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第61話 番外編

「優佑さん?本当に大丈夫?これから来るんだから、もう一度点検してよ。ぜーったい点検漏れがないようにね?」 昨日からそう何度も玖月に念押しされている。今日はこれから芦野蓉《あしのよう》と野村海斗《のむらかいと》を自宅であるペイントハウスに招いて、食事をすることになっていた。 蓉と海斗は、いつも行っているスーパーで顔見知りとなり、玖月と岸谷は食材選びで大変お世話になっている。 以前、岸谷が玖月のためにカレーを作ろうと衝動的に思いつき、スーパーのカレーコーナーでスパイスを睨みつけていた時に、そこのスーパー店員である蓉に話しかけられたのがキッカケだった。 蓉と海斗はそのスーパーを経営している会社の社員だという。 岸谷と玖月がスーパーに行くたびに、海斗は料理で使う食材や、美味しくてセンスのある調味料をおすすめしてくれたりしている。 玖月と海斗は新しい食材の情報交換もしているらしい。昨日から玖月がウキウキとしながら食事会の下準備をしているのを、岸谷は眺めていた。 そのため『密かなる計画で使用するローションとコンドームを全て撤去せよ!全室全てだ!撤去開始!』と玖月からそんなお達しがあった。 以前、岸谷が急に玖月の兄である知尋を自宅に連れて帰って来た時の玖月の慌てっぷりは、かわいそうなくらいだった。 そうさせないためには、無念ではあるがアレらを回収するしかない。しかし、全てとはまた自信がない…どこに配置させたか、ちょっと微妙に忘れているところもある。 もう一度部屋中を点検しながら、これから来る海斗といえば…と思い出したことがあった。 コンドームのストックが無くなったため、二駅先のドラッグストアに岸谷ひとりで買いに行ったことがあった。そこのドラッグストアの規模はかなり大きく、品物も充実している。それに唯一XLサイズのコンドームが売っているのは、この辺ではそこの店だけだった。 お目当てのコンドームに手を伸ばし取ろうとした時、横からサッとそれを掻っ攫っていった奴がいた。何だ?と呆気に取られたが、気を取り直して棚を見るとXLサイズは在庫が無くなっている。最後の一つを今の奴に横取りされたとわかった。 「ああーーっ!!」と、大声を上げた岸谷を、掻っ攫っていった奴がびっくりして立ち止まり振り返った。 「海斗…?」 「岸谷さん?」 岸谷の横からひょいっとXLサイズのコンドームを横取りしたのは、海斗だった。 何で横取りするんだ!とは言えず、海斗もすいません!とは言えないようで、微妙な空気が二人の間に流れた。 海斗の手にはラスイチのXLサイズのコンドームが握られている。それを見た岸谷は「まぁ、いいよ」と、何がいいのかわからない言葉が口から出て、海斗も「あ、そうですか?」とよくわからない言葉を言い、二人でヘラヘラと笑い合ってしまった。 スーパー以外で会うのは初めてであるが、XLサイズのコンドームユーザーという謎の同志魂がお互いの間にうっすら芽生えた瞬間である。 XLサイズのコンドームは売っている場所が少ないため、本当に買うのが困難である。だから、ネットを常にチェックし在庫があるうちに購入しておかないとならない。 急遽必要になったからといって、コンビニやその辺のドラッグストアであるかっつったら無いことが多い。だから海斗もこのドラッグストアまで来たんだなと、咄嗟に理解した。多分、海斗も同じことを考えていたと思う。MやLはそこら辺で手に入るが、XLは難しいと。 うんうん、そんなこともあったなぁと頷きながら部屋中点検している岸谷を、玖月は不審に見ている。 XLユーザー同士なんて玖月には言えないし、言う必要もないが、あの時あいつ必死な顔をしてたなと思い出して笑ってしまった。 どうしてもコンドームが必要です!って顔に書いてあったのを思い出し笑ってしまう。海斗はあのドラッグストアにあるのは、最後のひとつだってことがわかっていたのだろう。XLサイズのコンドームを他の奴に取られないように必死で奪ったんだなと。 「何で笑ってるの?何か思い出し笑い?」 玖月がまた絶賛勘違い中である。コンドームとローションを回収中なので、今までのセックスを思い出して、岸谷がニヤニヤとしていると思っているようだ。 「違う!違うよ!思い出してない!」と大声で言うも、「なに…思い出してないって」と小声で言いながら玖月は小さくため息をついていた。マズイ…空回りしてしまった。 「玖月、大丈夫!終わったよ。もう全部回収したから問題ない!」 「…わかりました。ありがとうございます。それと、もう今回は撤去です。一旦回収ではありません。次から戻したり、新しく配置し直しは、しないようにしてください」 「ええーーーっっ!!」俺の計画が… 「そうでしょ?もうすぐ新しい家に引っ越しするんだから。だからもう置かないで」 「まだだよ?まだ半年以上あるじゃん」 「もうあと半年でしょ!」 この辺の感覚は、性格が違うから感じ方も違うらしい。やっぱり玖月はキチっとした性格なので、今から新居に向けて準備をしたいらしいが、岸谷はまだ先だから近くなったらやればいいじゃんと、ふんわりゆるゆるとしたところがある。性格は正反対の二人なので、こんな場合は必ず岸谷が折れるようにしている。 コンシェルジュから来客の知らせが入った。蓉と海斗が到着したようだった。 「優佑さん!二人が来たようです」 玄関まで玖月がパタパタと迎えに行く。こんなに嬉しそうにしているのは珍しい。 「おっじゃましまーす」と元気のいい声が聞こえてきた。出迎えに行った玖月の楽しそうな声も廊下から聞こえてくる。 事前情報で、蓉がかなりの大食いだということを聞かされていた。そのため、玖月が張り切ってかなりの量の食事を作っていた。 「すげぇ、めっちゃ広い」 「でけぇ、ペイントハウスってすげぇ」 若者二人がリビングで呆然と辺りを見渡している。コンシェルジュ前で、待たされたのも初めてだったと、ウキウキと楽しそうに話をしている。 「あっ、玖月さん。これお土産ね」 海斗がパーティー用の透明のビニールに入ったジュースを手渡している。ビニールにはLet’s party!と書いてある。玖月と初めてスーパーで会った時、玖月はこの袋に酒を三本入れていたあれだった。玖月と初めて会った時を思い出し、懐かしくなる。 「後ね、これと、これもあるからさ。新商品なんだ、これ。使ってくれる?それでまたどうだったか教えてよ。あっキッチン入ってもいいですか?」 「どうぞ!どうぞ!あっ、蓉くんと優佑さんはリビングにいてください!そっちに料理を運んでいくから」 海斗は料理好きであり、食材選びのセンスもいいと玖月が言う。だから玖月は今日、海斗と二人でキッチンに入り、一緒に料理するのを楽しみにしていたようだった。 「蓉、何飲む?ビール?」 「あっ、俺、あんまり飲めないですよ。だから今日はジュースでもいいですか?さっき海斗が持ってきたジュースもらっていい?」 Let’s party!の袋からジュースを出した。冷えていて美味しそうな桃のジュースだった。キッチンに入れない二人は、先に飲み始めることにする。 「しかし…、この袋なんとかなんねぇの?お前んとこのだろ?ダッサイよな…なんでLet’s party!なんだよ。Let’s party!ってなんなんだよ」 「なんで二回Let’s party!って言うんですか!」と蓉は言い笑っている。「大切なことは二回繰り返しだろ」と岸谷が言い、またくだらないことを二人で言い合う。 「これさ、本社のセンスない人達が激推ししてるんですよ。やっぱりダサいですよね。うちの会社ってぱっくり二手に分かれてて、センス抜群な方と、後はこれ…」 これ、と言ってLet’s party!の袋を指さして蓉は笑っている。ダサいけど、確かに笑いのネタにはなるなと岸谷は言い、二人はまた笑った。 「ね、ね、見てください、出来ました!海斗くんのおすすめも頂きました。すごいね、なんでも知ってるね、海斗くん料理の手際もいいし」 「でかいキッチンいいですよね?すごく使い勝手いいし、玖月さん楽しいでしょ?あのキッチン」 「もうね、めっちゃ楽しいよ!毎日、何作ろうって考えてワクワクするもん!」 玖月が興奮気味で楽しそうにキャッキャとしている。隣に座った海斗に「岸谷さん、鼻の下伸び切ってるよ」とこっそり言われてしまった。 乾杯した後、お互いの近況報告をしている間に、蓉だけがぱくぱくと食べ進んでいた。その食べっぷりの良さに玖月と二人で驚いてしまった。 大食い選手権に出れるくらい、いや、出たら優勝できるくらいの大食いである。パスタ、ラザニア、ピザを平らげたので、玖月と海斗で大急ぎで、餃子に焼きそば、チキンライスを作っている。 「お前…すげぇな。この身体のどこにその量が入るの?」 蓉は玖月と同じくらいの背格好で、身体も同じくらい細身である。ぱっと見、華奢な印象でさえある。 「いやぁ、今日は遠慮なく食べれるから本当に嬉しいですよ。玖月さん、料理上手ですね。いつもSNSにアップしてるの見てるけど、本当に美味いです。ありがとうございます!」 「つうかさ、いつもどうしてんだよ。これだけ食べてたら食費もかかるだろし。あっ、あれか?大食いの店とか行って食い尽くしたりしてんのか?」 チキンライスと焼きそばが山盛りで出てきた。玖月と海斗が持ってきてくれている。それに餃子もだ。岸谷が高坂の家で焼いた餃子とは違い、綺麗な焼き目がついて美味しそうだった。 「え?いつも?いつもは海斗が作ってくれてますよ」 「ああ、先輩の家と隣同士なんです。だから俺が先輩の食事の面倒を見てるんです」 補足で海斗が答えているが、蓉はその間も、焼きそばに夢中になっていた。 蓉と海斗は、先輩後輩の関係であり、ここから二駅先のマンションの隣同士に住んでいるらしい。蓉は料理が全く出来ないようで、放っておいたらカップ麺を、日に何十個も食べることになると、海斗が苦笑いしている。 だから二人で食費を出し合い、海斗が二人分作ってるらしい。先輩の面倒を見る後輩なんて、よくできた奴だなと海斗を見て思う。 「蓉…お前の気持ちわかるよ。俺も料理は何をやっても上手く出来ない。そうだ!ずっと前に二人が助けてくれたカレー、あのカレーだけが俺が唯一出来る料理なんだ。それに、俺もひとりの頃はカップ麺だったよ。料理なんて難しいよな」 岸谷の言葉に玖月と海斗は苦笑いしているが、蓉だけは「そうなんですよ」と言ってくれている。 「蓉くん!パンも焼けたからサンドウィッチ作ろっか。何がいい?海斗くん手伝ってくれる?」 「マジで!嬉しい!俺、まだ全然食べられますよ。こんなにいっぱい食べるのは久しぶりだけど、すっごい美味しいです」 玖月と海斗はひっきりなしにキッチンに行っていた。二人がかりで作ってやっと間に合うくらいだ。 玖月は、思いっきり食べてくれて、しかも美味しそうに食べる蓉の姿が嬉しいようである。岸谷はそんな玖月を見るだけで幸せである。 「岸谷さん、引っ越しするんでしょ?今度その新築の家にも招待してよ」 海斗がYou are my Boo を飲みながら、新居の話を振ってくる。海斗は酒が強いようで、岸谷に付き合ってたくさん飲んでくれている。頼もしい。 「あっ、いいよ。でもまだ先なんだよな。引っ越ししたら連絡するよ。そしたらまた来いよ。このLet’s party!を持って」 またLet’s party!袋の話題がぶり返す。海斗は社内で、営業第ニ部というところに所属しているらしいが、このLet’s party!は営業第一部の発案だという。この第一部が、センス無いものを次々と送り込むらしい。 「優佑さん、海斗くんはセンスあるから営業部でも優秀なんですって。蓉くんが教えてくれました。でもそれ、わかるなぁ、だって海斗くんのおすすめは、どれもすぐに人気になって売り切れちゃうもん」 ふふふと笑って、楽しそうにしている玖月はかわいい。それに好きな料理を楽しそうに一生懸命作っているから微笑ましい。 「玖月さんはいつも『優佑さんが好きそう』とか『優佑さんが気に入った』って岸谷さんのことばっかだよ。岸谷さんもさ、スーパーの中で『玖月!好きだ!』って突然言い出すしさぁ。ずっとイチャイチャしてるじゃん。家でもそうなの?本当に羨ましいんだけど」 海斗が砕けた調子で岸谷に話しかける。イチャイチャできる相手がいていいなぁと言っている。 あれ?お前相手いるんだろ?と、思わず言いそうになった。海斗がコンドームをものすごい勢いで奪い取り、買っていたのを岸谷は知っている。 だけど、いかんいかん。余計なことは言わず、別のことを聞こうと思い直す。いくらXLユーザー同士だって、こんなプライベートなこと急に言われたら驚くに違いない。玖月もびっくりしそうだし。 そういえば今、話題に出たそのことは、この前から少し疑問に思っていた。 「あのさ、それなんだけど、いくら俺でもそんな大声で『玖月!好きだ!』なんて言わないぜ?玖月にだけ聞こえるような小さい声で言ったんだろ?それを何でお前らが知ってるんだっていうんだよ」 「いや、それはさ…」と、蓉が気まずそうに答えた。 スーパーの中で、岸谷と玖月の姿を見かけたので気になり、蓉と海斗の二人で後をつけていた時があったという。 そしたら急に岸谷が好きだ!と玖月に向かって言い出したから、それを聞いた二人が驚き、その後爆笑してしまい、近くにいたあのスーパーの店長にものすごく怒られたと言っている。 「すいません、本当に。あの時はさ、ほら、カレーの人だ!って思って。好奇心?でさ、海斗と二人で隠れて岸谷さんの後を追っちゃったんですよ。なっ、海斗!」 「そうそう、あの人カレー作れたかなって心配でさ、声かけようとしたんだよ?まぁ、隠れて二人を見てたんだけど…そしたら急に好きだ!って言うからさ、めっちゃウケたよ。マジで笑いを堪えるのが大変だった。ビシッとした人でもさ、デレデレになるんだなぁって。でもさ、結構大きな声で言ってたと思うけどなぁ」 二人はその時のことを思い出したようで、ゲラゲラと笑い出した。その後は、スーパーの店長に叱られたが、後に岸谷と仲良くしていることがわかり、お咎めもなく何も言われなくなったそうだ。 「そうかぁ?ま、気持ちが高まると言いたくなるんだから、しょうがないか」 「ゆ、ゆ、優佑さん…」 玖月は恥ずかしそうに顔を赤くしている。 「しかし玖月さん、岸谷さんと真逆の性格っぽいけど、よく上手くいってるね。なんで好きなの?ケンカしない?」 失礼にも海斗が「なんで好き?」と玖月に聞いている。「なんでとはなんだ!」と岸谷が文句を言うが、海斗は知らん顔をし、玖月は素直に答えていた。 「うーん…ケンカはしないな。ケンカって言い合うことでしょ?優佑さんと言い合ったりしないし…あっ!でも前に実家に帰っちゃったことあった!あれってケンカ?ねぇ、優佑さん、そうだと思う?」 おおーっと、二人が声を同時に上げている。いつも仲が良く、人目も憚らずイチャイチャとしているのに、玖月が実家に帰る事件があったとはと、驚いている。 「あれはケンカじゃないよ。俺が一方的に悪いんだし…ごめんな、玖月」 「あっ、違う違う。もう大丈夫!ごめんね、優佑さん。思い出させちゃったね。もう実家に帰らないから、ごめんね」 お互いごめんねと言い合い、リアルでイチャイチャし始める岸谷と玖月に向かい、二人は「うわぁ…」とか「やばっ」とか言いうんざりした顔をしている。 「ああーっ!そうだ!それってさ、覚えてるかも。岸谷さんがめっちゃ落ち込んで店に来た時?ほら、岸谷さんがこの世の終わりみたいな顔してた時だよね?海斗のアドバイスで、玖月さんが好きなアイスを大量に買って帰った日のことでしょ?」 思い出した!と蓉があの日のことを事細かく言い始める。 「この世の終わりみたいな顔で、カゴにアイスを入れ始めてさ。どんだけ入れるんだよ、冷凍庫入るのかよって思いましたよ」 「電話を変わった時、びっくりするくらい別人のような声だったよ?仲直りできてよかったですね」 また蓉と海斗の二人に爆笑されてしまった。「落ち込んでて悪いかよ」と岸谷は言うが、二人の笑いは止まらない。玖月が必死に説明をしている。 「あー…ウケる。めっちゃ笑った…大人って色々ヤバいんだなぁ」 と、蓉は食事を中断して笑っていた。 「なんだよ、何がヤバいっていうんだ」 「だってさ、なんかこぉ…甘ったるい空気っつうの?そんな空気をすぐ出してさ、イチャイチャしてんなって思ったら、落ち込んでたりするし。大人になると恋愛って落ち着くのかと思ったけど違うんだね」 「いいじゃねぇかよ、それでも。大人も子供も関係ねぇだろ、恋愛なんて」 「いいけどね?いいよ、いいけどさ…俺も恋愛したらそんな感じになるのかな」 蓉が最後は独り言のように言った。 「おお?なんだ、お前、恋してないのか?」 ニヤニヤとしながら岸谷が蓉に絡み出す。 「してないよ!恋愛なんてもう随分してないから忘れちゃった。デートとかもさ、どうするんだっけ?って感じだし。俺、色々と終わってるんだよね。このまま歳をとっておじいちゃんになるだけだよ。きっと」 恋愛には興味ないタイプかとわかり、ふーんと岸谷は蓉に返事をしたが、そんな蓉を海斗がジッと見ていたのが印象的だった。 「でもさ、恋っていいよ?恋をしてると、なんでもやる気になっちゃう。好きな人の話を聞くのも楽しいし、一緒にいると、自分の気持ちが前向きになって、最強になれたように感じるよ。相手にもさ、優しくなったり、優しくされたりしてさ。一緒にいてワクワクするのって、なんて楽しいんだろうって思うよ」 玖月が蓉に自分の気持ちを伝えている。そんなふうに思っているのかと、間接的に気持ちを聞けてまた鼻の下が伸びてしまう。海斗の視線が冷たい。 「そんなもんですかねぇ…じゃあ、俺が恋したら報告しますね。そんで、今の岸谷さんみたいにヤバい感じになってたら、玖月さん俺のこと笑ってくださいよ」 あはははと、蓉が笑ってまた飯を食べ始めた。本当に気持ちがいいほどよく食べる奴だ。 「似てないようで、案外似たもの同士なんだね、玖月さんと岸谷さんは。俺は二人が羨ましいよ」と、海斗が玖月に言っていた。 蓉と海斗との食事会は楽しくて面白い。少し下の世代だから、考えもまだ若いところがあるが、二人には勢いを感じるから面白かった。 それに、仕事とは関係なく好き勝手な話ができる。それは非常に重要なことだ。海斗と蓉の話を聞くと、久しぶりに玖月と一緒に大笑いすることになって楽しかった。 飲んで食べて区切りがついたところで、じゃあ帰りますねと海斗が切り出した。 帰る前、海斗の後片付けは素早かった。家事スキルが相当高いと感じる。玖月も海斗とキッチンに入ったり、片付けを一緒にするのは楽しいらしい。見ていてそれはすごく感じる。それに、海斗の家事スキルをかなり褒めている。 玖月の潔癖症は完治しているようではあるが、几帳面な性格なので、片付けなど岸谷が手を出せない領域がある。だけど、海斗にはそれがないようで、玖月が指示を出したりしている姿が見られた。羨ましい。 岸谷と蓉も一緒に動こうとするも、そこに居てくださいと、やんわり二人から言われてしまった。やっぱり手が出せない領域なんだろう。岸谷と蓉には任せられないと判断されたようだ。 こういう時は、邪魔をしないでじっとしていようと、蓉とお互い顔を見合わせて頷き合った。二人は直立不動で部屋の端に立っている。蓉も初めてなのによく心得ていると感じる。常日頃から同じような立場なのだろうか。ひと言も発してないが、蓉と岸谷は同じような行動を取っていた。蓉に強いシンパシーを感じる。 「蓉くん、これ持っていって。海斗くん、これも渡しておくね。さっきのパンだから、食べて」と、片付けを終えてご機嫌な玖月がホームベーカリーで焼いたパンを渡している。 二人が帰る玄関までの廊下で、岸谷は海斗に急に耳打ちをされた。 「岸谷さん、これ、洗面所に落ちてた…」 ぎゅっと手に渡されたのはXLのコンドームひとつだった。あれだけ念入りに点検してたのに!ヤバイ…玖月に気が付かれないでよかった。怒られるところだ。 しかし、ん? 「これ、お前のじゃねぇの?俺はさっき点検してちゃんと回収したんだよ。お前の落とし物じゃないか?確認したか?」 と、海斗に小声で尋ねる。XLユーザー同士だ、海斗の可能性も十分考えられる。 「回収?って、なんだよ…俺は外に持ち歩かないの!ここは岸谷さんの家なんだから、岸谷さんのだろ?俺のじゃないから」 と、また言われてしまった。そうかな?と首を捻ってコンドームを眺めるが、いや、何度も点検したから、落ちてるはずはないという結論になる。 「どうしました?優佑さん」 「なぁ、海斗、川沿い歩って帰る?」 玖月と蓉が玄関で同時に振り向き、同時に話しかけられた。岸谷と海斗は挙動不審になり、咄嗟にコンドームをズボンのポケットにしまった。悪いことはしているわけではないが、コンドームの押し付け合いをしていたので、気まずい。 賑やかな若者二人が帰ったが、静まることがないのは玖月が機嫌よくコーヒーを入れてくれている。岸谷も一緒にキッチンに入り手伝いをした。 「蓉くんすごいですよね。あの細い身体であんなに食べて。海斗くんが餃子とか焼きそばとか持ってきてくれたんです。蓉くんがいっぱい食べるだろうからって。それと会社の新商品もいっぱいくれました!すっごい嬉しかったなぁ。ああ、楽しかったです、優佑さん」 「よかったな。今度来る時はもっと買っとこうな。しかし、若者は元気だな…まぁ、あいつら面白かったよな」 ここから二駅先の家まで歩いて帰るという。元気だな、でもま、夜だし歩くのも気持ちいいだろう。 カサっとズボンのポケットから小さな音がした。ん?とポケットに手を突っ込んで、手に触れたものは、さっき慌ててねじ込んだコンドームだった。 結局、落ちていたコンドームは岸谷のだか、海斗のだか、持ち主はわからなかった。 誰のものかとわからないのはモヤっとする。今度の新居ではその辺を改善しようと、岸谷は心に誓う。 引っ越し先の新築の家は一軒家だからかなり広くなる。密かなる計画で使用するコンドームとローションは、もちろん新築の家にも配置をする予定だ。 その際には、リスト化して管理しようと思う。在庫も今より多く必要になるだろうし、リスト化すれば万が一、今日みたいに誰のものかわからず、モヤっとすることはなくなる。 キッチリと管理をしようとするなんて、玖月に似て来たのかもしれない。そう気がつくと少し嬉しくなる。 新居の家に配置するのが今から楽しみである。第二章密かなる計画のスタートだ。 「優佑さん?何、考えてる?」と、玖月に顔を覗き込まれた。 「新しい家に引っ越すのは楽しみだなって、考えてたよ」 「本当、楽しみですね」 よし!と、玖月をヒョイっと抱き上げ、鼻歌を歌いながらベッドルームまで直行する。 「ちょ、ちょっと、、まだコーヒー飲んでないから…優佑さん、降ろして、」 「玖月、好きだよ」 「またっ!今それ?もう…」 「そう、今だよ。言いたくなったというか…いつもそう伝えたい。俺、ずっと浮かれてるな。好きだよ、玖月」 今日はゲストルームの方へと向かう。玖月が以前、住み込みで家事代行をしていた時、ひとりで寝ていたベッドだ。そっちに向かってるのがわかった玖月は、照れた顔をしていたけど、チュッとキスをしてくれた。 「好きだよ…優佑さん、ずーっと好き」 玖月が、すりっと身体を引き寄せて甘えてくる。 ベッドルームに到着したから、トンっとドアの前に玖月を降ろした。 ふふふと笑っている玖月に、キスをしながらドアを開けて、ベッドルームの中に入り、後ろ手でドアを閉めた。 玖月は、あの頃を思い出してるようで、まだクスクスと笑っている。 「明日のパンは何時に焼き上がる?」 「ふふふ、8時かな…」 「じゃあ…それまで何しよっか」 何をしようか。 これから時間はたくさんあるさ。 end

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