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第1話

 ギリギリと歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてきそうだ。  朝のリアルタイムで放送されている戦隊ものをモニターで観ながら、氷崎咲夜(ひざきさくや)は年下のティーンエイジャー達に嫉妬心を業火の如く燃やしている。 「ブルーが売れないはずがないだろうが!」  これは彼の口癖だ。  今期のヒーローも確かにクールで凛としたイケメンな役柄のブルーは一定の人気があって、十年前にその地位に就いていた彼もまた、子供というよりは女子やお母さん達に絶大な人気があった。 「っていうか、なんで朝っぱらからここにいるの咲夜くん」 「もちろん、シリウスブルーの待遇を良くしてもらうか新しい役に僕を抜擢するよう、監督に直談判ですよ」 「じ、直談判……」  彼と共演した際は敵幹部を務め、今もちょくちょく呼ばれてその筋ではお馴染みの役者となっている佐古信人(さこのぶと)は、引き気味に言った。  咲夜は、高校生でモデルとしてスカウトされ業界入りした後、十九歳の頃に「星彩戦隊シャイニング」という特撮番組の「シリウスブルー・輝井青志狼(てるいせいしろう)」役として一年間熱演した。  等身の高い身体に、力のある切長の瞳。ずっと剣道をやっていたおかげで体力もあり、大学も名門に入って過酷なスケジュールながらも無事卒業した。まさに絵に描いたような文武両道、眉目秀麗の男だ。  放映が終わった後も、他キャストが諸々の理由で出演できないぶん、映画やオリジナルドラマには必ず出てくれて、子供の夢を壊したくないとストイックに当時の外見を保っており、役者としては目を見張るものがある。あくまで役者としては、なのだが。  ヒーロー俳優というものは、出演が決まった時点で一定数のマニア層から支持を受けることができる。  アクションや声の収録を含めた演技の経験をみっちり積んで、ドラマやバラエティーに積極的に出演して、幅広い世代から愛されるさらなる人気者になる、というものがだいたいのテンプレだ。  それが咲夜の場合、二十九歳になった今、シャイニング関連以外であまり仕事がない。  遅咲きという言葉もあるのだからそればっかりは焦ってもどうにもならないとは思うが、確かに彼の場合は当時の仲間達の活躍が顕著だった。  同期のレッドは映画やドラマで主演ばかり、大河も決まって今やテレビで観ない日はないトップスター街道を駆け上がっている。  グリーンは自らの劇団の座長として成果を上げながら、積極的にファンと交流の場を設けているので、神対応としてマニア層からは熱狂的。  イエローとピンクはそれぞれモデル・タレント・女優・声優などマルチな活躍と順風満帆。結婚や出産も相次いで皆でお祝いしたばかりだ。  追加戦士のブラックは元がハーフだったことから、今や海外移住して、向こうで日本式の殺陣や声優への指導をしながらモーションアクターもしているんだったか。大作ゲームで英語版の声と動きを演じている映像を見せてもらうと、そっちの業界には疎い佐古には違和感もある。  それが、このシリウスブルー・輝井青志狼を担当した咲夜。朝に弱く、しょっちゅう現場に遅れて来たり、口が悪いというか単純にキツいというか、目上の者に刃向かったりするのは日常茶飯事だった。  本当のところは断り切れずに一度食事に行った程度らしいのだが、放送終了後、途端に人気アイドルとのデートが報じられてしまった。  それだけなら双方の事務所の力でいくらでも釈明はできるが、張り込んでいたゴシップ記者に痺れを切らした咲夜は、自らの口で「彼女と自分とでは釣り合わない」と、謙遜しているようで半ば彼女を軽んじているようにもとれる発言。  当然というか大炎上し、主なファン層だった主婦からも手のひらを返され、事務所としてもそのようにスキャンダル要素が多いとあまり強くは推せそうにない……と、自業自得な部分もあった。  なんというか、プロ意識はあるのだろうが変なところで発揮されているというか、自分でもどんな方向に行けば良いのかわからなくなっている状況という感じだ。  一方の佐古はと言うと、それでも咲夜が羨ましかった。だってヒーローはヒーローなのだ。特注の衣装、固有の必殺技、変身や戦闘時の玩具だって作られる。歴史にずっとずっと名前が残るのだ。

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