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第2話

 現在四十歳になる佐古も、子供の頃から正義の味方に憧れていて、次第に役者の道を知り、上京してからというもの極貧生活を送りながらオーディションを受けては落ちまくる日々だった。  この業界で一芸に秀でている訳でもない歳を食った者なんて必要とされない。もう諦めよう。いや、あと一つ受けてみようか。それで駄目なら……なんてことを煮え切らないまま続けていった結果、三十歳とヒーローにしては場違いな年齢の時、ようやく大きな役を射止めた。  だがそれは、佐古の夢見ていたヒーローではなく、まさかの悪の幹部。それも、トボけた普通のおじさん感しかない、どうして自分なんだろうと思わざるを得ないキャラクターだった。  例えるなら、毎回子分を引き連れてシャイニングのメンバーに絡んでいくも、返り討ちにされて捨て台詞を吐いて逃げ帰る……という様式美のようなキャラ。  それで、たまに子分と上司であるラスボスの愚痴を言い合ったり、シャイニングの誰かと遭遇するも戦わず、一緒に人生相談に乗ってもらったり遊んだりして終わるだけの、ほのぼのギャグ回も多い。  後々になって監督とプロデューサーに、「そのままの君が良かったんだ」と言われたが、やっぱり微妙に腑に落ちない節はあった。  ただ、佐古の考えとは裏腹に、悪の幹部でありながら庶民的すぎるキャラをしていた「スイセイヤー」は何故だか人気が出てしまい、ネット上ではメインキャラを差し置いて毎週話題に上がるほどだった。  そうなると脚本家も悪ノリしてどんどん面白くしてしまう。ヒーローより目立ってしまう。街中で親子連れに声をかけられることも多くなり……。  悪の幹部ってこんな感じの扱いで良いのだったか?  自問自答はしたが、努力が報われるような毎日は素直に楽しかった。皆が自分を見てくれている。認めてくれている。  嬉しいことに、固定ファン層もついた。そんな人達の要望で、以降の番組でもレギュラーやゲスト出演することも。  それを面白がってツッコんでくれたのは当時の面々や後輩達であるが、咲夜はそんな佐古の過去の苦労など知るよしもない。  「こんなどこにでもいるようなオッサンと俺、どちらが売れるかなんて明らかだ」と、何かと抗議にやって来る。  それはまあ、自分でもわかっている。でも演劇というものはそれこそ「どこにでもいるような人間」も必要な訳で……。  と言っても、今の咲夜にはわからないだろうし、頑固なままこれ以上歳を取ってから後悔もしてほしくはない。 「ザコさんもスタッフと仲良いんだから、少しは俺のこと話題の一つにでもしてくれないんですか? ま、ザコさんみたいな人に頼むのはプライドが邪魔をしますが……」  だいぶ失礼なことを言っているとはあまり想像できていないらしい。  「ザコさん」というのは、佐古の愛称みたいなものだ。  別現場でもひょうひょうとした雑魚っぽいキャラが多いのと、本名の佐古で言葉遊びをしていて、まあすっかり定着してしまったから別に腹が立つことはない。 「そうは言ってもなぁ、僕は君が言うほど強い立場じゃないから……」 「チッ」  聞こえていないとでも思ってるのだろうか、わざとそうしているのだろうか、だいぶ大きな舌打ちが部屋に響く。  咲夜のクールな双眸は女性のみならずドギマギするものがあるが、鋭すぎて残念ながら子供にはあんまり人気がなかった。  握手会や撮影会でもろに避けられては、お母さん方に気を遣われる彼の居た堪れなさと言ったら。 「まあ、役者と言っても幅広いからさ。声優とかどう? 咲夜くん、アフレコすごく上手だったじゃない」 「声優? この俺が? 散々あんたばかりネタにした憎きオタクに媚びろって? ハッ。ピンクみたいにいい歳こいてアイドル声優やるなんて絶対無理。人妻がミニスカで歌って踊るなんて、まったく恥ずかしくないのかな」  地雷を踏んでしまったようで、ぷんすか怒っている。そうは言っても、海外に行ったブラック以外は経験から声優の仕事もよくしてるんだけどな……。 「じゃあ、舞台……ほら、流行りの2.5次元とか」 「無理無理無理。今さら登竜門なんて、氷崎も堕ちたもんだと笑われるのがオチですよ。あとグリーンの劇団に口添えしてもらうのはもっと惨めだ」  自分が惨めに見えそうだという自覚はあるらしい。なお、ここまででも全業界を敵にしている自認は残念ながらないようだけど。 「えと……えっと……ああ、それじゃあ歌! 歌一本! 最近はキャラクターソングって言うの? あれ良かったでしょ」 「毎週の撮影もあるのに何十テイクと録らされたあげく、音響効果でほとんど俺の地声が埋もれてたのが上手いと言うならね……。ザコさん名義の曲もしれっとアルバムに入ってたくせに」 「へ!? いや、あれはラスボス役のベテラン声優さんの賑やかしだから! 掛け声とかはあったけど歌ってないから!」 「それでも声優目当てで俺よりダウンロードも再生回数も多かったんだよな……はぁ……クソが」  うわぁ、クソとかって言っちゃったよ。仮にもヒーロー演じてた人が。

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