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序章
――そんなある日。
今日も学校終わりに店に行って、夜の相手を探してみたけれど、俺の素性がバレている、近所のオカマバーのママだけで久しぶりに一人で寂しい朝を迎えるハメになりそうだ。
「雅樹、ちゃんとこの子の教育しなきゃダメよ~。この子ったら、毎日毎日色んな人のとこ行って…いつか痛い目見るわよっ」
「…分かってるんすけどね…。やっぱオレには子育てとか向いてねーんすわ、きっと。息子がこんなちゃんらんぽらんじゃ、こいつの父親帰ってきた時に殺されるかもしれないっすね、オレ」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。俺上手くやるし。ていうか、父さんも多分俺が雅やんと同じ道歩んでるって分かってるよ」
「…え!?」
「だってこの前帰ってきた時、俺に『何かあった時ように』って何処の国で習得してきたんだか知らないけど、変な護身術みたいの教えてくれたし…」
「え…アイツ帰ってきてたの?いつよ、それ」
「先週くらい。でもすぐ、行っちゃったけどね。今度行くとこ教えてもらったけど、日本語じゃ発音出来ない国だから覚えてないけど」
「…葵ちゃんのパパって何…やってる人だったかしら…?」
話を聞いていたママが、驚き半分呆れ半分みたいな表情でそう聞いてくる。
実のところ、俺もよくは知らない。小さい頃に聞いた事があったが、ある時は冒険家と言われ、またある時は遺跡発掘者だったり、はたまたある時は戦場カメラマンだとか、適当なことばかり言われたから、そのうちどうでもよくなってしまった。だから、そのまま答える。雅やんもよく知らないらしい。ただ、定期的に手紙は来るから、死んではいないのだと分かる。そしてこの前みたいに、何の毎ぶれもなく突然帰ってきたりする。そして突然いなくなる。
『葵ちゃんも大変なのね』なんて同情されたけれど、今のところこの環境に不便は感じていない。むしろこんなに自由に生きられているし、定期的に送られてくる手紙に必ず写真が入っていて、その綺麗さに見惚れて自分も写真を撮ることにハマったりもしたから、どちらかというと感謝しているのだ。
それから数日後。雅やんと一緒に閉店作業をしながら、ふと気付く。
「…雅やんって、ネコになった事あんの?」
「…はぁ!?なんだ、いきなり…」
「…いや俺さ、ネコは経験あるけどタチはないなって今気付いて。ねぇ、雅やん…」
「断る…っ!」
言葉を続けようとして雅やんに遮られてしまう。
「まだなにも言ってない」
「どうせ『抱かせろ』とかいうんだろ!?」
「さすが、雅やん。一回だけでいいからお願い!」
「…オレはタチなんだよ!大昔に一回まわったことあっけど、それっきりだ。いくら頼まれても、それはヤらねぇぞ!」
頑なに断られてしまう。
だが、こちらとしても引くわけにはいかないのだ。流石に見ず知らずの相手でタチを試す気にはなれない。しつこく毎日頼んだら、ようやく折れてくれた。
「いいか、一回だけだからな?オレだってほぼ初めてみてーなもんだからな。お前がしつけぇから、相手してやるだけで次はねぇからな?」
「分かってるよ…。この世界はそんなものでしょ?」
昔雅やんに、この世界は『その日限り』と割り切っている人間が多いと教わったのだ。
だから自分も、そういう付き合い方をしてきた。中には、再度関係を迫ってくる相手もいるけれど、基本的に相手にしない。自分の素性を知っている人間なら未だしも、年齢を偽っているし、同性同士に限っては年上ばかりで、自分と一回り違う相手に本気になんかなれないものだ。
「……二度とやらん……」
雅やんと朝を迎え、学校帰りに店に行くとしかめっ面の雅やんがいた。今日も客足はそこそこだ。
「…雅やん…まだ根に持ってんの?」
「あたりめーだろ。どっかの誰かさんが盛るから、腰が痛くてかなわねぇ」
「えー…俺だけのせい!?」
「あらヤダ…雅樹、あんた葵ちゃんについに食べられちゃったの!?」
「食われたっつーか……こいつがタチに回った事ねぇから、オレで試させろつって…」
「……ご愁傷様ね…。で、結果はどうだったのよ、葵ちゃん?」
雅やんに対する哀れみを向けながら、好奇心全面で尋ねてくる、ママに返事を返す代わりに、満面の笑みを向けて見せる。
「俺、タチの方が向いてるかもしれない」
「貴方はタチ気質よね~。ネコと見せかけてのタチよ!」
真顔でしみじみとそう言うと、ママに断言されてしまった。
「貴方、これでもう経験してないことないんじゃないかしら?女の子とも経験あって、同性もタチネコ両方経験したんだし…」
ママの言葉に頷く。
「…まったく…15歳でこれとは…末恐ろしいガキだぜ…」
「俺がこの世界に足を踏み入れたきっかけは、雅やんのおかげだからね?」
「…すまねぇ……はーちゃん(葵の父親)」
俺の両親はきっと俺がバイでリバだと言ったところで、何も気にしないような気がする。俺が一人っ子で、子供が将来出来ないとかそういうことになれば、また話は違うのかもしれないが、俺には三つ下の妹がいる。もっともその妹は、両親がほとんど不在だからという理由で母がたの両親に預けられている。ばあちゃんも年だから、俺ら二人の面倒は流石に見られないということで、俺だけが雅やんに預けられたというわけだ。
その妹とは定期的に連絡を取ったりしているが、今のところアイツがレズだという話は聞いていない。俺が言うのもなんだが、12歳かそこらでレズも何もあったもんじゃないかもしれない。妹も俺がこういう人間だというのは知ってるから、もし何かあればきっと言ってくるだろう。
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