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凄ぇ、苛つく

 汗がじんわりと体から(にじ)み出てきて、やがて滴り落ち始めた。その間も奥の2人の会話は続いた。  2人の会話を、目を閉じたまま聞いていると、あることに気づいた。誉の話し声を聞いたのは、もちろん初めてだったが。自分が想像していた話し方とは、なんとなく違った。もっと遠慮のない、あけすけな感じで明るく話すかと思っていたのだが。今の誉は、とても慎重に会話をしているように感じた。言うなれば、心を許していない、ような。会話自体にもそれほど乗っていない様子だった。  付き合っているか、付き合っていないにしても関係がある相手に話すにしては、随分警戒心が強い話し方だな、と思った。それともいつも誉はこんな感じで人と会話をするのだろうか。気になって、そっと目を開けると、誉たちへと何気に視線を向けた。  見た目には和やかに楽しそうに会話をしているように見える。誉は、相手が話す度に笑顔を作って答えていた。しかし、そこに違和感を覚えた。その違和感の答えは、2人を盗み見る内にわかった。 「あっつー! そろそろ出る?」  相手の男がもう限界、という感じで誉に訴えた。誉も少し笑って、わかった、と(うなず)いた。2人が立ち上がって扉へと向かうのを目で追う。扉の手前側に座っていた千晃の前を横切る時。男がちらっと千晃を見た。軽く(にら)まれる。(くぎ)を刺したつもりなのだろうが、千晃には全く響かなかった。無表情で男を見つめ返す。  その微かに険悪となった空気を読んだのか、誉が相手の男の背中に触れて、急かすように声をかけた。 「何してんだよ。ほら、早く出るぞ」  男に笑顔を向ける。 「…………」  なんだろう。その、男に向けた誉の笑顔が。  凄ぇ、苛つく。  男が扉を押して出た瞬間に。素早く立ち上がって、誉の右腕を(つか)んだ。

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