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やってやる

「ありがとうございます」  靴を脱いで玄関に上がると、その靴を持って案内されながらベランダへと向かう。女の部屋は甘ったるい香水の匂いが染みついていた。趣味の悪いアジアンテイストの装飾品があちこちに置かれている。  映画でも見ていたのか、テレビ画面はスーツ姿の金髪の男が銃を構えたところで一次停止してあった。リビングテーブルには飲みかけのワインボトルとグラス、チーズとクラッカーの盛り合わせが置いてある。  リビングを横切ってベランダへ着くと、女にもう一度礼を言って靴を履いた。ベランダの(ふち)から隣のベランダを(のぞ)く。電気は点いておらずブラインドも閉められ、中は真っ暗だった。部屋主が潜んでいる可能性もあるが、とりあえずベランダからの動きは見えないはずだ。  千晃は慎重にベランダの(ふち)に足をかけて上った。ここが数十階建てマンションのベランダだということは考えないようにした。高さにはそれほど抵抗はない方だが、さすがに足がすくみそうになる。体の正面をマンション側へと向けて、なるべく足下だけに集中して少しずつ移動した。幸い、マンション間を隔てるパネルと縁には20センチほどの隙間があったため、足をしっかりと乗せる余裕があった。  とん、っと音を立てぬよう気をつけながら目的の部屋のベランダへと着地した。そっと窓を引いてみるが、やはり鍵がかかっていた。肘で思いっ切り(たた)けば割れるだろうか。しかし、高級マンションだけあってガラスは厚く、頑丈そうだった。  周りを見回すが、使えるような道具は何一つなかった。こうなったら体当たりでもなんでもしてやろうか、と思った時。 「あの~」  先ほどベランダを借りた部屋の女が、隣からぬっと顔を出した。 「開かないの?」 「ええ。鍵がかかっていて」 「これ、使う?」  そう言って、太めの金槌(かなづち)をベランダ越しに差し出した。 「これは……」 「護衛用に持ってるやつなのよ。窓、すっごい割れちゃうとは思うけど、緊急なんでしょ?」 「はい。助かります」  中に相手がいた場合、この金槌(かなづち)で割れば完全に気づかれる。だが、背に腹は代えられない。他に方法もないし、割ってでも侵入しなければ、誉を助けることもできない。それに、襲われても武器代わりにも使える。千晃は有り難く金槌(かなづち)を頂戴した。それにしても、もし自分がこの女に不審人物だと判断されていたら、この金槌(かなづち)でやられたかもしれない。そう思うと、軽く冷や汗が流れた。  金槌(かなづち)を握り締めて、体勢を整える。  思いっ切り、やってやる。  怒りを込めて、金槌(かなづち)を振った。がつん、と鈍い音がしてガラスに一気にヒビが入った。もう一振りすると、ばりんっ、と派手な音を立ててガラスが飛び散り、窓の一角に大きな穴が開いた。手を切らないように慎重に腕を伸ばし、鍵を解錠して、窓を一気に開けた。

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