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21 でーと

「っなちー!! あの人、ダレー!?」  奈智は玄関の扉を開け、帰宅の挨拶をする前に迫られて、仰け反った。  怒ったような、それでいて、焦ったような形相の、自分とそれ程変わりのない顔に奈智は頭を捻った。  ──何だ、一体。  眼を丸くする奈智に更に間を縮めた、双子の弟は尚も食い下がる。 「さっき、カフェで一緒に居た、美人な女のヒトー!!」 「……あぁ。その人がどうしたの?」 「あ゛ーっ! ついに、なちが女のヒトに走ったー!」  ……ちょっと待て、同性よりも異性のほうがスマートだと感じるのは、自分だけなのか?  頭を抱えて叫んだ沙和を奈智は放っておいて、夕食の準備に取り掛かった。  しばらく騒いでいた沙和だったが、徐々に静かになった。  やれやれと冬瓜の皮を剥いていると、今度は視線を感じ背後を振り返る。 「……なにさ」  とても気が散る。 「うわきものー……」  テーブルに突っ伏して、じっとりとした視線だけを寄越す双子の弟に奈智は溜め息を吐いた。 「何が、どう、浮気なの」  切った食材を圧力なべに放り込み、水と調味料とコンソメスープの素を入れ、後は頑丈な蓋を閉めて、火が通るのを待つだけ。これで、後は勝手にスープになってくれるはずである。  奈智はため息を吐いて、どうも自分に不信感を抱いている上にふて腐れているらしい沙和の横に座る。 「急にどうしたの」 「なちのばかー」 「だから、その理由を言ってよ。でないと解らないよ?」 「奈智って、堀ちゃん先輩のこと、どう思ってるのー?」 「…………何で、そこに話が飛ぶの。……いい先輩だと、思ってるよ。沙和の先輩だけど、俺にもやさしくしてもらってるし」 「ほんとーに、そう思ってるのー? 俺は、奈智の相談相手になれない?」  悲しそうに顔を歪めた双子の弟に、どう返せばいいのか答えを見出すことができない。 「相談も何も、俺自身がよく解っていないことを相談はできないだろ。困ったことがあったら、遠慮なく沙和に言うよ」 「っなっちぃー! だいすきー!」 「っうっわ!」  急に抱きつかれ、椅子と共に無様にひっくり返る。  ぎゅぅうっと絞められ、苦しい。  ジンワリと痛みが広がっていく後頭部。  じたばたと蠢いていると、急に無くなる重さ。 「……お、かえり、なさぃ」  けほけほと噎せながら、眉間にしわを寄せた長兄を出迎えれば、彼は無言で双子の弟を自室へとお持ち帰りなさった。  そして続く、弟の高い声。  力の抜けた身体と気力を叱咤して奈智は自宅を後にした。 会っていた美女が実は同級生の母親であることを、しばらくは黙っておこうと心に決めた奈智だった。

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