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第3話 最期の言葉

「なあなあ、これ見てっ。買っちゃったっ」  雅の手には空の写真集。満面の笑みで俺に見せてくる。 「え、それ買ったの?」 「買ったっ」 「言ってくれれば貸したのに……」 「えっ、シモンも持ってんのっ?」 「持ってるよ。その写真家の写真集は全部持ってる」 「マジかっ! じゃあおそろいだなっ!」  なんだ借りればよかった、そんな答えが返ってくるかと思ったのに、まさかおそろいだと喜ぶなんて想定外だ。 「なんかさぁ。空って深いよな。絶対に同じ写真ってねぇじゃん? いろんな顔があってさ。あ、俺この夕焼けの写真がいっちゃん好きっ!」  俺がいつも思ってることと全く同じことを口にする雅に驚いた。  そして、俺が一番好きな写真を雅も好きだという。   「あ、昨日もばあちゃんに『今日の空は?』って聞かれてさ。昨日の夕焼けめっちゃ喜んでたっ」 「そっか。なんか喜んでもらえると次はもっといい写真撮ろうって思えるな」 「なぁ。夕焼け撮るときってどの辺散歩してんの? 近所? シモンの家ってどの辺?」    最寄り駅を伝えると、雅とは一駅違いだった。   「すげぇ近いじゃんっ。部活帰りに会えねぇかな?」 「……え?」 「シモンが夕焼け撮ってるとき一緒にいたいっ」    正直ドキッとした。『一緒にいたい』って……なんかもっと別の言い方あるだろ……。    それ以来、夕方にも時折落ち合って一緒に歩くようになった。  雅は、俺と一緒に写真を撮り、同じ構図の写真が撮れただけで嬉しそうに喜ぶ。  そのたびに、俺は胸の中があたたかくなるのを感じた。             ◇   ばあちゃんの“いいね”が途切れた。  嫌な予感がして、学校が終わるとすぐに飛び出し病院に走った。  病室に着くと、ベッドが空で血の気が引く。   「ば……ばあちゃん……?」  そのとき、後ろから母さんの声が聞こえた。   「史門」 「か……母さん……。ばあちゃんは……?」 「個室に移ったわ」 「ど……どうして……?」 「史門、覚悟して……」  個室に着くまで、母さんはずっと俺の背中を撫で続けた。    ばあちゃんは静かにこの世を去った。  その最期は穏やかで、まるで眠っているかのようだった。  葬式には、なぜか雅が出席した。祖母の葬式の案内なんて学校には伝えていないはずだ。それなのになぜ……。  出口で弔問客を見送る際、雅はなにも言わず、ただ優しく俺を抱きしめた。 「み……みや、び……」  その瞬間、ずっと泣けなかった俺の目に涙があふれた。 「雅……っ。ばあちゃん、最期に……『今日の空は?』って言ったんだ……」 「シモン……」 「ばあちゃん……笑ってた……」  俺を抱きしめる雅の腕があたたかくて、俺は涙が止まらなかった。  

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