11 / 11
『特別扱い』しないでよ
それから俺と澄伽は、週末のたびに俺の部屋でお泊まりデートを楽しんだり。
今のところいちばんの楽しみはこれだ。
また、ある時は平日の午前中に半休を取り、澄伽の働く作業所を訪ねてみたり。
「ゆ、遊司郎さん!?」
初めて見る三角巾にエプロン姿の澄伽は、俺の姿に驚いていた。
「お友だち?」
職員らしき女性に尋ねられ、
「そ、そう!オトモダチ!」
動揺しまくっているのが面白くも可愛らしかった。
「ここの美味しいから職場で配ろうかなって思って。クッキーとかの焼き菓子系もいいし、あ、若い子たちには腹に溜まる菓子パンも喜ばれるかな。ちょっと多めにまとめ買いしても大丈夫?」
澄伽に尋ねたが判断がつかなかったらしく、職員さんの方を振り返る。
「ええ、大歓迎ですよ。お好きなだけどうぞ」
快い返事をいただけたので、たんまりと商品を選び澄伽に会計をお願いする。
「澄伽くん、慌てないで、ゆっくりで大丈夫だからね」
職員さんに声をかけられても、澄伽はやはり手元がおぼつかない。
「……あの、遊司郎さん。あんまりじーって見てないで」
と、むくれた顔。
ただでさえ苦手なレジでの会計作業に、余計な緊張をさせるなということだろう。
「ごめんごめん。後ろ向いてるね。お金、ここに置いておくからあとよろしく」
小銭を出してややこしくさせないように、お札だけをカウンターのトレイの上に置いておいた。
澄伽が仕事を頑張っている空間に来られて良かった。
買っていったお菓子やパンは好評だったけれど、
「最近の大沢さんって、こういう差し入れしてくれたりとか優しいっすよね。……なーんか丸くなったっていうか」
そんなことを後輩に見透かされてしまった。
「そうねぇ。悩みひとつ吹っ切れた顔してるもんね。まぁ良かったんじゃない?何があったか知らないけどぉ」
そう口を挟んできたのは、さっそく一口サイズのブラウニーを摘んでいる境さん。
この恋の陰の恩人である彼女には、好きそうな焼き菓子を多めに渡しておいた。
とある土曜日、いつものように泊まりに来た澄伽が気まずそうに切り出してきた。
「……あのね、お母さんが『毎週お友だちのところに泊まりに行ってたら迷惑じゃないの?』って言ってたんだけど……どうしよう」
俺は遠からずこういう日が来るのをわかっていた。
そしてそれは俺が漢(オトコ)を見せる時が来たということだ。
「……わかった。じゃあ澄伽のお母さんを心配させないように、今度俺が澄伽の家に挨拶に行く」
「あいさつ?」
「そう。私は大沢遊司郎という者です、私も男ではありますが、真剣に将来のことを考えて澄伽さんとお付き合いさせていただいています、って」
「えええ!?」
澄伽は素っ頓狂な声をあげた。
「そ、そんなのお母さんびっくりしちゃうよ……」
カミングアウト。非常に勇気の要ることだが澄伽には必要だと思った。
「友だちのとこじゃなくて、恋人の俺のとこに泊まりに来てるんでしょ?澄伽は」
「うん……お母さんには友だちのとこって言ってるけど……」
「そうやってお母さんに嘘ついてるの、ほんとは嫌なんだよね?」
うん、と澄伽は神妙な面持ちで頷く。
「じゃあやっぱり挨拶しに行こう。心配しなくていいよ。俺がバッチリ完璧にキメてお母さんを納得させるから」
隣に座っていた澄伽を抱き寄せる。
「俺はね、この先もずっとずっと澄伽と恋人でいたいの。そのために、まずは澄伽のお母さんに認めてもらう」
「うん……」
澄伽はまだ不安そうにしている。
まずは第一関門・澄伽の母親だ。その後には名古屋の実家の俺の親、これは少し手強いかもしれない。
「あっ!」
また予測不能のタイミングで澄伽が声をあげる。
「でもさ、うちのお母さん、イケメン好きなんだよ。ドラマ出てる人とかアイドルとか」
「え?あ、そうなんだ……?」
「だから、遊司郎さんのこともお気に入りになっちゃうかもしれないよ!イケメンだからね!」
とりあえず澄伽が笑ってくれた。
澄伽は俺をイケメンだと思ってくれている。
対お母さん、勝算有り。
その全部が嬉しくて、堪らず隣の可愛い子を抱き締めた。
様々な障害や病気、その他の生きづらさを抱える人々が、少しでも生きやすい世の中に。
なんて、そんな高尚なことは俺にはできない。
唯一できるのは、目の前の愛おしい子を大切にすることだけだ。
人並みにこなせないこともある澄伽は、それでも『特別扱い』で優しくされたくないと、付き合う前から言っていた。
今でもたまに、ただ優しくしたいつもりが余計な気をまわされたと受け取られ、怒られてしまう。
「特別扱いやめてって言ってるじゃん!」
そんな時に澄伽の不機嫌を一発で解消する言葉を、まずはひとつ見つけた。
『澄伽は俺のいちばん大切な人なんだから、恋人としての【特別扱い】はさせてよ?』
そうすると澄伽はほのかに頬を染め黙る。
キミは永遠に俺から『特別扱い』。
もうどこへも逃げ帰りはしないシンデレラボーイ。
ともだちにシェアしよう!