3 / 22
①
「なあジーナ、ダンスの練習してくんない?」
その日はたまたま、屋敷にいる守護騎士が俺だけで。ロロ達みんなが私用で留守だったから、ひとり修行に励んでたんだけど…
「ダンスって…お前、ヴィンにたくさん課題出されてたんじゃないのかよ?」
朝飯ん時に、ヴィンも女王様のとこ行くから、その分自主学習するようにって言われてさ。
セツは「こんなの一日じゃ終わんないよ~!」…って、メッチャ嘆いてたハズだけど…。
汗を拭いながら首を傾げる俺に対し。セツは言葉を濁しながらも答えた。
「これでも結構やったんだよ…。けどさ、気分転換も大事だろ?」
この様子だと、頭使い過ぎて耐えきれなくなったんだろう。セツはそうぼやくと、思いっきり背伸びしてみせた。
「で、なんでダンスなんだよ?」
「や…神子としての教養っていうか、さ。」
初めての舞踏会は、結局体調崩して休んじまったけども。次の舞踏会は是非にと、女王様と約束しちゃったからって。セツは困ったように笑いながら頭を掻く。
そういえば、こないだ陛下に呼ばれた茶会で話してたっけか。
けど、それなら…
「てか、なんで俺?…んなの、ルーとかアシュのが適任じゃんか。」
出来ないわけじゃねぇけどさ、どう見たって俺はダンスってガラじゃねぇし。
剣術の稽古とかなら、喜んでつけてやるんだけども。
「だって、みんな留守だし…」
まあ、そうなんだけど。
俺が微妙な反応を示すと、セツは物欲しげな目でジーッと見つめてくるもんだから。
身長はほんの少しだけ、俺より高いハズなのに。
上目遣いのような視線を向けられて…
つい不覚にも、ドキドキしてしまった。
「…ダメ?」
「っ…や、ダメじゃねぇけど…」
セツってたまに、こういうスイッチ入れてくんだよなぁ…。本人は全く解ってないんだろうけど。
だからこそ、厄介っつうか…
一歩顔を近付け、お願いって…いきなり手まで握られて。慣れない感情の芽生えに俺は、内心たじろぐ。
「……わーったよ…」
「ホントか?やった~!」
最終的には根負けして。
喜ぶセツに不意打ちにも抱き付かれ…俺の心臓はバカみたいに、跳ね上がってしまった。
「とりあえず、1回やってみっから。」
こういうことは、体で覚えるのが一番だと。俺はセツと向かい合う。
まあ、細かい説明とか俺には無理だから?
セツを女役にして、踊ってみせることにしたんだけど…。
良く考えたら、コレって…
(ヤベェ…距離、近え…)
俺だって当然、教養としてダンスくらい学んだし。社交の場でだって嫌々ながら、何度も踊ってる。
そん時は相手のこととか、この距離感だとか。全く気にしたことなんてなかったんだけども…
(相変わらず良い匂い、すんだよなぁ…)
香水とか不自然なもんじゃなくて。
セツの体からは、スッゲェ良い匂いがするんだ。
前に本人に言ったら、臭いのかって気にしてたけど…。
なんていうか、フェロモンみたいな?
とにかくセツからは、めちゃくちゃ良い匂いがすっから…ヤバイ。
大差ない身長差で、顔もすぐ真横。
白く覗ける首筋辺りから漂うそれに。
俺の幼気 な心は、常に爆発寸前だった。
「ホラ、こっちの手は相手の腰を軽く支えて…」
下心、は勿論ある────が。
ダンスという名目にあやかり、セツの腰を抱き寄せる。もう片方の手は互いに握り合い…必死で覚えようとするセツの視線は、真っすぐ俺にだけ向いていた。
その視線が嬉しい反面、何処か切なくなる。
「やっぱり、ジーナも上手いんだな。」
リズムに乗り舞いながら。
セツはキラキラと、羨望の眼差しを向けてくる。
「そうか?こんくらい誰だって出来るけどなぁ。」
「お、オレは出来ないもん…」
成人男子がもんって…この距離で、拗ねたみたく唇を尖らせるセツに。無性に叫びたくなるのを…ギリギリのとこで耐え抜いた。
(可愛い過ぎだろ、コレ…)
や…例え女でも、こんな態度されたらイライラすんのに。
二十歳過ぎの野郎がさ…普通に考えたらあり得ねぇんだけども。セツ相手だと、逆にアリだから不思議。
「んな顔すんなよ。セツの世界とこっちじゃ、なんもかんも違うんだろ?」
慰めるみたく額をコツンとぶつければ、セツはうんって頷いてみせる。
年上なのに、童顔ってのもあんだけど。
やっぱりセツは可愛いって思える。
俺が素直にんなコト思うのって、相当なんだけどな…。
ともだちにシェアしよう!