3 / 9
第3話 最期の言葉
「なあなあ、これ見てっ。買っちゃったっ」
雅の手には空の写真集。満面の笑みで俺に見せてくる。
「え、それ買ったの?」
「買ったっ」
「言ってくれれば貸したのに……」
「えっ、シモンも持ってんのっ?」
「持ってるよ。その写真家の写真集は全部持ってる」
「マジかっ! じゃあおそろいだなっ!」
なんだ借りればよかった、そんな答えが返ってくるかと思ったのに、まさかおそろいだと喜ぶなんて想定外だ。
「なんかさぁ。空って深いよな。絶対に同じ写真ってねぇじゃん? いろんな顔があってさ。あ、俺この夕焼けの写真がいっちゃん好きっ!」
俺がいつも思ってることと全く同じことを口にする雅に驚いた。
そして、俺が一番好きな写真を雅も好きだという。
「あ、昨日もばあちゃんに『今日の空は?』って聞かれてさ。昨日の夕焼けめっちゃ喜んでたっ」
「そっか。なんか喜んでもらえると次はもっといい写真撮ろうって思えるな」
「なぁ。夕焼け撮るときってどの辺散歩してんの? 近所? シモンの家ってどの辺?」
最寄り駅を伝えると、雅とは一駅違いだった。
「すげぇ近いじゃんっ。部活帰りに会えねぇかな?」
「……え?」
「シモンが夕焼け撮ってるとき一緒にいたいっ」
正直ドキッとした。『一緒にいたい』って……なんかもっと別の言い方あるだろ……。
それ以来、夕方にも時折落ち合って一緒に歩くようになった。
雅は、俺と一緒に写真を撮り、同じ構図の写真が撮れただけで嬉しそうに喜ぶ。
そのたびに、俺は胸の中があたたかくなるのを感じた。
◇
ばあちゃんの“いいね”が途切れた。
嫌な予感がして、学校が終わるとすぐに飛び出し病院に走った。
病室に着くと、ベッドが空で血の気が引く。
「ば……ばあちゃん……?」
そのとき、後ろから母さんの声が聞こえた。
「史門」
「か……母さん……。ばあちゃんは……?」
「個室に移ったわ」
「ど……どうして……?」
「史門、覚悟して……」
個室に着くまで、母さんはずっと俺の背中を撫で続けた。
ばあちゃんは静かにこの世を去った。
その最期は穏やかで、まるで眠っているかのようだった。
葬式には、なぜか雅が出席した。祖母の葬式の案内なんて学校には伝えていないはずだ。それなのになぜ……。
出口で弔問客を見送る際、雅はなにも言わず、ただ優しく俺を抱きしめた。
「み……みや、び……」
その瞬間、ずっと泣けなかった俺の目に涙があふれた。
「雅……っ。ばあちゃん、最期に……『今日の空は?』って言ったんだ……」
「シモン……」
「ばあちゃん……笑ってた……」
俺を抱きしめる雅の腕があたたかくて、俺は涙が止まらなかった。
ともだちにシェアしよう!