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マダラ頭と出会った頃は幼体であった王子もやがて婚姻の適齢期入った。
王子は自らの魔力で生かされたマダラ頭という存在への責任と、漫遊のおかげで培った他種族への深い理解を持ち得ていた。おかげで他の妖精族にはない柔らかな心と生き生きとした感性を持つ魅力的な若者に成長していた。
女王は数々の完璧な美姫との縁談を前を進めたが、王子はあまり乗る気ではない。その時まで取るにならぬと思われていた見栄えの悪い花の精を王子が溺愛しているとの噂が女王の耳にまで届いた。
女王はそれならばと美貌と芳香を誇る沢山の花の精が次々と彼にあてがっていった。
しかし王子は相変わらず、自分が拾ったマダラ頭だけを愛で続けた。そう、数日の命であったはずのマダラ頭だが、気が付けば何十年もの間、王子と共にあったのだ。
王子にとってはマダラ頭はもう、ただの花の精ではない。家族とも親友とも、もしかしたら恋人とも思うかけがえのない存在だった。
幸せそうに寄り添う二人の姿を目にした、王子に恋した妖精族の姫が嫉妬に狂った。
「みっともないマダラ頭の花の精になぞ現を抜かしているなどという噂がたったら、素晴らしい王子に傷がつきましょう」と女王に進言したのだ。
それまで花の精のことなど小指の先ほども気にしたことのなかった女王だが、寵愛する息子に僅かでも瑕疵が付くことは度し難かった。
姫の一族がマダラ頭をかどわかしていっても、見て見ぬふりをした。マダラ頭は多分この世で一番長く生きた花の精になった。
美しい美しい花の精。完璧な姿と香りを持つものは大切な贈り物として城や貴族の屋敷で飾られたり、色合いや香りがわずかに劣るものも豪商が買い取って裕福な街のものに売られていく。
しかし自分のようなみっともない姿で生まれた花の精は、それでも重用する者たちに売られていると知った。
大きな街の娼館で身体の大きな獣人や乱暴ものの傭兵の相手をするのは、物言わぬ花の精。
一夜限りで散る命は替えがすぐきき、美しく微笑むばかりで痛がりも苦しみもしない。
朝にはしおれてクシャクシャに折れ散った花が1輪、寝台の上に残るばかりだ。
姫の手下にかどわかされて、色々な種族が多く出入りする城より離れた大きな街の娼館に他の花たちと共に売られてきた。
馬車の中、生れ落ちた喜びで幸せそうに歌っている少し貧相な花たちをみたら物悲しくて、涙なぞ出ないはずのマダラ頭の両目がじんっと熱くなった。
(何も知らぬ方が幸せだったのかもしれない)
王子と出会うことがなかったらとっくに散らされた身の上だとマダラ頭はそう納得しようとした。
熊の獣人が舌なめずりをしてマダラ頭にのしかかり、腕がすぐにぽきりと折れ動かせなくなってしまってもマダラ頭は王子の美しくもどこかたどたどしい笑顔を思い出してぎゅっと瞼を瞑った。
(いいや、やっぱり何も知らぬまま散らなくてよかった。楽しいことも寂しいこともこうして辛いこともあったけれど、僕はあなたに会えた、貴方を愛して本当の意味で喜びの歌を歌えたんだ)
熊の獣人の相手は花一輪では務まらない。マダラ頭はぐしゃぐしゃになって寝台から蹴落とされ、他の花々が散らされていく様を見開いた目にじっと映していた。ゼラニウムは花が散ったら茎が石化していく。ゆっくりと足先からカチカチに固まってきて、もうじき頭まで動かなくなるだろう。
(王子、散る前に最後にあなたに……)
王子が騎士と娼館に乗り込んできて、蜻蛉の羽のように透けて柔らかなマントでマダラ頭を包みこんで、膝の上に抱き上げてくれた時にはもう、首から下の感覚は亡くなってしまっていた。
「月光歌(げっこうか)、月光歌、散らないでくれ」
マダラ頭は王子が付けてくれたその名前がもったいなくて尊くて自分には不釣り合いだといつも恐縮していたが、その時ばかりは違っていた。
皓皓と眩い満月の光が人払いされた部屋の中にさし混んでくる。マダラ頭は最後の力を振り絞って、妖精族の言葉で愛を歌った。綺麗なだけの生まれたての、訳も分からず歓喜した感情だけでない、喜びも寂しさも苦しさまでも飲み込んで全てを王子に捧げたかった。
歌はいつものように玲瓏とは響かず、抱きしめたいのに身体は何一つ動かない。声も痛々しくしゃがれていたが、マダラ頭は王子への感謝と愛を最後の瞬間まで彼に伝えたかった。王子は生まれて初めて涙をこぼしていた。
「私があの時お前を生きながらえさせたから、こんなつらい目に合わせてしまった。すまない、月光歌」
「貴方がいたから僕は沢山、しあわせだって歌えたよ。愛しています。王子様」
月光と金色の翅の煌めきが部屋を覆いつくし、ついには歌うことができなくなったマダラ頭を癒そうと王子は頬も折れたまま硬くなった腕も足も一生懸命にさすった。
泣きながら月光歌の名を呼んで、愛しているとお前が何者であっても私の一番はお前だと何度も何度も囁いた。
涙の雫まで金色に輝く高貴な王子は長らく連れ添ってくれたおつきの騎士にすら行方を知らせず、マダラ頭の亡骸と共に姿を消してしまった。
※※※
「妖精族のいいところは、長い長い寿命があるところだ」
王子は寝台に横たわる愛しい人に向かい今日も語り掛ける。漫遊をしていたころに見つけた小さな国の小さな山里。数代前に妖精族の血を引く人間が暮らす集落で、王子は石化したままのマダラ頭と共に暮らしていた。
あれからもう百年近くの年月がたったが、マダラ頭は見た目は愛らしかった姿をとどめたまま、石のように固まって眠ったままだ。
妖精の粉を手先足先から毎日刷り込み、彼が最後に歌ってくれた愛の歌を囁く。
何十年と過ぎる頃にめちゃくちゃに折られていた足が柔らかくなり元通りの形にくっついて戻った。
どれほど恐ろしい思いをしたのだろうと思うと、憎しみで目の前が赤くなり、深い哀れみで心が青く沈む。
(怒りも悲しみも、全てお前が私に与えてくれた感情だ。また喜びをお前から与えておくれ。私も沢山、お前に返してあげたい)
諦めずにいればいつかはまた深い緑色の瞳で一途に見つめ、赤い唇で陽気で心を温かくしてくれる明るい歌を口ずさみ、生涯は慣れぬとばかりにわが身をかき抱いてくれるだろう。
花を手折るのが可哀そうで、窓の外に沢山植えた赤い花々。どんどん増えて背丈も株も大きくなって、ここは赤い花の家と呼ばれるまでになっていた。
「喜んでくれるかな。お前の兄弟姉妹のような花だよ」
振り向いて寝台を覗き込んだら、窓辺の花と同じ色の睫毛がゆっくりと瞬いた。赤い唇が何か言いたげに震え、微笑みの形になんとか吊り上がる。
「無理をしないで、月光歌」
初めて会ったときのあのへたくそな笑顔を見て感じた感情が王子の胸に溢れて満ちてきらきらと光輝いた。
「月光歌、今度は私が、いくらでも君に歌ってあげよう。君を愛している」
果てしない寿命を持つ妖精族の王子様と数日で散る儚い花の精霊の、永遠の恋物語。
終
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