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修行1:ともかく逃げろ
この世界には「レベル30の俺」と、「レベル5以下のその他」しか居ない……だから俺は「最強」なんだと、そう思っていた。
「おいおいおいおい!何だよっ、アレ!」
しかし、それは全くの勘違いだった。
俺は、電光石火の勢いで走っていた。いや、違う。ちょっと格好良く言ってみたけど、ただ全速力で逃げていただけだ。
「ふざっけんな!魔王だからってレベル100とか反則過ぎだろっ!」
先程まで、俺はこの世界のラスボスでもある「魔王」と対峙していた。そして、対峙した瞬間、俺は即座に逃げ出した。魔王を見た瞬間、絶対に敵わない事が分かったからだ。
「っはぁ、っはぁっはぁ」
ビビリ過ぎて、いつもより息が切れて仕方がない。背後にそびえる漆黒の城は、不気味な影を山の上に投げかけ、周囲の空気を重くする。
体中が嵐に見舞われるような恐怖の中、俺はふと視界の右脇に映り込む、数値と文字の映し出された四角の枠を見た。
——
名前:キトリス Lv:30
クラス:剣士
HP:2541 MP:453
攻撃力:158 防御力:98
素早さ:68 幸運:24
——
攻撃力、防御力、素早さ、幸運、などなど。
そこには、一度でも日本のロールプレイングゲームに触れた事のある人間なら、どこかピンとくる文字列が並んでいる。
これは【ステータス画面】だ。
ただ、ゲームの中ならいざ知らず、現実世界でこんなモノが見えるなんて普通はあり得ない。しかし、あり得ないモノが俺にはずっと見えていた。
三年前。交通事故で死んだ俺は、いつの間にかこの世界に居た。そしたら、当たり前のようにステータス画面が見えるようになっていた。
「【ソードクエスト】ってこんな理不尽な死にゲーじゃなかった筈だよな!?」
【ソードクエスト】
それは、日本のロールプレイングゲームの中で最も歴史が古く、そして、最も売れているゲームだ。勇者が魔王を倒して世界を救うという、王道故に最強、そして最高峰のゲームシリーズである。
そして、ここは、そのゲームの世界だ。
前世の記憶も、ソードクエストの記憶もガッツリある。それに、俺が元居た世界でウッカリ車に撥ねられて死んだ事も理解している。ただ、目覚めたら、俺は見た目も名前も、全く見覚えの無い姿でこの世界に放り出されていた。
そして、放り出されたと同時にずっと、とある勘違いをして生きていた。
「くそっ!俺、ぜんっぜん勇者じゃねぇじゃん!」
そう、俺は魔王と対峙するその瞬間まで、自分の事を「勇者」だと信じて生きてきたのである。
しかし、弁明させて欲しい!
コレは思春期特有の「俺は選ばれた“特別”な存在なのである!」という右腕が疼いたり、第三の目が開眼したりする系のイタイ勘違いなどではなく、勘違いして然りなヤツなのだ!だって、目覚めた瞬間。
『おお、勇者が召喚された!これで世界は救われるぞ!』
とか皆言われて、めちゃくちゃ歓迎ムードだったんだから!
しかも、玉座に座った王様っぽい人から「勇者よ、この世界を救ってくれ」とか言われて、最高に格好良い剣まで貰ってさ。
そんなんされたら「あ、勇者なんだ。俺!スゲ!」ってなるよね!?
それに加えて、ステータス画面が見えるという特殊能力。これは勘違いして然りとしか言いようがない。
だから!俺は悪くないし、イタイ奴でもない!
「まぁ、ちょっとおかしいとは思ってたけど!【ソードクエスト】の勇者って、血統で受け継ぐのであって、召喚して呼び出すタイプじゃないから!」
でも、最近やってなかったし、シリーズの途中で仕様が変わったのかなって思うじゃん!人間って自分に都合良く解釈しようとする生き物じゃん!
ただ、そこから三年間に及ぶ俺の順風満帆な勇者生活は、つい先程魔王と対峙した瞬間、ハッキリと幕を閉じた。
現在の俺のレベルは30。
それに対し、先程魔王城で対峙した「魔王」はレベル100。その手下ですら、レベル80はあった。あんなの、勝てるワケがない。一ターン目で即死だわ。
「……この世界。完全に終わったな」
きっと人類は、あの魔王によって滅ぼされるのだろう。いや、支配されて長い奴隷生活が待っているのかも。
だって、あんなヤバイ奴ら、俺でも相手にならないのに、この世界の他の人間が敵うワケない。なにせ、この世界のヤツらは皆――。
「レベル5以下なんだぞっ!?」
人間と魔王とのレベル差えげつなさ過ぎだろ!こんなクソゲーあってたまるか!どんな軍隊用意しても負けるわ!
ロールプレイングゲームというのは、レベル至上主義の世界ぞ!
「どうする、どうする、どうするっ!」
走りながら必死に考える。
ただ「クソゲー」とは言ったものの、この世界は日本で最も売れたゲーム【ソードクエスト】の世界だ。普通に考えてクソゲーなワケがない。あの魔王を倒す別の手立てが、絶対にある筈だ。
「っはぁ、っはぁ。っふーー……」
森を抜けた。背中に張り付いていた恐怖が少しずつ薄れていく。流れる汗を腕で拭いながら、俺は再び自分のステータス画面に目を向けた。
——
名前:キトリス Lv:30
クラス:剣士
HP:2541 MP:453
攻撃力:158 防御力:98
素早さ:68 幸運:24
——
そう。この俺「キトリス」と言うキャラには「二つの」チート能力がある。
一つは、ステータス画面が見える事。
そして二つ目が、俺のレベルが30である事。
いや、二つ目に関しては魔王には遠く及ばないので「チート」と言うには、微妙な所だ。
しかし、その他の人間と比較すると、一気にそうではなくなるのだ。
この世界の他の人間は、皆レベル5以下だ。俺が自分を「勇者」だと勘違いし続けられたのは、そこにも大きな原因があった。この世界に来た瞬間、既に俺のレベルは8だった。だから、相対的に見て俺はずっと「最強」でいられたのだ。
「でも、俺は……勇者じゃない」
自分のステータス画面に、俺は再びボソリと呟いた。
レベルが足りないなら、今からレベルを上げればいい。ロールプレイングゲームとは、本来そういうモノだ。旅の中で、仲間と協力して強敵を倒し、その過程でレベルを上げていく。しかし、その選択肢は俺にはなかった。
ステータス画面の一番下。そこには、こんな項目がある。
【次のレベルまで、あと……】
これはレベルアップに必要な経験値の数値を示す大事な項目だ。「あと……」の後に続く数字の分、経験値を稼いだらレベルが上がる。レベルが上がる事で、各パラメータも成長して強くなる。そうやって「勇者」は少しずつ、「ホンモノの勇者」へと成長していくのだ。
ただ、この項目が俺にとって一番の問題だった。
【次のレベルまで、あと……0】
俺は勇者じゃなかった。
その理由は、魔王がレベル100だからではない。
俺の成長がレベル30で完全に止まってしまったからだ。こんな中途半端なレベルで成長が止まる「勇者」なんか、居るワケがない。と、そこまで考えて、俺はハタと思い至った。
「……俺が勇者じゃないなら、居るんじゃないか?ホンモノの勇者が」
この世界のどこかに。
「探さないと……ホンモノの勇者を」
レベル100の魔王に勝てるのは、ホンモノの勇者しか居ない。そして、それを見つけられるのは他人のステータスを覗く事が出来る……。
「俺だけだ!」
こうして、俺は三年間の恵まれたチート生活の中で得てしまった「勇者」という偽の称号を「ホンモノ」に返すため、勇者を探す旅に出た。
いや、出ざるを得なかった。
だって、絶対に魔王を倒して来いって王様に言われてるから!今更「俺、勇者じゃないっぽいです。魔王倒せそうにないっす」なんて言えっこない!
だって、勇者って事で凄い良くしてもらってきたし。周りからもチヤホヤされたし!めちゃくちゃ贅沢させて貰ったし!勇者だからという理由で、女の子からもそこそこモテたし!
そんな事言ってみろ。絶対に皆から、めちゃくちゃキレられる。そんなの、怖すぎるだろ。
「……待ってろよ、ホンモノの勇者!俺の代わりに魔王を倒して貰うからな!」
こうして、俺の長く険しい「ホンモノの勇者探し」の旅は幕を開けたのである。
そう思っていたのだが――。
「ん?んんん?あれ、もしかして……」
その旅は、数日後。
アッサリと幕を閉じたのであった。
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