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 妖精族が育てた花々に妖精の粉をかけると、美しい花の精霊が出来上がる。数日しか持たぬ儚い身だがこの世のものとは思えぬ彩りと香り、優美さで周囲の目を楽しませるとあり、他の種族の王侯貴族はこぞって彼らを買い求め屋敷を彩った。  ある時まだ幼い妖精族の王子がお付きの騎士に連れられて、彼らが育まれる花園を視察にやってきた。  その時ちょうど葉の深い緑が美しく、真っ赤なゼラニュウムの精霊が生れ落ちるところだった。 首をもたげるように並んだ蕾が次々に咲き、妖精の粉が振りかけられる。目を引く赤い花はたちまち艶やかな赤毛の少年少女の姿を変じた。「丈夫で次々に咲く花です。薔薇に比べたら安価なので庶民にも手が届くと連れ歩くのに人気がありますよ」  世話役のいう通り、女王の宮殿に多く侍る美麗な薔薇の精霊に比べたら愛嬌のある可愛らしさだ。 「ああ、でもこれは駄目だ。はじかなければ」    世話役が汚いものでも見つけたように眉をひそめる。他の花たちが世話役に柔らかな絹を着せかけられ大事にそうに支度部屋に連れていかれた。  しかしその子だけぐいっと乱暴に腕を引かれ、裸のまま弱弱しく王子の前にまろびでる。愛らしい顔立ち、ほっそりとした肢体は他の花と遜色ない。  目が合うと花の精は赤い睫毛をぱちくりさせ、それは嬉しそうに微笑んだ。   無垢な赤子のような笑顔に王子も思わず唇を綻ばせたのでお付きの騎士は(おやっ?)と思った。     王子は完璧なのが当たり前で変化を好まぬ女王に育てられた。だから感情を面に出すことが珍しかったのだ。 「これのどこが駄目なのだ?」 「咲く直前に雨に当たる位置にいたのでしょう、汚いマダラ頭だ。こら。王子の前にそのようなみっともない姿をさらすな」  確かに言われてみればその子だけ確かに所々まだらに髪色が白く抜け落ちていた。仲間が小鳥のさえずりに似た陽気な歌声を響かせているのが遠くから聞こえてくる。しかし間引かれた子は生まれ落ちたこと自体を咎められ、赤い紅をさしたような唇をつぐんで、しょぼっと小さく背を縮こませる。  花の精はみな、僅か数日からもって一週間の短き命だ。だからみな美しく瑞々しいわが身を愛され、誇りと喜びに満ち溢れてその露の命を終えるのだ。 (折角花に生れ落ちたのに、僅かな生すら咲き誇れずに枯れるのか)  王子は弱弱しく伏せたマダラ頭の姿に憐憫の情をかきたてられた。 「これは、どうするのだ?」王子がお付きの騎士に尋ねる。 「おそらく処分されるかと。どちらにせよ放っておいても粉の効果が消えれば数日で散るのが花の精です」  こともなげにそういわれた。長い長い寿命を持つ妖精族からしたら、瞬きよりも短い命だ。世話役も騎士にとっても取るに足りぬ命だろう。  王子も今まで母の宮殿に侍る、非の打ちどころのない艶美な姿の薔薇の精霊たちが日々入れ替わるのを見て何かを思うことはなかった。だが怯え切ったマダラ頭が王子を見上げる、その憂いを称えた深い緑色の瞳に王子は切なく心を奪われた。わが身の儚さを受け入れているような、それでいて生命力にあふれているような。  短い生を持つものの一瞬の煌めきが欲しいと思ってしまったのだ。 「これは私が貰ってはダメか?」 「こんな出来損ないを! 滅相もありません。王子に差し上げるのは、奥の花園で我々が手によりをかけて育てた、香りも姿も一級品の赤薔薇です。王子のご到着を心より待ちわびております」 「いや。私はこの子がいい。ね? 私のところへおいで」    高貴な王子が聞いたこともないほど優しい声を出し小さな手を差し伸べたら、その手に縋ろうとマダラ頭がおずおずとか細い手を伸ばした。 「無礼な!」  それをばしりっと他の世話役が棒で払いのけた。「ひうっ」  マダラ頭が生まれて初めて発したのはあの美しい喜びの歌でなくうめき声だった。  本来は喜びの中だけで生きる花が、折られぷらぷらとちぎれそうな手で頭を庇い、地面に額をこすりつけ、ますますみじめったらしい姿になった。王子は世話役に向かい怒りに眉を吊り上げた。 「いじめるな! これは私が貰い受ける。私のものに一切手出しは無用だ」  王子は背中に仕舞っていた誰よりも大きな光の羽を広げると自らの手にその粉を集めた。そのままマダラ頭の手首を拭うようにした。跪いた彼の頭から肩、足元に至るまで振りかけていく。すると震えて地面に伏していたマダラ頭の手首も元通りになった。 「よし、面をあげるんだ。お前は今日から私の元へおいで」  マダラ頭は呆けたような顔になったあと、へたくそな笑顔を見せた。王子は今まで味わったことのない満足感が心に芽生えたのを感じた。世話役は苦虫をかみつぶしたような顔をしたがもはや王子に逆らえず、騎士も呆れたような声を出した。 「ああ、王子様。貴方の魔力を得たら、えらく長持ちしてしまいますよ、そのマダラ頭」  王子は女王からも他の兄弟たちからも寵愛されてきた。何も欲しがらずとも何もかも与えられてきた。長い長い生も永遠に近い若さと美しさも持ち合わせて今まで手に入れられなかったものなど一つもない。そんな王子が気まぐれに花を一つ手に入れたところで、どうせすぐに飽きるだろう。もっても瞬く間の命しかない取るに足らぬ花一輪。女王に報告することもなかった。  しかし予想に反して王子はそれからずっとマダラ頭を傍に置き続けた。花の精は言葉を発せぬといわれてきたが、枯れぬように毎日妖精の粉をかけ、根気強く言葉を教えていったら会話をすることもできるようになった。 「おうじさま、だいすきね」  マダラ頭が王子を細い腕でぎゅうっと抱きしめて歌ってくれる、陽気で底抜けに明るい、ゼラニウムの精の歌が王子は好きだった。  今まで誰からもこんな風にあけすけの気持ちをぶつけられ、宝物のように抱きしめられたことはなかったのだ。マダラ頭は自分にできることはこれだけだと理解してたから、王子が大好きだったのこわれたら何度でも抱きしめて何度でも明るく歌った。  マダラ頭が傍にいると王子の心はふわりと軽くなり大きく広がるようだ。王子も感動屋のマダラ頭が喜ぶ顔が見たくて、騎士にねだって他の種族も多く暮らす隣国へも旅をした。  マダラ頭を通じて王子も沢山の初めてを学んでいった。どれも城の中で暮らす分には必要のないことばかりだったが、騎士にも少し理解ができた。最も長き寿命を持つ妖精族は何年何百年と年を重ねるごとに感情の起伏が乏しくなっていく。  騎士自身百年に一度は限りある命を持つ種族の中に漫遊に行くほどだ。あえて短い生を生きる種族と交わると、目まぐるしく変化する他の種族の生命力に触れ、心に再び生への希望が湧くのだ。

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