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第52話 岸谷

携帯電話の音で目が覚める。一瞬ここはどこだ?と見慣れない天井を眺めて思ったが、次の瞬間にソファの上だとわかる。昨日は、玖月と電話で話をして、あのままここで寝ていたんだ。 着信を見ると乙幡からだった。時間を見るとまだ早朝の5時だ。 「…もしもし?」 「あっ、優佑?俺!お前、何やったんだよ。なんで『ごめん』って言ってあんなにアイスばっかり買ってるんだ?教えろよ、悠に言わないとならないからさ」 「もう…まだこっちは朝の5時だぜ?もうちょっと寝かせてくれよ」 乙幡は、ごめんごめんと言うが、電話を切らせてはくれない。この乙幡は、木又悠の恋人であり一部上場企業の社長である。自身の会社も忙しいのに、恋人の悠が絡むと、まあ大変なことになる。悠のためなら何でもやる!と、全身全霊でかかってくるので、こちらもそれに合わせていると体力的にもキツくなる。 だけど、この辺の乙幡の押しの強さは、自分と似ていると感じる時がある。乙幡からの電話の理由は、全て彼の恋人である木又悠に絡み、恋人への執着具合も自分に似ていると岸谷は感じている。 「優佑…なんだぁ?喧嘩かぁ?そうなのかぁ?だったら理由を言えよ。俺が何でも聞いてやる!さあ、言え」 「何でそんなにワクワクしてんだよ。やだよ、言わねぇよ」 と、乙幡とふざけているうちに完全に目が覚めてしまった。朝の5時から起きてしまうが玖月もいないし、朝からうるさい乙幡からの電話は気分が沈まないから、それはそれでよかったかもしれない。 掻い摘んで昨日の出来事を乙幡に伝える。会社のことだが、プライベートのことでもある。その辺も乙幡には素直に話をした。 さっきまでふざけていた乙幡だが、話の内容を理解するにつれ、真剣な声で心配してきている。後継者問題を理解してくれていた。 「…そうか。なかなか難しい問題だな…でも解決方法はいくらでもあるだろ?」 「うん…解決策は考えてるんだけど、相手もあることだし。とりあえずもう一度話をしてくるよ。そこからどうするか考えて早めに解決させる」 「ああ…俺もその辺調べてまた連絡するよ。お互いが一番いい結果になればな。お前も大変そうだけど、今が踏ん張り時だから頑張れ」 乙幡は、なんだかんだ言っても心配してくれているのだろう。乙幡も会社の社長だ。お互い経営者だから、シビアな考え方を持っている。そこは真剣に考えて、答えてくれているのがわかる。 「で?何でアイスなんだ?」 乙幡はアイスの写真を思い出したようだ。このままその話は忘れててくれればよかったのに、そうではなかったようだ。 家族経営について自分の勝手な印象を暴言と共に吐き出してしまい、誇りを持って仕事をしている玖月を傷つけてしまった、その後喧嘩別れのようになってしまったと、乙幡に伝えた。 「ああ…だから…玖月が実家に帰るって帰っちゃったからさ。怒ってたんだよ。だから玖月の今一番好きなアイスを大量に買って『ごめん』って謝ったんだ」 「ウケる…マジか!優佑、お前…あー、ははは、ヤベぇ…ウケる、必死だな。実家に帰られるなんて、ヘマするなぁ。ははは…悠に伝えようっと。悠が好きそうな話題だし」 昨日は岸谷がSNSを更新した後に、玖月からすぐ電話がかかってきた。何とか電話で仲直りができ、寝落ちする前に『おやすみ』と伝えて電話を切っている。 その後すぐ、玖月は『アイス食べたいな』というコメントと一緒にこの前のバニラアイスと『You are my Boo 』の写真がまた投稿されていた。 だから、その写真に岸谷から『チョコレート味もあるよ』とコメントを入れてある。 それを見た乙幡は、何事だ?と思い電話をしてきた。SNSを見て喧嘩をしたとすぐにわかったようだ。そりゃ『ごめん』なんてコメントが入ってればそう思うだろう。事情を聞くために、ウキウキとして電話してきて、最後には爆笑している乙幡が何だか憎たらしいが、まぁ仕方ないか。 「そんなに笑ってるけどさ、乙幡さんは悠さんの好きなものって知ってんの?今の好きなものだよ?もし、今喧嘩してさ、どうしようって時にまさか花束なんて持って謝りになんか行かねぇよな?え?どうなんだよ」 「えっ…と、知ってる…と思う。あれ?何だろう。今?今だよな…あ!チョコレートかな、うん、そう、チョコレートだな」 「へぇ…どこのチョコレートとかどんな時に食べるとか知ってんのかよ。…あれあれ?ヤベぇんじゃねぇの?なんか本当は知らねぇんじゃねぇの?あーあ、どうする?喧嘩した時、もし間違えたプレゼントしたらまた怒らせるぜ?俺はさぁ、知ってたわけよ、玖月の好きな物をさぁ。あーあ、乙幡さん、やっちゃったなぁ。うそだろ、マズイよなぁ」 カカカッと笑ってやった。早朝から起こした罰だ。立場逆転にしてやった。 乙幡は、自分に置き換えて考えたようで、急にソワソワとし始め、電話を切るような雰囲気を出す。だけど、今度はこっちがそう簡単に切らせないようにしてやった。 「優佑、俺は今急に忙しくなった。また連絡する。とりあえず、お前頑張れよ。あっ、『You are my Boo 』ありがとうな。届いたよ、昨日飲んだ。悠も喜んでたし、相変わらず美味かった。じゃあな」 わかりやすい。これから悠の好きなものを探し出すであろう乙幡の姿を想像して、ひとりで爆笑してしまう。 木又が広告デザインしてくれた『You are my Boo 』も乙幡と悠の家であるアメリカに無事届いていたようでよかった。 昨日の雨は上がり、今日は一転して晴天のようだ。そんな清々しい晴天の日でも、ひとりの生活は続く。早く週末にならないかなと、早朝早々に考えてしまう。

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