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こわいはなし2
「つけますよ……」
俺と御子柴は少し休んで屋敷で一番広い部屋の液晶パネルにリモコンをかざした。いつにもまして元気のない御子柴の声に少し笑みがこぼれる。確かに今のこの部屋は暗い。カーテンは全て閉め、部屋の温度は効きが良くなって先ほどより少し低くなっている。白い壁がお化け屋敷のような薄暗さを再現しており、不気味さは完璧だった。そしていつもより御子柴が近い。
「すみません、もうすでに怖いです」
「ならやめればいのに」
「でも、碧さんのびっくりしてる顔が見たいんです」
「悪趣味だな」
最初の映像が流れはじめる。御子柴がびくびくしながら俺の腕にしがみついて来た。いつもは頼もしいその手が今日は小さく震えていて、愛おしさが増す。
「そんな悪趣味な俺を受け入れてくれる碧さんが好きなんです」
「……!やめろ、恥ずかしい……」
少しでも気分を紛らわせようと必死な御子柴に軽く驚かされた。よくもまぁ恥ずかしげもなくそんな照れ臭いセリフが言えるものだ。もし自分が言おうものなら真っ赤になって口が回らないことが容易に想像がつく。
1時間と数十分。
「ぎゃあ!!」
映画も中盤に差し掛かった頃、ついに御子柴が抑えきれない悲鳴を上げた。碧は製作人の本気を感じながら御子柴に抱かれていた。序盤の時点で相当気が滅入るほど怯えている彼にしては頑張った方なのだろう。普段は見れない御子柴の新しい一面が知れた気がした。
「ねぇ、碧さん」
「ん?」
「今日、一緒に寝てもいいですか。夢に出てきそうなんです……」
「いいけど……そんなに怖いか?」
「怖いじゃないですか。人の猜疑心って!どうにもなれないんですよねぇ……」
「お前……別のモノにおびえてないか、それ」
抱きしめられている腕に徐々に力が籠められ、痛みを感じる。しかしその痛みさえ愛おしいと思ってしまうのは罪なんだろうか。
さらに数十分。
物語も終盤に差し掛かかりだんだんと恐怖要素が増えていく。物語が進むにつれBGMや画面が不穏なものに変わり、さらに御子柴の恐怖心を煽り続けていた。先ほどからずっと震えながら碧を碧を抱いている手に力が入る。
「あ、碧さ、碧さん。もう怖いの、いなくなりましたか」
恐怖におびえるあまり、言葉が紡げなくなっている御子柴を軽くなだめる碧はもう映画の内容よりもいつもと違う御子柴を楽しんでいた。
「うん。画面にはいないよ」
「そうですか……」
御子柴が一息つこうと、画面に目を向けた瞬間この映画一番の見せ場である悪霊が不意打ちに主人公を捕食するシーンが流れた。もっと遅く許可を出せばよかった、と碧が焦ったのもつかの間、放心状態の御子柴がぽけーっと碧の袖を握っていた。
「碧さんの嘘つき~!!」
「ごめんごめん。ホントに悪気はないんだ。たまたまだって……な?」
「今多分一番の見せ場じゃないですか!!どうしてそんな生き地獄のような事を……!!」
「いや、俺も内容は知らないんだって。初見だし……って、あ、おい、こら、御子柴!」
映画が流れるのもかまわず、御子柴は碧をソファの反対方向に押し倒し、上から抱き枕に覆いかぶさるように碧を抱きしめる。その勢いと強さは今までの比でないほどに強かった。肋骨が圧迫されるのを感じながら碧は御子柴の抱擁を受け止めることしかできなかった。
「碧さんのばか……」
「だから、ごめんって」
「もう今日はずっと一緒に居てください。さみしくしないで。一人にしないで」
さらに力を込めて抱いてくる御子柴に圧死させる気か、と背後に回った腕を離させて体制を整える。どこまで話が進んだのかと画面をちらりと見るといつの間にか映像は何かを解決したような描写を迎えておりきっと御子柴が喚いている間に事が済んだのだろう。せっかくなら最後を見たかったななどと物寂しい気持ちを隠した。
「ふぅ……やっと、終わった」
「そんなにホラーダメだったんだな」
「えぇ。実はかなり苦手な部類なんですが、どうしても碧さんと一緒に見たくて……」
えへへ、と照れ笑いをする御子柴の顔は緩み切っており、さっきの情けない姿を上手く中和していた。
「別に誘ってくれれば一緒に見るのに」
「だって碧さん、理由がないと一緒に見てくれないような気がして……」
「そんなことないよ。というか、一緒に見たいって思ってくれるのが嬉しい。俺さ、今まで誰かと映画見たことなかったからさ。今回も、びっくりはしたけど楽しかった」
「え?そう、なんですか……てか、映画、誰かとみるの、初めて?」
ぽっかりと開いた口でたじたじと言葉を紡ぐ御子柴がなんだかかわいらしくて。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で行き場の無い手を動かしている彼をそっと撫でる。柔らかな髪は少しだけぼさぼさになっていて。そんな歪でさえも愛しいんだ。
「あぁ。今までそんな余裕なかったし。だから今回初体験なんだ」
「って、ことは弓弦さんとも見たことないんですか?」
「うん。本当に御子柴が初めて」
「え、あ、わぁ……なんか、うれしいです」
そんなにか?と俺が笑うと御子柴ははい、と少し照れたような顔をして口元を隠す。きっと、その手の向こう側には緩やかな弧を描いた笑みが隠されているのだろう。
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