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第1話

「べつに …… いいんだけどね」  ぼそっと零れた言葉は、しんとした空間に吸い込まれていった。  光が跳ね返るような素材の白い床、白い壁。二人掛けのソファが中央にひとつ。 『 STUDIO(スタジオ) SHIU(シウ)』の一階。撮影スペースだ。  それしかない空間に向け、柑柰(かんな)詩雨(しう)はカメラを構えていた。ファインダーを覗いているようで、実は何も見ていない。  ふんっと軽く鼻を鳴らし、独り言が続く。 「イベントごとなんて、若い男女のカップルがすればいいことだ。オレみたいなオジサンが、しかも男同士で。気持ち悪すぎる」  ──十月三十一日。ハロウィンの晩だった。 「ハロウィンなんて、もともと日本には関係なかったろ。所詮は商業戦略じゃないか」  更に独り言。  しかし、彼ら──詩雨と同居人が通っていた聖愛(せいあ)学園では、まだ日本にハロウィンの風習が持ち込まれたばかりの頃から、このイベントは行われており、実は馴染み深いものであった。  クリスマス・パーティーが高等部以上の行事であるとしたら、ハロウィンは中等部以下の生徒の為の行事だった。  子どもたちが仮装して家々をまわることは、現在でもそれ程多くは行われてはいない。しかし、日本でも仮装した人々が道路を練り歩く、仲間内でハロウィン・パーティーをするといったことは、近年かなり行われていることだ。  彼の同居人── 藤名(ふじな)遙人(はると)も、今夜ハロウィン・パーティーに招待され、留守である。  遥人が所属する、『桜宮(さくらのみや)モデルエージェンシー』と母体を同じくする芸能プロダクション『桜ノ森スターズ』──通称『SAKU(サク)プロ』主催のパーティーだった。  実は、カメラマンをしている詩雨も、そのパーティーに呼ばれていた。しかし、彼は仕事を理由にそれを断っていた。  仕事 …… 見ての通り、何もしていない。嘘だった。  何故なら。 「だーっっ。バカだな、オレ。遥人なら、オレとハロウィン過ごすなんて、勝手に思って。オレもパーティーに行きゃあ良かったっ」  本音の雄叫びが室内に響き渡る。 カメラを片手に持ち替え、空いた手でがしがし頭を掻いた。ひらり …… と、白い床の上に何かが落ちる。  細身の青いレースのリボンだ。さらっと解けたライトブラウンの髪が、ライトに照らされ金色に煌めく。  幼い時からずっと肩よりも長くしていた髪を、三年以上も前にばっさり切った。いつもハーフアップに結っていた紅い組紐は、プレゼントしてくれた幼馴染みに返してきた。  ずっと好きだった、幼馴染み──(たちばな)冬馬(とうま)に。

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