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③
「アシュ、大丈夫か?顔赤いぞ?」
延ばされた手が、僕の額にひやりと触れる。
けれどそれは案の定、更なる熱を生み出してしまう。
心配そうに見上げてくるその両目を、逃げずにまっすぐ見つめ返せば。
黒く澄んだそれに映るのは…
歓喜する僕の、情けない姿であって。
(嬉しい、か…)
大人になったつもりでいたが。
どうやら僕も、まだまだだったみたいだ。
セツの目に、自分が留まっただけで…浮かれてしまうだなんて。
「熱、上がったんじゃないか?」
無茶するからって、セツは額に当てていた手でガシガシと僕の頭を掻き回す。
おかげで手入れした髪はグチャグチャだけれど…
嫌な気は全くしなかった。
「セツは妙な事を言うねぇ。僕が無茶するタイプだとでも?」
努力とか、他人に見せる性格じゃあないからね。
そのせいか騎士団にいた時も怠慢だって…後輩騎士からはよく、愚痴られてたくらいなのに。
それでもセツは、見透かしたように答える。
「解ってるって。だからこうして、誰もいないところで甘やかしてるんだろ?」
「甘やかす…?僕を、セツがかい?」
反射的に吹き出してしまえば。
セツはそうだと言わんばかりに、また頭を乱雑に撫でてくる。
「アシュは年長者だし。なんだかんだ一番頼りにされてるだろ。普段はヴィンが仕切ってはいるけど…いざとなったらやっぱりアシュが影でみんなを、支えてるんだと思うし。」
いつもは飄々と構えてるけど、実はちゃんと周りに気を配っているって。
自分はそれを、解ってるつもりだからって。
「いつもアシュがオレに優しくしてくれる分、たまにはオレがアシュを甘えさせてやんなきゃなって。」
なっ!て笑うセツは、誰よりも綺麗で愛らしい。
「だからさ、こういう時はオレに言って?みんなには秘密にしとくからさ。」
告げてセツは、ハイと悪戯に自分の小指を差し出した。
(まいったねぇ、これは…)
柄にもなく、その小指に指を絡める自分もどうかと思うけれど。
こういったもどかしい恋も、悪くはないのかもしれない。セツが相手だと、素直にそう思える。
だって…
「いいのかい?僕とふたりきりで、ベッドの上でこんなことしちゃって。」
まだまだ素直になり切れない心が、ついつい邪魔をしてしまうけれど。
「ハイハイ、そーやって誤魔化さなくていーから。」
こんな時だけ鋭いセツは。
解ってるよ、と…子どもをあやすみたくぽんぽんとしてくれるから。
これはどうも、セツには敵わないようだ。
「ふふ、ありがとうセツ。」
「ん。どーいたしまして。」
ああ今頃、彼は相当なヤキモチ妬いて…
大変なことに、なってるんだろうなぁ。
なんたってセツが、いきなり僕の手を引いて…部屋まで連れ込んでしまったのだし。
きっと色々想像して、稽古どころではないのかも。
それはもう、からかい甲斐があるだろうなぁ。
(けれど、今だけは…独り占めさせて貰おうかな?)
いつもは君が独占しているのだし。
神子の心は元より、君だけのモノなのだから。
「少しくらいの我が儘なら、構わないよね。」
「なに?」
「ん?いやあ、セツと部屋で逢瀬だなんて。ルーファスが知ったら、怒られちゃうかなあって。」
冗談ぽく目を細めて笑えば…
セツはもう~と唇を尖らせ…わざとらしく僕の髪を両手でグシャグシャとしてくる。
「ルーの事は気にしなくていーんだよ。それに、」
“お前は絶対、酷いことはしない”
「普段は軟派なことばっか言ってるけど。アシュがオレに無理やりそういうコトっ…しないって、解ってるから。」
これには、やられた…
信頼されて手も足も出ないとか。そういう次元じゃあ…ないな。
「セツには一生、勝てそうにないかも…」
「ふふ!だろ~?」
こんな可愛い神子様に振り回されて。
いい大人が照れて真っ赤になるだなんて…情けないにもほどがあるけれど。
(セツが相手じゃあ、仕方ないかなぁ。)
僕の神子様が許してくれるというのだから。
意地を張るのはやめておこう。
幼い頃から夢にまで見た、
神より召されし異世界の救世主。
それは純粋な乙女とされ…
きっと女神のような存在だと、誰もが疑いもしなかったけれど。
(まあ、関係ないかなあ…セツはセツなのだし。)
寛容だからってわけじゃあない。
セツだからこそ、そうだと思える。
(僕の愛しい女神様、か…)
それはそれで間違いはない。
何故なら彼の笑顔は、幼い頃に描いた想像以上に…
とても目映 いものだったのだから。
「しかしセツ、課題の方は大丈夫なのかい?ヴィンにバレたら、さすがに不味いと思うけれど。」
「ああ…!忘れてた~、ど…どうしよう!」
笑顔も恥じらう姿も、怒った顔も慌てた表情も。
なんであろうと、全てが愛おしい。
(ああ…涙に濡れる顔も、見てみたいなあ…)
不謹慎と言われても。
好きなコの全てを独占したいと思うのは、本能なのだから
…致し方、ないだろう?
「アシュ、助けて!」
「ちょ、セツ…さすがにそれは不味いって…」
廊下から響いて来る靴音に怯え。
大胆にもベッドへと潜り込もうとするセツに、苦笑する。
はてさて、その足音の主は一体どちらのものなのか。
まあ誰であれ、とりあえずこの状況の言い訳は…
考えなくちゃ、いけないねぇ?
…end.
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