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躊躇

 そうして、若干の懸念を抱えながら、誉との同居が始まった。誉は週末も含めほぼ毎日本屋でアルバイトをし、夕方には帰ってきた。本屋は朝9時から夜9時までの営業だったが、夕方頃に学生アルバイトと交代することになっていた。最近では店長がすっかり誉に任せっきりになってしまい、ほとんど店に現れないそうだ。どうやら誉には、店を切り盛りできる才があるらしい。  千晃が気にすることはないと言ったにもかかわらず、居候の身だからと、誉は家事全般を全て請け負っていた。食事も朝と晩は千晃がいる時は必ず用意してくれるし、いつも部屋が綺麗(きれい)に保たれていた。  千晃とタイミングが合う時は、ジムで落ち合って汗を流した後に一緒に帰宅することもあった。その時は、千晃が誘って外食した。そうでもしないと、誉は律儀に毎日食事を作ろうとするからだ。  翌日にお互いの休みが重なる夜には、ゆっくり酒を()んでテレビや映画を見たりもした。しかし、ソファで2人並んでいると、誉を妙に意識してしまい落ち着かなかった。こんな恋愛に不慣れな中学生や高校生のような自分が存在したことは新しい発見だった。  しばらくして例のホストの男が起訴された。その後、弁護士を通じて誉に示談の申し出があった。千晃は示談に応じる必要はないと怒りを(にじ)ませたが、誉は違った。早く終わらせて忘れたいという気持ちが先行したらしい。裁判になればまた根掘り葉掘りその時のことを聞かれる可能性があるからだ。結局、今後一切誉には近づかないことを条件に示談に応じたのだった。示談金はそのまま誉が世話になった養護施設へ寄付した。  これで、事件は一応解決となった。だからと言って、誉の心の傷がもうすっかり癒えているとは限らない。  事件から2ヶ月が過ぎた頃、PTSDの可能性があるかどうかの診断が行われた。診断の結果、PTSDと判断されるほどの症状は見当たらず、とりあえずは問題ないとされた。安堵(あんど)する反面、本当に大丈夫だろうかと心配する気持ちも消えなかった。PTSDの症状は年月が経ってから発症するケースもあるからだ。  そんな気持ちが相変わらず誉に触れることを躊躇(ちゅうちょ)させていた。誉を(おび)えさせずに、どこまで距離を縮めていいのか考えあぐねていた。一緒に暮らし始めてから、誉から千晃に触れてくることもなかった。事件のことでまだ恐怖心があるのか、それとも千晃と深い関係にはなりたくないと思っているのか。甘い雰囲気になりそうになると、さりげなく誤魔化しているように感じた。その様子が千晃をますます慎重にさせた。  そして、なんの変化もないまま、さらに数ヶ月が過ぎ去っていった

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