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飽きねぇのかな
「藍沢 くん?」
「うわっ」
真後ろから唐突に声をかけられて、思わず叫んで振り返った。
店のマネージャーが怪訝 な顔をして立っている。そこで、今は勤務中だったと、藍沢誉 は一気に現実に引き戻された。
「どうしたの? ぼーっと水槽なんか眺めて。疲れてんの?」
「あ、いや、何でもないです。すみません」
「3番テーブル、氷ないよ」
「はい、お持ちします」
氷を補充するために急いで店のバーへと向かおうとすると、さりげなくマネージャーに腕を掴 まれた。
ん? と足を止めると、マネージャーがニヤけた表情で顔を近づけてきた。耳元で素早く囁 かれる。
「今日、どう?」
その言葉に、いつもの営業用スマイルを即座に作って、ニコリと笑い返す。
「空いてますよ」
「ほんと? じゃあ、また店が終わったらね」
いやらしい顔を隠そうともせず、嬉 しそうに去っていくマネージャーの背中を、冷めた気持ちで見つめる。
ほんと、飽きねぇのかな。
このホストクラブの店員として働き出して、もうかれこれ5年ぐらいになるのだが。あの、妻子持ち40代のマネージャーとの関係は、4年くらい続いている。関係と言っても、別に付き合っていないし、惚 れた腫れたの感情もお互い持っていない。ただのセフレだ。向こうからの誘いに乗っただけ。
誉はマネージャーとのセックスにとっくの昔に飽きているが、彼はそうでもないらしい。大抵、週1から2回の割合で誘いがある。そのペースは最初から変わらない。
誉にしてみれば、自分の性欲処理にもなるし、出世のための営業的な効果もあるし、一石二鳥ぐらいにしか思っていない。それによって失われるものがあるわけでもないし。大体、見返りがなければ、あんな全くタイプでもない、ひょろい男に抱かれなどしない。
マネージャーを差し置いても、だれかと「恋愛」関係になったことなど、大人になってからは一度もなかった。愛だの恋だのという一文字を頭の中に浮かべたのは、それこそ小学生ぐらいまでじゃないだろうか。
いや、もっと前か?
ぼんやりとそんなことを考えながら、バーで氷を用意する。新人の店員が慌てて走ってきて、「店長、持っていきますっ」と言われたが、「いいよ」と自分で3番テーブルまで持っていった。
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