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大嵐吹き荒れて

そうして迎えた年明け。 「敏雄さん!これ、ヤバいですよ!!」 青葉が、自身のスマートフォンの画面を見せてきた。 「…やっぱり、そうなるか」 年が明けて早々、週刊文士のSNSが、かつてないほどに炎上していた。 原因は、某大物音楽プロデューサーの引退。 その引退の原因というのが、横居が取材した不倫であった。 このプロデューサーの妻は、数年前に発症したクモ膜下出血よる後遺症があり、療養中。 その妻が入院していたとき、自宅に30代の女性看護師を連れ込み、そこから出てきたところを横居が突撃取材した。 引退表明は、その一部始終が掲載された記事が公開された矢先の出来事だった。  引退会見の際には、「今回の不倫騒動のけじめとして引退する」「もともと要介護になった妻の面倒に疲れていたことも原因」と話していた。 そこから、このプロデューサーが引退した原因は週刊文士の度が過ぎるほどの報道が原因とされ、大衆の怒りに火をつけたのだ。 横居が普段取り扱っている不倫やパワーハラスメントなんかの報道は、人々の関心を集めやすい反面、反感を買うこともある。 こういった報道を繰り返しているうち、その反感がどんどん大きくなっていき、今回のようなことになったのだ。 デスクに駆けつけてみれば、概ね敏雄の想像どおりの光景が広がっていた。 電話が鳴りっぱなしになっている。 おそらく、抗議の電話であろう。 敏雄が自分のスマートフォンをみると、先ほどから異常な数の着信が来ている。 全員、仕事で関わった敏雄の知人だ。 今回の騒動について聞きたいことがあるから、敏雄にかけているのだ。 「もしもし、あ、はい、あ、えっとですね…」 「彼を取材した記者はいまは出払っていまして…はい、あー…」 「すみませんが、個人情報なので、それは言えないんです、いや、ですから…」 記者やカメラマンが、ひっきりなしに鳴る電話の対応に追われ、現場はすっかり混乱していた。 「ねえ、あの人の取材したの、横居さんですよね?」 「そうだったはずだ」 先ほど来たメールを返信しながら、敏雄は青葉の疑問に答えた。 メールの内容は言わずもがな、音楽プロデューサーの引退についてのことだ。 「どうなるんですかね?」 「わからん。でも、何のお咎めもなし、とはならないと思う。たぶん、お前も巻き添え喰らうかもしれんから、覚悟しとけ」 言って敏雄は、スマートフォンをポケットにしまった。 「わかりました」 編集部の電話は、相変わらず鳴り止まない。 「取材した記者を出せ」「ふざけるな」「彼が自殺でもしたらどうするつもりだ」という抗議に始まり、「死ね」「殺してやる」という脅迫に、嫌がらせの無言電話。 その中には真っ当なテレビ取材の申し込みもあり、この騒ぎについてどう思うのか聞かせてもらうため、テレビ出演して欲しいとの打診でだった。 番組は日曜日の朝10時から放送されている、ベテラン芸人2人組が司会を務める人気ワイドショーで、結構な視聴率を誇る。 そんな場面だから、下手をすれば批判は激化することになるだろう。 敏雄の予測通り、横居はこの失態のフォローを兼ねて、顔にボカシをかけた状態でテレビ出演することとなった。 本人は不服そうにしていたが、編集長命令とあっては、断れるわけもない。 放送当日になった。 その日、敏雄は仕事が入っておらず、自宅にいた。 時刻は午後10時。 コーヒーが入ったマグカップを片手にリビングでテレビを見つめながら、敏雄は横居の言葉を待っていた。 番組は冒頭から、この一連の出来事についてのVTRを流した。 テレビ画面に、横居の上半身のみが映る。 横居の個人情報の関係から、テレビ局側が画角から外したのだろう。 上半身だけの横居が「週刊文士です」「隣にいる女性はだれですか?」「2人だけで会われていましたよね?」などと詰め寄るように問いかける。 音楽プロデューサーは、それには何も応えることなく、ずっと黙ったまま車に乗り込んだ。 これが、週刊文士のカメラに記録された一部始終であった。 この後に、この一連の出来事が紙面に載るのだけど、このときの横居は、こんな未来などまるで予測していなかっただろう。 この音楽プロデューサーは、15年くらい前までは誰もが知るヒットメーカーだった。 その頃は、常にブランド物のサングラスなんかかけていて、目に痛いくらい派手な色シャツを着ていた。 肌艶もよく、髪もカラーリングのお手本みたく見事にセットされていたのに、今はどうか。 髪は白髪が混じっていて覇気がなく、顔にはシミやシワ、たるみが隙間なく広がり、実年齢よりはるかに老けて見える。 彼は約15年間の間に詐欺に遭い、そのほかには前妻との離婚や金銭トラブル、さらには両親の死という不幸に見舞われた。 それらを乗り越えて、ようやく再婚した妻と新たなスタートを切ったというのに、その妻が病に倒れる。 妻の介護に追われて、仕事もなかなかおぼつかない。 そんなわけで最近は、表舞台にめったに顔を出していなかった。 いや、出せなかったのだ。 そんな矢先に、下世話な週刊誌の記者が「不倫だ!」と責めてくる。 こんな責め苦の連鎖が、彼のエネルギーを奪い、一気に老けさせてしまったのだろうか。 番組は、事の経緯や音楽プロデューサーの経歴を淡々と伝えていく。 そうして、番組開始から約15分ほど経った頃合いに、「今回の騒動について番組側は、担当記者に話を聞いてみた」とナレーションが流れる。 「今回のことについて、どう思われますか?」 容姿端麗な若い女性アナウンサーが、にマイクを向けてくる。 敏雄の視線は、テレビに釘付けになった。 「本意じゃない結果になったなって…引退自体は、ホントに残念だと思っています」 顔にボカシをかけられた横居が、躊躇いがちに語り出す。 「でも、これだけは言わせてください。ご本人が言われたことと、わたしたちが取材したこと。違う部分っていうのはやっぱり、たくさんありますよ。それは…記事を見ていただければ分かると思うんですよ。そこには絶対の自信があります!」 これ以降の言葉は何もなかった。 いや、何かあったのかもしれないが、番組側が意図的にカットした可能性もある。 ワイドショーだって、メディア関係者だ。 騒動の火種になった週刊文士の記者を、なるだけ悪く見せることで、大衆の注目を集めようとしたのかもしれない。 横居が著名人の不倫やパワーハラスメントを面白おかしく取り上げるのと、全く同じ要領で。 あるいは、横居がもっとまずいことを言ったから、やむなくカットしたのかもしれない。 視聴者から顰蹙を買うのは、番組としても避けたいトラブルであろうから。 ──こりゃ、明日から地獄見ることになるだろうな… 横居の言葉は、誠実だとか正直とはほど遠い。 これだけのことが起こっていながら、謝罪や反省の言葉ひとつないのだから、視聴者の怒りを買うには充分であろう。

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