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盆帰り―見知らぬ土地に囲まれて―
八月中旬、ひまわりが咲き誇り、息をするのも苦しくなるほど太陽が照り付けた頃。どこまでも上がっていく外気温を割けるようにエアコンの効いた部屋で愛読書のシャーロックホームズを呼んでいると、ケイが室内の鉢植えの手入れをしながら碧に問うた。
「碧さん、今年も盆は留守番ですか?」
「まぁ……そうだな。実家に帰ってもすることないし……。もしかして会社で休暇の申請出すの忘れたのか?」
「違いますよ!ちゃんと出しましたし……そもそも盆休みになると会社自体お休みじゃないですか。」
思っていた事と全く違う、かすりもしていない返答にケイは戸惑いながら、鉢植えの手入れをやめ、碧の隣に腰掛ける。碧も小説を読む手を止め、代わりに毛先をいじりながらケイの方を向く。
「まぁ、そうか。で、なんで急に俺の日程聞いてきたの?」
「単刀直入に言いますね……碧さん、今年の夏。うちで過ごしませんか」
碧は毛先をいじるのをやめ、きゅっとケイの方を向く。
一体全体何を言っているんだと思いながら、次のセリフを言おうとするも突然の事で頭が回らない。碧は突拍子もない事を言われるのが少し苦手だった。
「はい?」
「いや、だから。今年はうちの実家で過ごしませんか。いえ、もちろん強制はしませんよ?しないんですけど……今年は一緒に過ごしたいなって。」
ケイの提案は碧の心を躍らせた。屋敷の広い一室でただ本にしっかり向き合うのも十分魅力的だが、どこかに出かけるのはとても楽しそうだ。
しかし、身内のいる実家に帰るケイとは違って、碧と彼の両親はあくまで他人だ。果たして、実家に人を招きたがるような人ならまだしも、亭主関白を祖とするような家庭だったら人を招くことにすぐ快諾するとは思えない。
他人である碧がケイの身内にどこまで関わっていいのか、碧は不安だった。
「でも俺がケイの実家に行くの迷惑だろ。」
「その点なら大丈夫です。この前、両親から許可は得ました。快く迎え入れる準備をして待っているとのことです。」
間初入れずに返答するあたり、ケイはきっと碧の答えを予想していたのだろう。
魅力的な提案にほいほいゴーサインを出していいのか。本当に迷惑じゃないのか。碧の脳内は懸念点でいっぱいだった。
「はぁ……」
つい口から漏れ出してしまった腑抜けた声に碧は自分で驚いてすぐに口に手を当てる。ケイはそんな碧に少し微笑んで、優しく言った。
「直前の提案で本当に申し訳ないのは重々承知しています。もし何か他の用事があるならそちらを優先させてもらって構いません。」
「いや、予定は……ない。だって実家に帰っても苦しくなるだけだから帰ろうとも思ってない。けど……」
「けど?」
「本当はめちゃくちゃくちゃ行ってみたいとは思ってる。でも、俺が行くと迷惑じゃないかなって、もし受け入れてくれても俺がなにか粗相をしないかなって心配なんだ。」
「それなら大丈夫です。もし何かあっても俺が守るし、第一そんなことですぐ癇癪を起すほど俺の親は短期ではないです。……というか、実は両親にこの前碧さんの話をしたらウチに連れてこいって言われちゃって……だから来てくれると助かります。」
ケイの何気ない一言に心が軽くなった碧は少しだけ前向きに事を捉えようとした。そして突然のカミングアウトにまたも目を白黒させた。
「じゃあ、お邪魔していいなら……行きたい。」
碧はしおらしく、そしてしっかりケイの方を見て、戸惑いながらだけれど言い切った。その答えを待っていたようにケイは花のような笑顔で碧の手に触れる。
「はい!ぜひ!」
「じゃあ荷造りしないとな。何日に出るんだ?」
「それが……言いずらいんですけど、明日……なんですよね」
「はぁ?!いくら何でも急すぎないか……。うーん……わかった。急いで準備する」
ある日の昼下がり、碧は急いで荷造りをはじめ、今までは体験することのなかった『普通の盆休み』がゆっくりと、始まった。
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