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もう限界だった

 そしてそんな生活は、千晃に義弟が生まれたことによって、さらに酷い状態へと加速していった。  継母は義弟を九条病院の跡取りにしたがった。千晃自身も、跡を継ぎたいなどといった欲もなかったので、喜んで譲りたいぐらいだった。しかし、父親がそれを許さなかった。九条家の長男である以上、跡を継ぐのが当たり前だと。その主張は、千晃への愛情や期待からではなく、単に自分の体裁を守るためだけのものだった。  継母は千晃をさらに目の敵にするようになった。高校生になっていた千晃は、その頃かなり自暴自棄になっていたと思う。本当にどうでも良かった。学校も、家も。人の付き合いも。  学校には警告にならない程度に通い、他ではほぼ遊んでいた。昼も夜も。気づかれないように学校での成績は上位を保ちながら。その頃、色んな人間と関係を持った。男と初めてしたのもその時だった。酒や煙草、ドラッグなど、堕落生活の必須アイテムに挙げられそうなものは全てやった。  世間的には「底辺」と思われる生活だったかもしれない。でも、今思えば、この時が一番、自分は自分らしく自由に振る舞えていたのかもしれないと思う。  ただ、こんな生活は長く続かなかった。自分がいかがわしい場所に入り浸っていることが学校に知られてしまったのだ。千晃の容姿や成績を妬んだ同級生からの密告だったらしい。継母には罵られ、義弟には(あき)れた顔で見られ、父親には激高された。  チャンスだと思った。九条家と縁を切れるチャンス。このまま、千晃に絶望して捨ててくれたらいい。  しかし、それは(かな)わなかった。またもや父親が体裁を気にしたのだ。息子の自堕落振りがこれ以上(うわさ)として広まらないように手を尽くして、事実を消そうとした。  もう限界だった。  千晃は自ら交換条件を出した。今後、九条家に泥を塗らないよう努力する代わりに、跡取りの権利を放棄させて欲しい、と。自分のことは全て自分で選択させて欲しい、と。父親は最初、難色を示していたが、継母は意気揚々と千晃の条件に乗ってきた。これも計算の内だった。  義弟は、千晃のこの条件提示の意図が理解できなかったようだ。そりゃそうだろう。普通ならば、喉から手が出るほど欲しい跡取りの権利を放棄することを望んでいるのだから。  結局、継母が父親を説得し、この条件は()まれた。

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