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①
「やけに静かだと思えば…」
書斎に隣接する勉強部屋への扉を開け、中を覗くと。机に伏せるセツの黒髪が、規則正しいリズムを刻む。
課題として渡しておいた本は、数ページを残し開かれたまま…セツの下で、枕代わりにされていた。
この世界の誰にも、得ることの出来ない力を持つとされる神子。
しかし目の前の青年然り、歴代の神子も始めから神のように万能というわけではなく…。
別世界の住人で、赤子同然なまま召された神子を。我が国フェレスティナは寵愛し、永きに渡り守護し続けてきたのだという。
魔法も一切扱えず、右も左も解らない神子に。
この世界で生きる為の知識と教養をと、私は教育係を命ぜられた。
騎士になろうという者ならば。
最も名誉ある騎士の階級、″守護騎士″を目指すのは当然のことだろう。
かくいう私も、それを当たり前だと信じて疑わなかった口だし。
故に、陛下から騎士としてではなく。神子の教育係として指名された時は…
少なからず、悔しさのようなものを抱いたものだ。
「神子、か…」
神子が世に現れるのは、疎らではあるが数百年に一度。その存在を知る術は、先人が残した記述でしかない。
それでも、あらゆる記録を調べ理解していたつもりでいたが…
目の前で眠る、漆黒の髪の青年。
神子が男子という、異例の事態もありはしたが…。
セツが神子であることは、守護騎士に選ばれなかった私でも…充分確信が持てていた。
単純に黒髪だから、ということではなく。
それはきっと私にも。
守護騎士の素養とやらが…少なからず、あったからなのだろう。
まるで赤子のように、健やかに眠るセツ。
黒髪だという以外は、ごく普通の人間にしか見えない。
身体能力で言えば、子どもにすら敵わないし。
彼が元いた世界の治安が、比較的良かった所為か…注意力も随分と散漫で。
警戒心で言えば無いに等しい。
それが悪いとは思わないが…こうも隙だらけだと。
例えばルーファスが言うように、守ってやりたい…と。
なんとも珍しく、むず痒い感情を。
私みたいな人間にさえ、容易く抱かせてしまえるのだから。
セツの魅力は、容姿だけの話では計り知れないものなのだな、と…無意識ながら感じた。
(本当に、無防備なものですね…)
つい衝動的に触れてしまった黒髪は、さらさらと指をすり抜けて。セツは一瞬肩を揺らすも、起きる気配はない。
暫くその寝顔を、ぼんやりと見つめる。
神子だから、なのだろうか?
私としては想定外の事だったが…。
ソレを誤魔化したり、理解出来ない年齢でもないので。
己が彼に対し、皆と同じような感情を抱いていることくらいは…既に自覚していた。
ただ、それが自らの意思なのか。
はたまた神子の持つ、特殊な力によるものなのか。
幾ら考えた所で、答えが見つかるわけでもなかったが…。そういった葛藤があるのもまた、事実だった。
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