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第3話

 反抗期の中高生でもないんだからご機嫌取りをするどころか、何を言っても良いおじさんに思われるのは困る。 「そうなると、やっぱり方向転換は必要だと思うよ。ずっと二枚目で格好良い咲夜くんもいいけど、例えば三枚目に挑戦してみるとか」 「嫌だ!!」 「それなら、そのままの君で勝負してみれば良いじゃないか!」  咲夜がああだこうだと駄々をこねるものだから、マネージャーでもないのに佐古は声を荒げていた。 「俺、自身……?」 「そう。正直……皆を見下して、口も悪くて、嫌味極まりない君」  愚痴を言いたいのはこっちもだ。 「自分だけが不幸だとか思ってるならそれは完全なる間違いだ。僕だって未だにこの世界で死に物狂いでやってる! それを君のような若造に図々しく上から目線で馬鹿にされたくない!」  今までずっと咲夜の悪態にも我慢してきたからか、不満が募ってついつい熱くなってしまう。 「皆良い作品にしようと頑張っていたのに、君の気分屋度合いがどれだけ大変だったかわかってない。当時なら未成年だから、若手だから仕方ないで済んだかもしれないけど、今はもういい大人じゃないか。これ以上ヒーローを、他人を貶めるのは僕が許さないから! それにね……」  だが、案外それが咲夜の胸を打ったらしい。しばらく放心して、顔を背けて肩を震わす咲夜がグスッ、と鼻を啜った。 「……わかってるんです。全部俺の実力不足だって。俺の性格が悪いからいけないんだって。でもだからって……そんな風になじらなくたっていいじゃないですかあぁぁ……うっ、うぅ」  咲夜はみっともなく子供みたいに泣いている。 「佐古さんは売れっ子役者だから、俺の気持ちなんてわかりっこない! 俺だって売れたいよ……皆にちやほやしてもらいたいよ……! 俺、ちょっと話聞いてもらうだけのつもりだったのに、そこまで言われるなんて……」  けど、それにしてはなんだか笑うのを我慢しているような薄気味の悪い顔で。  咲夜がスマホで会話を録音してるのだと理解した瞬間、佐古は血相を変えた。  そうだ、彼の天職、それはまず真っ先に俳優じゃないか! どうして今こんな状況でアカデミー賞ものの泣き演技を! 「パワハラ証拠ゲット~! ははっ、これ良いとこだけ切り抜いてネットにアップしてやろうかな。どうせ大衆は真実なんて知らないんだ」 「ぱわ……って、別に僕は君があんまり幼稚じみたことを言うから叱ったまでで……」 「でも聞いた方はどう受け取るか? 俺の評判はこれ以上下がらないにしても、ザコさんは人気あるしなぁ。後が怖そ~」  打って変わって、キャッキャと嬉しがる咲夜。なるほど、どうして自分にこんな話をして来たのだと思ったら、最初から狙われていたということだ。  皆に平等に接する、大人しい佐古なら、弱みを握れるとでも考え付いたのだろう。 「そ、それ……どうする気なの」 「大丈夫、そんなすぐにばら撒こうだなんて思いませんよ。さっきから言ってるように、ただちょっと……口添えをしてもらえたらなぁって」  もしかしてもう監督にもプロデューサーにも断られた後なんじゃないのだろうか。 「僕が言えば満足? でも、それは僕も同じ。僕に決定権も発言権もないよ。役が欲しければしっかり人間力を磨いてオーディション受けて、それから言って」 「な……このっ……使えねぇ奴! オラ雑魚! テメェ四十路にもなって恥ずかしくないのかよ」  そっくりそのままお返しするよ、とは言えず、心の中にしまっておく。大きくため息をついて肩を落とす。 「あのね……僕はそれに……咲夜くんのクールなシリウスブルーと、僕みたいな冴えないおじさんのスイセイヤーが居るように……物語にはどんな役も必要なんだよって言おうとしたんだけど」 「へ?」 「自分を責めるならいざ知らず、決してメンバーの一人、それも君だけを糾弾するようなこと、言わないよ」 「何を白々しい……どんだけ余裕があったらそんなこと言えるんだよ? 名誉毀損で訴えるとかキレたりしない訳? まあ世間の印象的にもできないだろうけど?」 「咲夜くんは……どうにも僕が嫌いみたいだよね。僕に、具体的にどうなってほしいのかな」 「正確にはザコさん以外も全員、ね。そうだなぁ……でも特にザコさんには……」  腕組みした咲夜が天を仰いで少し考え込むような仕草を見せ、そしてフンッと鼻で笑った。 「業界を退いてもらいたい」 「え、えぇっ!?」 「……と言うのはさすがにお可哀想だとは思うから、俺の靴を舐めるとか」  この間コンプライアンスの研修があったけど、咲夜はあんまり聞いていないようだったか。嘘でも真でもパワハラどころか脅迫めいた発言には、佐古も辟易とする。

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