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駆け引きの時間

「いつまでいるんだよ」 「最近激務でして。心を癒す時間が必要なんです」  上機嫌のランスを睨みながら、眠るクリスを抱き寄せる。体を拭いてやるとまだ敏感なのかひくひくと震えた。 「そんなに優しくするなんて、本当に気に入ったのですね」 「……抱かれる側は大変なんだよ」 「ふふ、可愛らしかったですよ。仔猫がじゃれ合うようで」  ランスはじっとりとレインたちを眺めた。 「中々従順に育ってきたのではありませんか? 双子にも懐いているでしょう」 「……」 「貴方には愛情が必要だとプレアデスは説きましたが……確かに、飴と鞭はよく効くようです」 「お前はなにされても嫌いだ」 「まあ悲しい。あんなに大好きだと言って抱きついてくれたのに」 「そうさせたんだろ……」  クリスの服を整えてベッドに寝かせる。レインは自分をねじ伏せようとする奴らが嫌いなだけで、子供やクリスのような人間はそこまで嫌いでもない。 「レイン」  低く呼ばれて思わず肩が跳ねた。ランスがじっと見つめて腿を叩く。レインは一瞬抵抗しかけて、結局保身を優先した。  ゆっくりランスに近づき、膝の上に跨る。ランスは目を細めてレインを撫でた。 「調教が無かったことになるわけではないようですね。正気に戻っても体は着実に私たちのものになる」 「……何がしたいんだ、お前」  レインが問うと、ランスは首を傾げた。 「お前たちはもう俺を好きに操れる。道具として利用するのは容易いはずだろ。なのにどうして心まで支配しようとする?」  レインの魔法使いとしての力を有効活用するために賢者はレインを目覚めさせたのではなかったか。今のところやらされているのは性行為ばかりだ。 「言ったでしょう、私たちは不死を求めていると。貴方が心も私たちに捧げるようになれば、その方法を聞き出すことができるかもしれません」 「そんなこと絶対にないって俺は伝えたはずだぞ。意地じゃない、事実だ。俺から不死の法を得ることはできない」 「そうですか。まあ当初の目的はそうでしたが……今はそれだけでもなくなりましたから、それを伝えられても貴方の日々は変わりません」  ランスはレインの首元に擦り寄ってキスをした。 「皆、純粋に貴方が欲しくなったのですよ。貴方の身も心も手に入れられたら、どんなに満たされるかと」 「……は?」  気色悪くて低い声が出た。 「ほら、私たちは数百年も同じ暮らしをしてきましたから。潤いが足りないんです。もはや賢者に並び立つ者などそういませんし、下手に人間を愛でれば不和が生まれます」  ランスはレインの頬を撫でて微笑んだ。 「でも貴方は違う。不老不死で、どの賢者よりも叡智を持ち見目も美しい。我々の理想なのです、貴方という存在は」 「……ふざけるな。お前らの欲求不満に延々と付き合えって言うのか」 「ええ、そうです。でも素敵だと思いませんか?」  ランスが腕を回し、レインを抱きしめた。 「貴方はこれから、賢者が滅ぶまでずっと愛されることになるのです。忌避と憎悪を向けられ孤独でいた昔とは違う。何人もに求められ、愛を囁かれ、常に人肌の温もりを感じられる甘やかな日々が続くのです」 「っ……」 「貴方が人間を、愚かさを憎むのは愛を得られなかったからだ。ならば、愛に満ちた暮らしを私たちが与えてさしあげます。私たちの愛が偽りでないことは貴方にも伝わっているでしょう?」  賢者たちの愛とやらは不健全で歪だ。ただの執着や支配欲じゃないかとも思う。でもそれは、レインに向けられるそれらの感情自体は作り物ではない。レインが強大だからと媚びを売ってくる者とは、違う。  体を離して目を合わせたランスは優しい表情に見えた。撫でてくれる手つきも柔らかい。 「ね、レイン。素直になっていいんですよ。もっと愛してほしいと、甘えてくれていいんです」  ランスの顔が近づく。レインはその唇を黙って受け入れた。 「……ッ」  ランスが弾かれたように顔を離す。じわりと薄い唇から血が滲んだ。賢者も血は赤いらしい。  レインは鉄の味を舐めとって笑った。 「その言葉、プレアデスから出りゃ納得してやったけどな」 「……」  ランスの目が爛々と輝く。こちらのほうがこの男の本性だ。何を言われても悪魔の囁きにしか聞こえない。 「なあランス」  レインは今度は自分から抱きついた。 「ランス、俺を愛して?」 「……」 「俺じゃない、お前が捧げろよ。全部つぎ込むくらい本気で愛してくれよ。与えてくれるっていうならさ」 「そうすれば、虜になってくれると?」 「ハ、そりゃ約束できないな」  レインはそう言ってランスから降りた。 「俺は怖いからお前に従ってる。痛いのが嫌だからなんでも言うこと聞くんだよ。ランス様大好きなんていくらでも言えるんだ」  ベッドに腰かけるとランスは冷たい笑みを貼り付けて立ち上がった。 「好きだから言う通りにしたいって思わせてくれよ。それができないならお前らの愛なんか無いのも同じだ。ひと一人落とせない無能の集まりだ」 「あまり言葉が過ぎるとお仕置きをしなくてはなりません」 「そうしてまた壊して、俺じゃない俺を支配した気になって喜ぶのか? そんなのガキの癇癪と一緒だろう。よくそれで賢者が名乗れるな」  ランスの指がゆっくりとレインに向く。これから何を命じられるだろう。だがここまで来たらレインも言いたいことを言ってしまったほうがすっきりする。 「愛してみろよ。都合よく矯正した人形じゃなくて、この俺をだ。それができないなら二度と愛なんて語るなクソガキ」  ランスが口を開く。レインは訪れるだろう屈辱に身構えながらランスを睨んだ。 「……」  ランスは何も言わなかった。レインを指していた指が下ろされる。かわりに歩み寄って、レインの手を掬ってキスをした。 「帰ります。ゆっくりお過ごしください」  レインが呆気に取られている間にランスは出て行ってしまった。意外に効いたのだろうか。それとも他に思惑があっただけか。  ベッドの中でクリスが小さく唸った。

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