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第1話
「ルカよ。島に行き、人間をここに連れて来るのだ!」
目の前にいる男は僕の父で、この人魚王国の王だ。端正な顔立ちをしているが額に深い皺が刻まれている。肩まである白い髪に紺色の鱗を持つ人魚。
「そんな……僕には出来ません。お断りします」
僕の発言を聞き、王は表情を険しくしたので更に顔の皺が強調された。
「そんなことは決して許されない。お前はこの国のただ一人の皇子だ。この国は特殊な環境にある。ずっと狭い範囲で交配を続けることは滅びへと向かうのは同じ。だから、お前が代表し、出来るだけ顔も頭も良さそうな男を選び伴侶としてこの国へ連れて参るのだ。お前には母親ゆずりの美貌がある」
「ですが、完全に人型になれるのは満月の日だけなのですよ。わたしには無理です」
「だが、お前にしか頼めないのだ。お前ほどの美貌ならば人間の男も虜することが出来るはずだ」
父王はなんとしてもこの僕をあの島に送り出そうとしているようだ。一般的に魔のトライアングルと呼ばれバミューダ海峡にある秘密の小島に。そこは繁殖相手を見つけ、王国へと連れ出す人間を見つけるための秘密の箱庭。
僕が王に似たのは青と黄のオッドアイに輝く瞳だけで、顔立ちや腰まで届く長い金髪は母そっくりらしい。水色に輝く鱗を持つ僕を皆が綺麗だという。この国の王は代々見目麗しい者を伴侶、交配相手として選んできた。全ては人間を魅了出来るようにする為にだ。
「バルータ、ルカを連れて行け!」
「はっ!」
バルータが、こちらへゆっくりと泳いで来て、僕の腕を掴む。バルータは、大きな巨体の人魚で腕力では全然かなわない。腕を振り切ろうとするが、肩に抱き上げられて、そのまま身体を抑え付けられた。
「ちょっと、バルータ何するんだよ、離せっ!」
ジタバタと下半身を動かしたり、手もバンバンと背中を叩いたり、抜け出そうとするが、バルータから離れることは出来ない。
「ちょっと失礼しますね」
無理矢理口を開かせられ、苦い液体を飲まされる。そこから僕は徐々に意識が遠くなっていった。
* * *
バミューダ海峡の何処かに位置する小さな島。そこに金髪の長い髪を風になびかせ、岩の上に腰掛けたる僕が居た。まばゆい光輝く宝石のような瞳と、それに負けない美貌が水面にへと写る。
「はあ…………もう、どうしよう。僕に結婚相手、子供の父親を探して来い、しかも出来るだけ顔も頭も良さそうな男ときたもんだ。無理だよ、きっと」
そんなにうまいこと行くわけがない。人間を魅了して僕たちの国に連れていくとしても、僕が完全な人型になれるのは満月の日だけ。その間に運よく条件に当てはまる人間に遭遇出来るかどうか分からない。
「だけど、今日は嵐の翌日だ。もしこの島付近に流されてきた船とかがあれば……希望は少しあるのか。一応島の反対側も見ておこう」
チャプン。海に飛び込むと、小さい水しぶきが少し出る。そのままぐんぐんと泳いで行き、島の反対側を目指した。
島の反対側は崖やゴツゴツとした岩が多く集まる場所だ。その岩と岩の間に黒いものが見えた。
「何だあれは? もしかして人間……近くまで行って見てみるとしよう」
岩で囲まれたその一帯はそこだけ浅瀬のようになっており、そこには長い黒髪の男がいて、うつ伏せの上体で倒れている。だけど人間……じゃない? えっ? 足がなくて黒く長いしっぽがある!!
「ねえ、あなた大丈夫ですか?」
しかし、その相手からは返事などない。意識を失っているようだ。それに血の匂いもする。
僕は吃驚しながらその男の身体をじっくりと観察した。目を閉じていてもきっと麗しいであろう顔に、艶めいた腰よりも長い黒髪。肌は僕とは違い浅黒い。背中には大きな背びれがある。
さっきは岩が邪魔をして見えなかったけれど、この男も人魚族なんだ。遠い昔、魔法の力を持つ者によって作られた人魚。それはもともと人間とサメだったという。しかし、ずっと昔にいくつかの種族に別れてしまい、今も現存しているか分からない種族がいるかもしれない、そういう言い伝えがある。
そのサメに近い特徴を持つこの男。だけどそんなことより、…………血だ、血の匂いがする! きっとどこか怪我をしているはずだ。
急いで身体の向きを変えお腹側を上に向けようと身体を横にする。背びれがあるので完全に上向きにするのは無理だったからだ。
男の腹部に大きな傷があり、そこからまだ出血が続いているようだった。
「そうだ、我が国に伝わるこの薬を塗れば、早く回復するはずだ」
左手首のブレスレットに付けられた花型の入れ物の蓋を開ける。そして白いクリームを指に付け、傷口に塗布した。患部に触れると男がわずかなうめき声を上げる。
「うっ…………っ」
「大丈夫。これを塗ればちゃんと治るから。僕が治るまで助けるよ」
うん、このままこの男を見捨てるなんて出来ない。僕が動けるようになるまで面倒を見てあげよう。国の秘薬を使ったんだからきっとすぐによくなるはずだ。だから今はゆっくりと休んで。
男の手を握ると、自分もなんだか眠たくなってきて手を握ったまま僕は眠ってしまった。
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