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Departures 1
「前もってのご連絡、ありがとうございます。奥様がお待ちです。通訳は私が出来ますのでご安心ください。」
クリスが仕事の平日昼間、実際のアポイントを取りたかった祖父ではなく、祖母との約束を取り付けたアルノルドとヴァルターは、家主もクリスも不在の萩ノ宮本家に到着した。
迎えに出てきた玄関エントランスで、マキナがアルノルドにもわかるように、ドイツ語で語り、招き入れた。
すっかりメイド姿が板に付いてしまったマキナに連れられて応接室らしい部屋に案内された。
萩ノ宮本家に招き入れた本人は、座っていたソファーから立ち上がり、その来客者に、丁寧にお辞儀をする。
「まぁ、いらっしゃいませ。足を運ばせてしまって、大変申し訳ありませんでした。私は、萩ノ宮ミヨと申します。
孫の昂輝がお世話になっております。お話は伺ってましたが、確かにお噂通り、見た目が華やかで素敵な方なのですね。」
柔らかく微笑む姿は、年をそれなりに重ねているが、上品でいて、嫌な感じを与えない。
雰囲気がクリスに似ている。顔は全く似ていないのに、彼女を取り巻く雰囲気がなんとなく、似てるのだ。
血筋というものは、妙なものを映し出すのだ、と感心してしまうほどに。
同時通訳でマキナがドイツ語でその言葉を伝えている。
しかし、アルノルドは、その違和感をミヨがどうして感じていないのかが引っかかった。
日系の血を引いているであろう彼女は、日本人だ、と告げても遜色ないくらいに、容姿はそちらよりだ。なのに、何事もなかったかのように他国語を操ることを訝しげにも思ってない様子だった。
現代において、帰国子女は珍しくはないが、年若い彼女が、それだけ語学が堪能であるにも関わらず、その語学を活かさずに、老夫婦だけが生活する屋敷のメイドをしている理由を問うのが普通でだろう。
おっとりしているのか、そうでないのか……?
何かを知っているのかすら臭わせない。
案外くせ者なのかもしれない。
「こちらこそ、お招きに預かり光栄です。彼が国外に出ることを認めて下さり、ありがとうございます。」
こちらの通訳はヴァルターがする。それに合わせて腰を折ると、ミヨはソファーに座ることを勧めてきた。
遠慮せず、ふたりは腰を下ろし、ミヨと向かい合う形になると、マキナが紅茶を二人の前に差し出した後、ミヨにも同じものを出し、そっとミヨの半歩後ろに立つ。
「私の可愛い孫を連れて行ってしまう殿方が、どのような方なのか、一度お会いしたいと思ってましたの。」
ヴァルターの言う通り、正面切って値踏みします、と宣言された気がする。
通訳されたその言葉に、ヴァルターは吹き出しそうになるのを堪えるように、横を向いて肩を揺らす。
その姿をチラリと横目に睨みながら、また目線をミヨに戻す。
「あの子は、少々数奇な人生を歩んでいる子ですから、自分の気持ちを押し通すのが、苦手な子です。
いつも誰かに気を遣って生きているように見えるんです。
ですが、貴方があの子を引っ張ったとはいえ、今回の選択をするのに、可哀想なくらいに悩んだと思うのです。
成長過程に携われなかった私が言うのもなんですが、あの子が『幸せだ』と思える環境を作って下さればありがたいと思ってます。でなければ、あの子を置いて、そのままご自分の国にお帰りください。」
ミヨは寂しそうに微笑みながら、アルノルドに意地の悪いことを言い出す。苦笑いしながらその言葉を受け止めた。
彼女のきっと一番に可愛い孫への愛情を、痛いほどに見せつけられた気がした。複数いる孫の中でも『特別』な存在なのだと。
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