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母親
だらだらとマンションまでの道を歩く。さすがに今日は腰がだるい。早く家に帰って、風呂に入ってゆっくりしたい。
誉の暮らすマンションは、ホストクラブの最寄り駅を挟んで反対側の、商店街の近くにあった。今の勤務先を選んだのも、徒歩で通えることが理由の1つだったからだ。
商店街には、ホストクラブのある歓楽街とは対照的に、昔ならではの情緒あふれる店が並ぶ。金物屋や惣菜屋 。布団屋なんかもある。店主は年配の人が多いが、みんな元気だ。大きな声で笑い、のんびり客と会話をし、だれとでも分け隔てなく接してくれる。その雰囲気が誉は好きだった。
とっくにシャッターが閉まっている商店街の真ん中を進む。深夜なので人影もない。初夏の夜にしては少し肌寒かった。
ふと、通りに水たまりを見つけて立ち止まる。どうやら雨が降ったらしい。どこからか風がびゅっと商店街を吹き抜けて、小さな水たまりにさざ波が立った。それを見て、またあの海の風景が浮かんだ。幼い自分が海辺ではしゃぐ姿。それと同時に、今度は優しい両親の笑顔ではなく、思い出したくもない母親の鬼のような形相が蘇 った。
父親が女を作って家を出ていったのは、誉が小学校低学年の辺りだった。両親の不穏な空気など全く感じていなかった誉は、どうして父親が出ていったのか、なぜ戻ってこないのかよくわからなかった。母親に尋ねると、取り乱して何時間も泣き続けるので、やがて誉は父親については何も口にしなくなった。
しばらくすると、母親が誉に暴力を振るうようになった。最初は軽く頭や尻を叩 かれる程度だった。しかしその内、目立たないところを痣 が残るほどつねられたり、床に倒れ込むほど蹴られたりし始めた。そして、行為はさらにエスカレートしていった。
辛かった。だれかに訴えたかった。でも、だれかに話して、それを母親に知られたらもっと殴られる。蹴られる。あの、アパートの部屋全体を覆うねっとりと重い空気が、これ以上よどむのは嫌だ。それに、もし自分が逃げ出したら、母親が今度こそ1人になってしまう。誉は、まだ僅かに残っていた母親への愛情と、恐怖から抜け出したいという切望を天秤 にかけて、愛情を取ってしまった。
それは今でも後悔している。もし違う選択をしていたら、こんな体を売って生きる生活ではなく、もっと「人並み」の生活が送れたかもしれない。
それからまた、母親の暴力に耐える日々が始まった。それは、誉が小学校の高学年になるまで続いたが、母親に新しい男ができたことで収まった。しかし、誉が苦痛から解放されることはなかった。
今度は母親が家に帰ってこなくなったのだ。男の元へ入り浸り、まるで誉など初めから存在していないかのように振る舞った。気まぐれに食事や現金を用意していくこともあったが、何も用意せず、何日も留守にすることがほとんどだった。
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