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番外 追跡

 多聴は溜め息を吐いて、紙の束を投げ捨てた。  ギシリと音を立てて、自分の机の上に散らかした書類の上に嫌味なほど長い足を行儀悪く乗せる。もう一度、書面を眺めて紙を弾く。  ──これでは、意味が無い。  紫煙を立ち上らせ、眉間に皺を寄せて考えを巡らす多聴に声が掛けられる。 「多聴兄ぃ、居るー?」 「ああ」  ノックと共にひょっこりと顔を覗かせるのは、一番下の弟であり、恋人でもある人物。 「俺も見ていーい?」  差し出せば、くりっとしたその大きな瞳が更に開かれる。 「これ、奈智のじゃんー? 報告書?」 「ああ」  一面に散らばっているのは、全て奈智に関する資料ばかりである。 「どーしたの? これー?」 「俺が直々に仕込んでやった、空手も実地の喧嘩も何も使えてねぇ」  発揮しているのは逃げ足のみだ。  幼い頃から嫌がる奈智に強制的に教え込んだのが全て無駄。 「奈智の性格じゃ、無理じゃないー? あの子、やさしーし。人が傷つくよりも自分がそっちを選ぶよ、たぶんー」 「だから、馬鹿だっつーんだ」  渋面の多聴を窺いつつ、沙和は手元の紙面を再び眺めた。  そこには、奈智の細かなプロフィールから何処で何をしていたかまで、事細かに記録されている。 「……浮気ちょーさか、なんかの模擬テストー?」 「お前は俺が見ててやれるが、あいつにはそれがない」 「堀ちゃん先輩はダメなのー?」 「……」  無言で紫煙の行方を追った多聴に、沙和は椅子によじ登って視線を合わせる。 「あの子は鈍いから解んないけど、堀ちゃん先輩はまんざらじゃないと思うよー」 「……これか?」  多聴は手元にある、奈智とは別の書類を引っ張り出した。そこには、写真つきでこちらも詳しいプロフィールが載せられている。 「そうー。あの、金髪のおにーさんよりは断然いいと思うー」 「川嶋か」 「あの人、奈智にムリヤリ、キスしてたのー! 奈智ったら、耐性ないからボロッボロに泣いちゃってー! なにさまー!?」  泣いて可愛かったけどー。と憤慨しているらしい恋人を膝の上に乗られたため、普段は見ないアングルから見上げる。 「ちょっとー、多聴兄ぃ! 聞いてるー?」 「ああ」  もういいと言い置いて、手近にあった灰皿で煙草を消した多聴の手は恋人の腰を抱き、裾から素肌へ侵入させる。焦った声は自分の口で塞ぐ。 「……ン、……っふぁっん、ゃぁ……」 「いい、だろ」  観念したらしい恋人から首に手を回され、より密着する。  より深く甘い口腔内を侵しながら、多聴は己の欲望に忠実に従った。 その頃奈智は「いらっしゃい」から始まり「久しぶりだね、元気にしてた?」と続けられる『雨宿り』店長の嘘を知らない。

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