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1人だけ ★

 数秒見つめ合った後、遠慮気味に手を伸ばした。誉は大丈夫と言ったが。心の傷を負った人間に対して、どうしても慎重になる自分がいた。少し緊張しながら、そっと誉の左頬に触れる。気持ち良さそうな顔をして誉が目を(つむ)った。 「千晃の手、冷たくて気持ちいいな」 「末端冷え性だからな」 「ふふ、そうなんだ」  親指をゆっくりとずらして、誉の薄い唇をなぞる。誉が目を開いて千晃を見上げた。本当は今すぐにでもその場に押し倒したいぐらいなのに。心とは裏腹に、体が強ばって言うことを聞かない。すると、誉がすっと顔を上げてチュッと千晃に唇を重ねてきた。何度も何度も。繰り返されるその可愛いキスに、千晃の緊張がするするとほどけていった。 「ん……」  誉の唇を捕まえてそっと舌を滑り込ませると、誉が声を漏らした。時間をかけてお互いの舌を絡ませ合う。あの時と同じだ。サウナで誉と初めてキスを交わした時と。あまりにもキスが気持ち良くて、止めることができない。唾液の混ざり合う音が千晃の欲をぞくぞくと()き立てた。 「んっ……はぁ……」  誉の吐息と共に、自分の息も荒くなる。 「ちょっ……千晃っ……押しすぎっ……わっ」  あまりにも夢中で舌を押し込んでいたせいで、千晃の全体重が誉へとかかったらしい。誉がソファへと押し倒される形となった。それでもキスを止めるつもりはなかった。 「んんっ……ふ……あ……」  少し苦しそうに誉が声を上げる。その声さえも興奮材になる。好きなだけ誉の口内を貪った後、ようやく唇を離した。軽く息を弾ませながら、誉がぽやんとした表情で千晃を見上げる。そこから(うれ)しそうにふにゃりと表情を崩した。 「千晃とのキス、とろけそうだった」 「…………」 「おわっ、千晃??」  がばり、という効果音が聞こえてきそうな勢いで、誉へと覆い被さった。  こんな可愛い男に今まで出会ったことがない。そしてこの先にもない。誉1人だけだ。

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