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狩られる者と狩る者
人が世に君臨し、人でないものは狩られるものとなった。
ずるずると宵闇の中に何かが這いずる音がする。その音を頼りに10人もの黒衣の者達が、這いずる何かの周りを囲むように駆けていた。
「皆、そのまま囲め!なるべく生け捕りにしろ!」
人間なぞに捕まってたまるものか。一刻も早くこやつらを振り払い山奥にでも身を潜めねば。それは襲われぬよう、木々の影に身を沈めようとした。だが雲に隠れていた月が顔を覗かせた時、身体を鋭い痛みが貫く。
「がっ…………!?」
それは驚いて振り返る。すると視界には土ごと刀で貫かれた自分の身体があった。
「あっ……がああ……!!」
退魔の力が籠められているのか、身体中が焼かれるように痛い。それがのたうち回っていると、やがてそれは月の光で正体を晒すこととなった。
それは、一匹の蛇であった。だがただの蛇ではない。丸太のように太く長く大きな大蛇である。月の光に晒された大蛇の鱗は闇を固めたように黒々とした色をしていた。
「はっ! こんな奴、影踏みの手順で楽に倒せるじゃないか!」
大蛇に刀を突き刺した黒衣の男は、大蛇を踏みつけると自慢げに笑う。そんな男を冷たい顔で見上げる黒衣の少年がいた。
「健吾さん。さっさと刀を抜いてください。さもなくば生け捕りに出来ません」
健吾はむっとしながらも大蛇から刀を抜いた。
「夜萩、次代の腰巾着だからといって年上の俺に指図するんじゃねえ」
健吾は切っ先を夜萩の方に向けたが、夜萩は健吾を無視して大蛇に不動明王の縛魔の術を掛けた。
「で、この大蛇をどう運びます?」
夜萩の無礼な振る舞いに健吾は怒りのあまり、わなわなと唇を震わせたが怒っても夜萩にとっては意味の無いことなど知っている。ふんと顔を背けると、蛇を指差した。
「人型にすれば良いだろうが。その方が拷問も贄にするのも楽だ」
「健吾さん、了解しました」
夜萩は懐から呪術を施した呪符を取り出すと、大蛇に貼りつけた。瞬く間に、大蛇が黒い着物を着た人の姿になる。
立っても地に着くほどの長い黒髪と雪のように白い肌の青年の姿。ほんの僅かに髪の間から覗く大蛇の美貌に、健吾は生唾を飲み込んだ。
「へえ、これまた随分と美人な……。慰み者にしても十分なぐらいで……あだぁ!?」
人の姿になった大蛇は無言で健吾の手に噛みつく。健吾は悲鳴を上げながら飛び上がった。
「夜萩! そいつを後ろ手で縛って連れていくぞ!」
「はいはい。全く俺ばっかり使いやがって人使いが荒いんだから」
夜萩は縄で大蛇を拘束し血を流している腕を布で縛ると、罪人のように蛇を引っ張る。大蛇は抵抗はしないものの、殺してやると言いたげな憎悪で瞳を染めて男達を見ていた。
「ああ怖い怖い。健吾さんが連れていけばいいのに」
おどけるように夜萩が愚痴を吐く。そんな夜萩に他の仲間達がどんまいなどと言って同情の眼差しを向けた。そんな仲間達に笑い返しながら、帰る道の途中で何度も大蛇を振り返った。
大蛇はただ無言で怒りの眼差しを向けるのみ。その瞳に夜萩は見覚えがあった。それは幼馴染みのあの少年が肉親に向けていた眼差しと瓜二つだ。
(そういや秋也、自分の式神がほしいと言ってたっけな……)
秋也ならば似た者同士だから、こいつを式神に出来るのではないか。それに健吾の野郎は余裕だなんだと抜かしやがったが、この大蛇を生け捕りにするのに一刻も時間がかかったし、怪我を負ったものも半分以上いる。
だがやろうと思えば此方を殺せた筈なのに、大蛇は此方に手加減をしたのだ。理由は分からないが、此方に手加減をするほどの余裕があるほどの強い妖怪。こいつが式神となれば、幼馴染みの秋也の力になるのではないか。
「後で秋也に教えとくか」
夜萩のその声は仲間の耳には届かない。だが蛇だけがその声を捉えた。
(あきや………? 誰だそいつは?)
何故だかその名前は、水面に小石を落としたように蛇の心に小さな波紋を起こすのであった。
大蛇が連れていかれた先は、鬼祓いの里であった。ただの人里と違うのは、強固な結界が幾重にも張り巡らされ、よっぽどの強力な妖でなければ破れぬであろう。結界の中は見せたくないのか、目隠しをされて歩かされる。人の2本の足で歩くのは久しぶりなため、歩きづらいというのに急かされるので舌打ちをしそうになる。だがそんなことをすれば暴力を振るわれるだろうから蛇は無言で歩いた。
「着いたぞ。此処がお前が贄になるまでの間の仮の宿だ」
目隠しを取り払われて大蛇が目を開けると、そこは壁も床も石で作られた牢であった。海の外にはこのような牢があることを知っていたが、まさかこんなところにあるとは。牢に射し込む月の明かりは、外で見るよりも寒々しい。
「さっさと入れ」
背中を蹴られて、身体が床に叩きつけられる。本性よりも脆い人の皮は、それだけで擦りむき血を流して痛みを感じる。
「っ………」
大蛇は健吾を睨み付けるが、健吾は大蛇が抵抗出来る状態ではないことを知っているので嘲笑う。夜萩ともう一人の仲間が大蛇に手枷を嵌めて両腕を頭上で拘束した。
「待ってろ。頭領の許可が降り次第、拷問の最中に慰み者にしてやる」
「健吾。気色悪い発言はお止めなさい。拷問は兎も角、陵辱なんて鬼祓いの品格を下げることになりますよ」
健吾と同じ年頃であろう青年が溜め息をつく。そんな青年に健吾は噛みつくように怒鳴った。
「凪人 ! お前まで俺に小言を言うな。ったく、誰のお陰でこの部隊の副長になれたと思っている」
健吾の上からな物言いに凪人は肩をすくめた。
「健吾、貴方の実力は確かなものですよ。だからと言って、次代に喧嘩を売ったり、人を見下すような物言いは貴方を小者に見せるだけです」
「何だと!?」
健吾は凪人の胸ぐらに掴みかかるが、凪人はただ冷たい目で健吾を見る。
「まあまあ凪人さん、健吾さん。こんな所で喧嘩しないで。早く頭領の所に報告にいきましょ」
夜萩は宥めるように健吾と凪人の間に入ると、健吾は舌打ちをしてそっぽを向いた。
「じゃあ大蛇。大人しく沙汰を待てよ」
私は何もしていないというのに、私を罪人扱いするつもりか。大蛇がそう言いかけた時には、若者達の姿は無かった。
「…………女は兎も角、男を慰み者に出来る器官などあるのか?」
大蛇は誰もいない牢獄でぽつりと呟いた。
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