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28 出会いは夜、のみ

 バイトの帰り夜道を歩いていて、奈智は眼を丸くした。 「……あ、あの?」 「いつ見ても、可愛いわねぇ、奈智くん」 「え、えっとぉ……」  申し訳ありませんが、どちら様でしょう?  一回、真夜中に出会ったことはある。ただ、それだけだ。  だがしかし、明らかに向こうはこちらの事を知っているようだが、如何せんこちらはさっぱりである。  むしろそちらの方が可愛らしいのでは? と奈智は思いつつ、コロコロと笑う黒髪のロングストレートの妖艶に微笑んだ彼女を見上げながら困った。  何が困ったかというと、どう反応したものかと。  多分二十代であろう彼女は恐ろしく顔が整っており、明らかに美人の分類。そんな人物が、自分などに声を掛ける不思議。しかも日はトップリと暮れており、現在は活動している人間の方が少ないであろう時間帯。 「奈智くん、あのカギまだ持っているかしら?」 「え? あ、はい」  いつぞや、早朝の墓地で何故か自分の手元に残った不思議な経緯を持った鍵である。あの時は梅雨だった。  それを何故か全く面識の無い彼女にその存在を指摘され、頭を捻った記憶がある。当時は首に掛けていたが、今はキーリングに他の鍵と共に通されている。 「いい子ね。ちょっと、いらっしゃい」 「……え?」  そういって手を引かれ、連れて行かれる公園のベンチ。  知らない人間にでも素直に付いていってしまうのを、自分の兄弟とその周りが密かに問題として頭を抱えている事など奈智は知りもしない。  彼女によって広げられるトランプよりも少し大きなサイズのカードが移動していくのを、黙って眺める。口を挟めるような空気ではなかった。  混ぜられ、一つにまとめられ、分けられ、ゆっくりと返されていく。  最後に表にされるは『THE WORLD』。  ──世界……?  首を傾げた奈智に反して、彼女はその魅力的な口角で弧を描いた。 「いいこと、起こるわよ。奈智くん、またね」  そして、いつかのように忽然と姿を消した彼女にやはり、奈智は頭を捻った。 その後、鍵を渡しそびれて、激しく落ち込む奈智が残った。

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