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第60話 岸谷

国内、海外と目まぐるしく出張を繰り返しているうちに、季節が変わっていた。全力疾走しているようで、たまの休みでも疲れが取れないほどだ。 だけど、玖月との生活は相変わらず楽しくて、二人で家にいるとイチャイチャが加速している。密かなる計画も終盤を迎えほぼ全ての場所、部屋で実行できていた。 彩や知尋の家族に子供が出来たことにより、ひまるの面倒をみたり、それぞれ兄妹たちの子供をみたりとプライベートも忙しくなっていた。そのため、今年の夏はまとまった休みは取れず、年末に持ち越しとなってしまった。 「玖月、年末はさ、ぜーったい絶対旅行に行こうな!俺、もう本当に休みたい。ながーい時間、ひーと、一緒にずーっとずーっとこうしていたい!マジで今の望みはそれだけ!以上!」 バスルームの中、湯に浸かりながら玖月に愚痴を漏らす。今日は湯の中で玖月に寄りかかっている。いつもの二人の場所は逆転していた。玖月が後ろから優しく抱きしめてくれるから、潰れないように気をつけている。玖月の方からぎゅっと抱きしめてくれるのは嬉しい。 それに、朝から晩まで、夜中もずっと玖月と一緒にいたい。誰にも邪魔されたくないと、我ながら呆れるくらい子供のようなわがままを口にしているのに、玖月は笑ってその話に付き合ってくれている。 「悠さんが、本当に遊びに来てって言ってますよ?アメリカ行く?今から、ちー兄に伝えておけば僕は大丈夫だと思うけど」 「悠さんのとこか…いいけど、俺はハワイとかでのんびりしたいな。あっ、でも玖月は悠さんに会いたいんだろ?じゃあ、乙幡さんのところ行って、その後ハワイ寄って帰って来るか」 お酒の広告デザインをしてくれた木又悠と、その彼氏である乙幡は、サンフランシスコに住んでいる。 以前より、一度遊びに来てねと玖月も誘われているので、サンフランシスコに行きたいらしい。まぁ、乙幡にも世話になったし、顔を出しておくかと玖月に伝える。 なんだかんだ言って、木又より乙幡との方が、岸谷は仲良くなっていた。気が合うという感じだろう。 「うわぁ、すごい!それだったら最高にいいなぁ。本当?行けるかな…楽しみにしちゃうよ?ボーナス貯めておこうっと」 玖月が後ろからチュッと頬にキスをしてくれた。その顔を覗くとほんのり赤くなっている。お湯の中にずっと入り、岸谷の愚痴を聞いているから、熱くなってきたのかもしれない。 高坂との関係も良好であった。新しいカタチの販売方法に高坂自身も非常に前向きであり、プロジェクトに参加しては意見交換をしている。ひとりで住んでいたあの家も、孫も増えたことで明るくなり、賑やかに生活しているようだった。 のぼせる前に出ようかと玖月に声をかけて、風呂を後にした。 ちょっと前から考えていたことを、ベッドルームで口にする。風呂から上がり、今は素っ裸でベッドに二人で入っている。ベッドシーツが気持ちよかった。 「この部屋からさ…引っ越ししようかなって思ってんだよね」 「えっ?」 「玖月も一緒だよ、もちろん。生涯かけて君を幸せにするって俺は約束したもんな。引っ越しはさ、マンションじゃなくて、家を建てようかと思ってるんだ」 「家、ですか?どこに?もう決まってるんですか?」 玖月が不安そうな顔をしている。初めて話をするからそりゃそうだけど、この手の話って上手くできる自信がない。相手が玖月だからだろう。断られたらと思うから自信がないんだ。 「まだ何にも決めてないよ。俺が勝手に思ってるだけ。とりあえず玖月に相談して、どうかなって、聞いてみよっかなって思ってさ。どう思う?」 わざと軽く話しかけた。そうしたのも、新しい場所で生活をするという提案を受け入れてくれるか不安だったからだ。 それは、玖月の潔癖症がぶり返してしまったらと考えることもある。恐らく、玖月本人もその辺は心配する理由になると思うから、何となく軽く話をふった。 岸谷は将来を考えて、もっと腰を据えるつもりでいる。 パートナーである玖月とは同性同士なため、この国での結婚は認められていない。そのため、結婚と同率の資格や権利を玖月に残していきたいと考えている。 結婚は紙切れ一枚というものの、結婚していないがための障害はたくさんあり、日々岸谷には考えることがあった。 万が一、命に関わるようなことがあった場合、法律上の家族ではないからとの理由で、病院での面会を認められない可能性がある。そしてその万が一の時のため、玖月に財産を残しておく必要があると考える。 今からこんなことを考えていると伝えると、重い空気になりそうだから口に出して言わないけど、家を購入したい理由はその辺のことがあってのためだったりする。 いつまでも自分ひとりだけで生活しているのではない。だから、チャラチャラとペイントハウスで悠々自適な暮らしではなく、 土地を購入し相続できるようにしておく必要がある。 「引っ越しですか…考えたことなかったですけど。家を建てるって、僕はどうしたらいいですか?優佑さんについていきますけど、何をすれば…」 「本当に?ついてきてくれる?よかった!それだけで十分だよ。後はさ、楽しいことだけ考えよう。二人で生活する家だから、場所もそうだし、どんな家にしたいかって考えながらさ」 よかった。突然言い出したから、玖月は驚いたようではあるが、それ以外はあまり問題はないようだ。後は、楽しいことを考えさせておきたいと思う。 「じゃあ、場所だな、どこがいいかな…やっぱりこの辺?ここは便利だもんな、治安もいいし。買い物も便利だろ?それにほら、慣れてるからさ、潔癖症も大丈夫?だと思うんだよね」 「ああっ!そうですね。潔癖症、忘れてました!あははは、僕、潔癖症でしたね。なんだろ、優佑さんが何か思いがあって引っ越しするのかなって思ったから、サポートしなくっちゃって考えてて…自分のことは忘れてました」 えへへと照れくさそうに笑っている。環境とか気持ちの持ちようなのが大きいのかもしれないが、玖月の潔癖症はやっぱり完治していると思う。 「じゃあ、この辺で土地を探すよ。それとさ、犬。犬と一緒に生活したいだろ?玖月はどう思う?」 急に黙りこくってしまった。マズイ…間違えたか。上手く話が出来なくて先走ってしまったかもしれない。 ひまるが帰ってからは、外で犬を見かけると目で追っていたから、恋しいと思っていたのに、違ったのだろうか。ひまるとは月に一度か二度、高坂の家に行き、思いっきり遊んでいる。それを見て、やっぱり玖月には犬と一緒生活させたいと思っていたのに。まだひまるが恋しくて、他の犬は早かったのかもしれない。 「玖月…?やっぱり、」 「いいの?本当に、いいの?犬と一緒に生活してもいいの?」 玖月が興奮してぎゅうぎゅうと岸谷に抱きついてきた。全身で喜んでいるのがわかる。全裸でベッドに入っているから絡みつく素裸が気持ちいい。 「いいよ!もちろんだよ!ごめんな、もっと早く言っていればよかった。犬と一緒に生活したかったよな?じゃあ、やっぱ、でかい家だな。そうしよう」 「わかりました!僕も頑張って働いて、お金貯めるね。ううーっ、楽しみになってきた!何でも言ってください。優佑さんのやりたいように、全力でサポートします」 ああ本当に。最愛な人って、何でこう、やる気を引き出してくれるんだろう。今だったらもっと色んなことにチャレンジできそうで、何でも受け入れそうな気がする。これでまた明日から仕事が頑張れる。 「玖月!好きだ!」 「えっ?今?このタイミング?もう…いつも急なんだから…でもね僕も好きって今言おうと思ってたんだよ。あはは」 ゲラゲラと笑い合う。笑う二人は全裸でベッドの中にいる。イチャイチャって本当、一生できる気がする。 案外、俺たちって似たもの同士かもな? end

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