23 / 28

※終幕其の参〜その後~※

 秋也の腕の中で目を瞑り、幸せを噛み締めていた影縄は秋也の耳元にそっと唇を寄せた。 「主様……こんなことは言いづらいのですが、この身に貴方の熱をくださいませんか……?」  肌を重ねずとも愛されるだけで十分幸せなのに、いつの間にか先を望んでしまう自分が恥ずかしくてならない。羞恥で耳まで赤くする影縄の頬を指の背で撫でると、秋也は穏やかに笑みを浮かべた。 「どうして影縄の願いを拒めようか。……影縄、褥に入ろう」  恥ずかしくて黙ったままこくりと首を縦に振った影縄を、秋也は胸の前に抱き抱えると、褥に向かう。ゆっくり褥に下ろされると、影縄は秋也の顔を見つめた。少年の頃の面影があれど、あの頃よりも随分と柔らかく笑われるようになった。 「主様……」  小声で囁くと、主は私の頬に手を添えて唇が重ねられた。 「ん……ぅ」  舌が歯茎や口内をなぞり、背筋がぞくぞくする。影縄は目を閉じて秋也の腕に掴まると、せがむように熱い舌に己のそれを絡めた。 「は……んんっ……む……ぁ……」  熱い。酒よりもこの口吸いにくらくらと酔ってしまう。長い口づけに影縄の指から力が抜けると、唇が離れる。その拍子にふらつきそうになった影縄は腰を支えられた。 「主様……ひぁ……っ……!」  逆鱗(さかうろこ)の辺りに口づけを落とされ、はしたない声が零れる。元々此処は弱い場所であるが、肌を重ねる数を増やす内に敏感になっているような気がする。影縄が背を仰け反らせると逆鱗に口づけを落とされたまま褥に身体を倒された。いつの間にか三つ編みを解かれたのか、結った髪の感触を背中に感じない。影縄はそっと自分の鎖骨に口づけを落とす秋也の後頭部に触れる。そしてお返しだと言わんばかりに、秋也の髪を結っている髪紐を解いた。 「あ……んっ……」  唇が離れようやく主の顔が見える。髪を下ろした主は何処か艶めいていて、目の奥に雄の情欲が見え隠れしている。 「影縄……」  名前を呼ばれた途端、身体がかっと熱くなる心地がする。影縄は己に沸き上がる欲のままに自分の帯を解くとゆっくりと前を開いた。互いに情欲に浮かされた視線がぶつかると、それが合図であるかのように秋也の指が影縄の身体に触れた。 「あっ……」  己の冷たい身体にとって、主の体温は湯の如く熱い。その指が肌を撫で、唇が鎖骨や首筋そして胸に落とされる度に身体が震えた。 「ひ……ん……んんっ……」  甘く柔らかな快楽が己の理性を削り、情欲が思考を蝕んでいく。 「あんっ……ぁ……ぅ」  逆鱗を軽く爪で掻かれ、舌先が胸の頂きを転がすと、何とも言えない快楽に蕩ける。褌がきつくなってきた為、もう既に勃っているだろう。秋也もそれに気付き、影縄の褌に手を掛けて取り去った。 「はっ……ぁ……」  己の中心が空気に晒され、影縄は震える。もうすぐ達しそうで達することが出来ないもどかしい気分。主の愛撫を待って目を瞑っていたが、指とは違う生温かな感覚に影縄は身体を大きく仰け反らせた。 「ひぃ……!? やっ……あっ……ああ……!」  何が起こったか分からぬまま、達してしまいそうになったが、何とか堪えて下を見る。そこには主の頭があり、何をされているか影縄は理解した。 「主様……駄目です……っ……出る……出てしまいます……から……ぁ…ああ___っ!!」  耐えたかったが、主の与える快楽の方が上手で耐えきれずに達してしまう。と同時に爆ぜた白濁を飲み込む音が聞こえ、その直後に噎せる音が聞こえた。 「げほっ……ごほっ………」  影縄はぜいぜいと息をしながら、よろよろ起き上がる。そして噎せている主の背を擦った。 「主様……素面でそんなこと駄目です……。主の唇を穢す訳にはいかないのに……」  涙が出る程噎せていた秋也は、落ち着いてから口を開いた。 「せっかく……お前と出会えた日だから……少しは私が素面では出来ぬことをしてみようと思ったが……お前のようなよっぽど好いた相手でなければ……飲めぬ味だ」  ぜいぜいとしながら話す主の唇には白濁が残っており、その艶やかさに影縄は頬を赤く染める。 「好いてくださるのは嬉しいですが……どうかあまり無理をなさらないでください」 「噎せたり味があれだったと言え、影縄の気持ち良さそうな顔を見られたのだから、さほど私は無理をしたとは思わぬが」 「……!!」  目を大きく見開くと、影縄が耳まで真っ赤になる。そんな影縄に秋也は少し驚いたが、くすりと笑って影縄の頭を撫でる。 「あまり……私にそんな睦言を仰らないでください。……恥ずかしくて火がついてしまいそうです」 「私は本当のことを言っただけなのだが……。影縄、続きをしようか」 「はい……」  影縄は頷くと褥に仰向けになる。秋也は用意していたいちぶのりで指を濡らすと、影縄の膝を開いて後孔につぷりと指を入れた。 「はっ……ぁ……」  骨張った指が壊れ物を扱うようにそっと中に入り込んでいく。影縄は無意識の内に秋也の袖を掴んでいた。指は探るように深くへと潜ると、影縄の弱い部分に触れた。 「ひぅ……! あっ……ああ」  身を捩らせる影縄の弱い部分を指が何度も撫でる。 「んんっ……そこ……やっ……」 「此処に触れると影縄はいつにもまして可愛らしい顔になるな」 「あんっ……あ……」  「此処」とトントンと軽く叩かれると快感のあまり、肌が粟立つ。指が増やされくちゅりと恥ずかしい水音が耳まで響く。影縄は快感を逃がすように思わず掴んでいた秋也の袖に力を込めた。どのくらい時が経ったか、再び達しそうになった時に指が引き抜かれた。 「あっ……」  自分の残念そうな声に、慌てて影縄は口元を押さえる。そんな影縄に秋也は笑みを浮かべると、自らの衣を脱いだ。  適度に筋肉が付き、すらりとした傷跡だらけの身体。秋也がそれを見せるのは亡き妻と影縄のみである。他の者なら思わず目を背けたくなるなるような醜い傷のある秋也の背中に影縄は腕を回した。 「秋也様……貴方に仕えることが出来て……貴方に愛されて私は幸せです」  恥ずかしがりながらも艶やかに笑みを浮かべる影縄。そんな想い人の前でどうして愛しさを我慢できようか。秋也は情交寸前とは思えぬ程、愛する者に優しく微笑んだ。 「私もだ。影縄、お前がずっと傍にいてくれた上、お前に愛してもらえて私は幸せ者だ」  軽く口づけを交わすと、秋也は影縄に熱を押し込む。何度肌を重ねても、僅かばかり身体が強ばる影縄の額に優しく口づけを落としながら、ゆっくりと奥まで入れた。 「はっ……んん……ふ……ぅ」  心地好い快感が身体を包み影縄の理性は、情欲に蕩かされていく。影縄はざらついた秋也の背中にしがみつきながら、熱が奥まで己を貫くのを待っていた。 「んんっ……もう……奥まで……来たのですか……」 「ああ……。こう何度も肌を重ねたが、愛しさは増すばかりだな」  余裕の無い顔で主が笑う。汗ばんでいる主の頬を撫でると、影縄はふふっと笑った。 「私もですよ。貴方に身も心も愛される度に……貴方への愛しさが……募るのです」  影縄と秋也は幸せそうに笑い合う。まるで里を抜け出して泣きながら笑い合ったあの日のように。 「影縄、動くがいいか?」 「はい、貴方のお望みのままに」  影縄が頷くと、秋也はゆっくり動き始めた。 「あん……っ……はぅ……」  熱の楔が身体を快感を与える。前戯とは比べものにならぬ快楽に影縄の瞳が潤んだ。 「あっ……ああ……っ……あん……!」  あられもない甘い声で影縄は喘ぐ。いくつもの前戯の跡で彩られた肢体を捩らせ、長い髪を乱す様はさながら彼の本性を思わせる。その上、内壁が秋也の熱に食らいついて離さない。次第に影縄の身を気遣いながら情交を行っていた秋也の理性は本能に侵食されていった。  徐々に律動が激しくなって弱い部分を抉り、影縄は嬌声を押さえられなくなる。粘膜のぶつかる音が淫らで仕方がない。 「影縄……っ」  熱に浮かされた主が耳元で吐息を溢す。切羽詰まった声で己の名を呼ばれ、影縄は熱の楔を締め付けてしまった。 「ひぁ……あん……やっ……あ……ああぁ____っ!!」 「っ……」  影縄の視界が白くなって少し経って、中で熱が爆ぜる。快楽と幸福感に浸りながら、影縄は目を閉じた。  どのくらい経ったであろうか。気がついたら外はまだ夜で、情交の後の感触は無い。代わりに私の傍で酒か水を飲んでいる主の姿があった。 「主様……」  そっと囁くと、主が私の方を向く。主は穏やかな表情で私を見つめた。 「ああ、起きたか。影縄、喉は渇いていないか?」  言われてみれば喉が渇いている。頷いてみると主が私の湯呑みに水を注いで渡そうとしたので、私は首を横に振った。 「あの……主様。我儘を申していることは理解しているのですが……貴方の口から飲ませてくださいませんか?」 「私は構わないが……お前は先程口淫した口で飲まされて良いのか?」  はいと頷く。相手が口淫したとて愛しい人の唇を拒む理由は無いし、そもそも此方はして頂いた立場なのだ。主は困ったように笑うと、水を口に含んで、私の口に少しずつ流し込んだ。 「んっ……んん」  若干臭いは残ってはいるが、大方水で流されたのか気になる程でもない。冷たい水を飲み干すと、喉の渇きが癒えた。 「本当に……初めて出会った時からお前は美しいな」  突然主からそう言われ、影縄は頬を赤く染める。そんな影縄の頬を秋也は優しく撫でた。 「この本性を知っても尚、そう仰るのは主様くらいですよ」  長い間、一族とは違う外見を醜いと蔑まれていた己であるが、主様から「美しい」「愛している」と言われる度に、少しずつ自分のことが好きになっていく。大事な方と愛し愛される関係になることはなんと幸せなことだろうか。影縄が秋也の手に触れると秋也は影縄の指に己の指を絡める。そして眠りにつくまでずっと互いの指を絡めていた。主の体温はあの日と変わらぬまま、温かく優しく自分の傍にあった。

ともだちにシェアしよう!