖月も喜ぶよ。天ぷらでもすき焼きでも食べに行こうぜ。俺と玖月で案内するからさ」 「本当に?そっか、計画しよっかな…そうだ!じゃあまたオンライン繋げようぜ。玖月くんも悠と話をしたいだろうし」 「えーっ、もういいよオンライン…俺ら二人の会話を聞いてるだけじゃん。俺が話し出すと『静かに』ってすぐ乙幡さん言うじゃん。静かにって何なんだよ」 オンラインは便利だが、乙幡とオンラインを繋げていると、玖月と悠の会話を聞いているだけとなる。ちょっと口を挟もうとすると『優佑!シッ』と乙幡に注意される。 「いや、悠と玖月くんが楽しく喋っているんだから、水を差すようなことはするなと言ってるだけだろ」 「うそだろ?乙幡さん、水を差すなんて言葉知ってるのかよ!」 「そこかよ!」 乙幡からは優佑と呼ばれ、岸谷と乙幡はふざけた会話を繰り返す。最近できた年上の友人との会話が楽しくなっているのは、確かだった。

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