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第29話 辱めの刻

 周りを取り囲む男たちの粘つくような視線の意味がようやく理解できた。  まさか自分のような北方人をどうにかしようという人間は居ないはずだと思う一方で、欲望の捌け口を求める男たちには外見や年齢など何の意味もないのだとも思われた。  アリアが手に持った扇を逆の掌に打ち付けた。 「まずは、国王陛下を惑わせた北方娼婦の体……見せて御覧なさい」 「……ッ!」  四方から男たちの手が伸びてきた。低く笑いながらシャツを引き裂き、逃げようとする足を捕らえて長靴もズボンも剥ぎ取ってしまう。間際で布地が破られる感触に、怖ろしさと冷気の両方で肌が粟立った。  最後に腕に残った下着の袖も引きちぎられ、シェイドは手首を縄に吊るされたままアリアの前に裸体を晒した。僅かばかり身を隠しているのは、長く豊かな白金の髪だけだ。男たちの一人が燭台の灯りを近づけて、シェイドの肉体を炎で照らした。白い身体が蝋燭の光にぼんやりと浮かび上がる。 「……邪教徒……」  アリアが蔑みに満ちた低い声を漏らした。心臓の真上に残ったファラスの紋章を目にしたのだろう。  ウェルディを篤く信仰するウェルディリアの民の中には、神々の王ファラスを憎悪する一派がある。語り継がれる神話の中で、戦の神であるウェルディを人間に堕としたのが、他でもないファラスだと言われているからだ。  だが、周りを取り囲む男たちの関心はそれとは別のところにあった。 「昨夜も随分御愉しみだったらしいな」  白い肌の上に残る鮮やかな痕跡を、男の指が辿った。 「……ッ」  触れられる感触に身を捩り、凍えるような冷気と羞恥から逃れるように、シェイドは高く上げた腕に顔を押し付けて隠した。顔を隠しても、胸に残った痕跡までもを隠すことはできない。白い肌の上には、薄暗い地下牢でもはっきりと見て取れる愛咬の跡が、いたるところに残されていた。 「吸い跡どころか、歯形まである。噛みつかれるのが好きなのか?」  面白半分に追ってくる手から右に左にと逃げるが、両手を天井から吊るされていては動ける範囲も知れていた。逃れきれず、寒さに凝った胸の突起が摘まみ上げられ、足の間にも手が滑り込んできた。  悍ましさに声も出ず、唇を噛み締めて頭を振る仕草は男たちを悦ばせただけだ。両足が左右に開かれ、ついには秘めた場所にまで指先が入り込んできた。 「ぁ、っ!」 「!……おい……中はトロトロだぞ……!」  指を入れた男がぐちゅぐちゅとわざとらしい音を立てて内部を掻き回し、濡れた指を掲げて仲間に見せつけた。間違えようもない雄の匂いが辺りに漂う。朝方まで何度も注がれ、始末しきれなかったジハードの情熱の証だ。  乱暴に掻き回されたせいで閉じられなかった窄まりから、温かい粘液が零れ出て内腿を流れ落ちた。 「いったい何人分だ。溢れてくるじゃねぇか」  必死で閉じようとする両足を押し広げて、何本もの指が中をまさぐる。明らかな性交の痕跡に男たちが興奮して声を高まらせていくのを、シェイドは目を閉じ、声を殺して耐えることしかできなかった。 「北のメスはすげぇ好き者だって話だからな。大方王様一人じゃ足りなくて、護衛兵まで食っちまってたんじゃねぇのか」 「あいつら二十人はいたよな。てことは、わざわざ離宮に来たのは王宮じゃできない乱交のためか」 「男妾が自分の兵隊とヤりまくるのを、王様は見て御愉しみだったってわけか!」  取り囲む男たちから侮蔑の言葉と哄笑が投げつけられた。怒りと屈辱で喉の奥が詰まり、目の前が真っ赤に染まって言葉も出ない。あの離宮でジハードが示してくれた慈悲のすべてが土足で踏みにじられるようだ。  国王はお前たちのような品性下劣な男ではない。  奥歯を噛み締め、目を開いて睨みつけるシェイドの視線に、男の一人が気付いた。細い顎を握り潰さんばかりに掴んで自分の方を向けさせると、息がかかるほど近くに顔を寄せる。垢じみた匂いに反射的に顔を背けようとしたが、男は顎を捕らえて離さなかった。 「反抗的な目しやがって。お前のこの穴が男をしゃぶってんのは事実だろうが。それとも何か? 王様のご立派な逸物しか知らない貞淑な穴だとでも言うのかよ!」  この男たちは、北方人には身持ちの悪い娼婦しかいないとでも思っているのだろうか。不貞を疑わない男たちの態度に、言いようのない怒りと悲しみが押し寄せてきた。  王宮で育った己は常に蔑みと嫌悪の目で見られてきたが、これほどあからさまな嘲笑を浴びたことはなかった。だが王宮の外ではこれが普通の扱いなのだ。北方人と言えばみな奴隷で、身を売る以外に生きるすべを持たないと認識されている。何人もの相手に肉体を穢されるのが、ここでは当然の事なのだ。 「私は……穢れてなどいない」  シェイドは感情を抑え、低く静かに反駁した。  ウェルディリア人と同じように、一人の奥侍従としてジハードの寵愛を受けただけだ。乱暴にされたこともありはしたが、少なくとも国王はシェイドやフラウを家畜扱いしたことはない。穢れや恥だと思わなければならない行為をされたことは、ただの一度もなかった。  顎を掴んだ男をシェイドは正面から見据えた。そうだ、恥じねばならぬことなど何もない。北方人であろうと、国王は人として生きる権利を与えてくれた。自分は一人の人間として、忠誠を王に捧げただけのことなのだから。  底に金泥を含んだ青い瞳に見つめられ、男から嘲るような表情が掻き消えた。  未知のものに遭遇したように、あるいは人ならざるものを見たかのように。男の目が光を失い呆然と見返してくる。シェイドはその視線を捩じ伏せるように、見つめる目に力を籠め続けた。 「……面白いことを言うわね」  それは時間にすればほんの短い間だった。地下牢を支配した奇妙な静寂は、毒を含んだ女の声で破られた。  男たちは呪縛から解かれたようにハッとして、何度も瞬きを繰り返した。シェイドの青い瞳に視線を合わせるうちに、意識がそこへ吸い込まれていったような気がする。酩酊を振り切るように、数人が頭を振った。 「あなたが国王以外には跪かないと言うのなら、試してみましょう」  勝ち誇った女の声に、男たちが元の顔つきを取り戻していく。狩りで捕らえた獲物を今から捌こうとでもいうような、舌なめずりせんばかりの顔つきだ。 「この男たちに触れられて快楽に堕ちずにいられたら、あなたの言葉を信じて縄を解いてあげる。この砦にいる限り、誰にも指一本触れさせないわ」  アリアの朗々とした声が地下牢いっぱいに響いた。  解放するという言葉に、男たちは不満もあらわに彼女を振り返る。紅を塗った真っ赤な唇が、その視線を受けて笑みの形に吊り上がった。 「その代わり、卑しい荒くれ男に触れられて快楽に堕ちたら、あなたはもう奥侍従じゃない。この砦の最下層の家畜として、私が雇った傭兵たちの詰め所で鎖に繋がれて飼われるの。――さぁ、始めなさい! 私の目の前で、国籍も持たない卑しいお前たちが国王の奥侍従に肉欲の悦びを教えてやるのよ!」 「……ッ!」  振り返った男たちの獣のような顔つきに、シェイドは引き攣った音を立てて息を吸い込んだ。悲鳴のようなその音を合図に、何本もの手が一斉に伸びてくる。縄に吊られていることも忘れて後ろに下がろうとした体が、捕らえられ引き寄せられて男たちの手を這わされた。 「や……ッ!」  嫌悪のあまり叫びかけた拒絶の言葉を、シェイドは反射的に呑み込んだ。王宮では、罰を受ける時に許しを乞えば、罰が二倍に増やされる。幼い頃から沁みついたその習性が容易に悲鳴をあげさせなかった。  目を閉じ、声を殺して立ち尽くす肉体に、指と舌が縦横に絡みついた。 「……ッ……ッ!……」  傭兵だという男たちの手は、使い古した革のようにささくれてゴツゴツと硬い。冷え切った肌に這う舌は、気味悪いくらいに粘ついて熱く思えた。嫌悪感に全身が総毛立つ。  男たちのやり方は、愛撫などとはとても言えない、殺気立った触れ方だった。傷つけられることを怖れはしても、快感など一欠片もない。――こんな手にいくら触れられようが、快楽に堕ちることはありえなかった。  吐き気を堪えるばかりの時間が続いた。どんな暴行を受けたとしても、男たちが飽きるまでじっと耐えているしかない。耐えきれば解放される。解放されなくとも、少なくとも奥侍従としての誇りは守ることができる。  両目を固く閉じてひたすらに終わりを待つシェイドの耳に、突然、焦れたような怒鳴り声が届いた。 「退け、この腑抜けども! そんなだから女どもが逃げていくんだ!」  怒鳴ったのはアリアの傍らにいた髭の男だった。  傭兵たちの間では首領格らしく、男が蹴散らすと、群がっていた傭兵たちは不平顔をしながらもシェイドから離れていく。目の前に立った黒髭の男は、背はシェイドと同じくらいで、身体の厚みは倍以上あった。瘤のように盛り上がった腕に、いくつもの古傷が残されている。  男は手を伸ばして、シェイドの萎えた男の部分を無造作に掬い取った。 「見ろ、縮み上がってるじゃねぇか。高級娼婦ってやつは村娘を引きずってくるのとは訳が違うんだ」  未練がましい仲間を手で追い払いながら、髭の男はシェイドの背後に回ってきた。  苛立ちも露わだったアリアが気を取り直すように息をつき、男に声をかけた。 「手並みを見せてもらうわ、コーエン。大口を叩いておいて不首尾なら、傭兵の頭を誰かに譲ることになるかもしれないわね」 「心配無用。北のメスは扱い慣れてる」  そう言うと、コーエンはシェイドの首筋に両手を絡めた。もしや縊り殺されるのではと一瞬身体を強張らせたが、武骨な指は癖の少ない白金髪を指で梳いて、後ろにかき上げただけだった。薄暗い灯りの中、淡く発光するような白い首筋が露わになる。 「…………いい匂いだ」  背後から顔を近づけた男は、シェイドの耳元に鼻先を掠めて匂いを嗅いだ。逃げるように傾いた首筋を硬い髭が擽る。背中にぴったりと寄り添った男の気配と、項を擽る硬い髭、それに耳朶を掠めていく熱っぽい息がシェイドをピクリと震わせた。 「媚薬入りの香油を使って、念入りに仕込んでもらったんだな。体にいい匂いが染みついてる……」  吐息とともに耳の中に入ってきた言葉に、シェイドは顔がカッと熱くなるのを感じた。  塗られるとじくじくとした痒みと疼きを生む香油は、白桂宮では毎日のように使われていた。あれを使われると体の芯が熱をもって、疼いて堪らなくなる。  乳首に塗られれば指で潰されるようなきつい愛撫を、体内に注がれれば獣のような荒々しい挿入を求めずにはいられない。媚薬の導きで前が張り詰め、慎みも忘れて吐精させてくれと懇願しても、ジハードがそれを許してくれるのは月に何度もない。  初めての時に苦しい思いをさせたから、寝台の中では快楽に溺れて欲しくて使うのだと言われたが、媚薬が齎す煩悶の方がシェイドにとっては余程辛く苦しいものだった。  ミスル離宮には持ち込まれなかったため、あの独特の香気がまだ体に残っているとは思いもしなかった。自分ではわからなかったが、鼻を近づけば分かるほど、身体に匂いが染みついていたのか。  急に、寝台の中の痴態まで見られたような羞恥が襲ってきた。尻を振って国王の屹立を中に擦りつけ、声が枯れてもなお絶頂を求め続けた浅ましさまで、何もかも見抜かれたような心地になる。身体の熱が上がっていくのが分かった。  男が匂いを嗅ぎながら、胸元に零れた髪を首の後ろに流し落した。 「綺麗な肌だ……色が白いから、吸い跡が花びらみたいに残ってる。ここらを吸われた時は気持ちよかったか……?」 「……っ!……ぁ……」  硬い指の先が触れるか触れないかという繊細さで、痕跡の残る場所を辿っていく。両腕を頭上で拘束され、背後には男がピッタリと身を寄せているので逃げ場がない。背を仰け反らせると首筋を男の髭が擽り、寒さに凝った胸の尖りが硬い指に捕らえられた。 「……ッ……」  革で出来た防具のような硬い指先が、両方の乳首を抓み、ゆっくりと力を込めていく。背筋をぞくぞくとした痺れが走り抜け、下腹の奥がずきりと疼いた。この柔肉は毎晩のように念入りに愛撫されて、今ではひどく敏感に、感じやすくなっていた。  きゅ、と肉の環が締まった拍子に溢れかけていたものが内股を伝い落ちていく。粘液が伝い下りていくその感触が、敏感な足の内側を愛撫されているようにも感じられて、シェイドは両足を擦り合わせた。 「……前が勃っちまってるぞ……」 「……っ、く!」  耳朶を舐られながら囁かれた言葉に、シェイドは唇を噛んだ。  先程まで傭兵たちに群がられても兆す気配すらなかったのに、この男に少し触れられただけで、今はもう下腹が熱くなってしまっていた。こんな下劣な男に触れられてと、どれほど自分を詰ってみても昂っていく熱は止められない。  シェイドは『嫌だ』と首を振った。 「嫌、じゃねぇよ。本当はもっと触ってほしんだろ」 「やっ……ぁ!」  乳首を離れた片手が下に降りて行った。肉の薄い下腹部を撫でさすりながら、その指先は控えめな叢をかきまぜた。もう少し下に伸びれば半ば勃ち上がったものに指が届く。  けれど男の指はその周囲の敏感な肌をそっと辿るばかりで、肝心の場所に触れようとはしなかった。 「奥侍従ってのは、主人の許しなしに自分を慰めるのは厳禁だと聞くが、ここもちゃんと可愛がってもらってるのか? それとも主人の目を盗んでこっそり自分で擦ってるのか?」  肝心の場所を避けて、男の指が周囲を擽る。声が漏れぬように唇を噛んで、シェイドは叶う限り男から顔を遠ざけた。伸びてきそうで届かない指先に、自分から腰を振って昂りを押し付けてしまいそうだった。  ジハードとの閨で、最後に男としての解放を与えてもらったのは、確か十日以上前のことだ。強請って強請ってやっと、ジハードの手で愛撫してもらい、見られながら逝くことを許してもらえた。それきり、ここには誰の手も触れていない。  夜通し抱かれて後ろでの法悦に酔い痴れても、溜まり切った精を解き放ちたいという願望は消えてなくなりはしない。この肉体は生まれながらの娼婦のように貪欲だ。男としての放埓だけでも、女のような快楽だけでも満足できない。  無意識のうちに愛撫を求めて、両足の力が抜けてしまっていた。慌てて足を閉じようとした時にはすでに腿の間に男の手が入り込み、濡れた肉環の内に太く節くれ立った指が潜り込んでくるところだった。 「や……ッ!、や、め……っ」 「指二本、易々と呑み込んだうえに全体で吸い付いてきやがる。やめてくれだと? これでもまだそんなことが言えるのかよ!」 「ヒッ!……アッ、アッ!……やめて、掻き回さない、で……!」  ごつごつした指が根元まで埋まっては中に溜まった粘液を掻き出して抜けてくる。今朝がたジハードが収めたものが卑猥な水音とともに溢れ出し、内股を伝って足元を濡らした。薄く濁った粘液が、足元に広がっていく。  体内で温められていた体液は濃厚な雄の匂いを立ち上らせた。指に嬲られるシェイドの体の熱をその匂いが煽りたてる。凌辱する、男の体温も。  三本目の指が入り込み、肉環を内側からいっぱいまで拡げた。 「止めて欲しけりゃ白状しな! こいつは誰の精液だ? 食らったのは一人や二人じゃねぇんだろ!」 「あぅ!……ひっ、……い、や……!」  拡げた指で激しく突き上げられて、シェイドは縄を揺らして悶えた。そんな風にされたら、今朝の激しかった交合を思い出してしまう。  国王の隆々とした亀頭に浅い場所を責められ続け、吐精寸前のもどかしい快感が終わりも知らずに襲ってきた時のことを。やめてください、もう許してと乞えば、ならば奥の方が好いのかと根元まで突き入れられ、張り出した牡の先端で体の底を抉られて得た絶頂の感覚も。 「嫌、だ……私は、陛下以外の相手とは……ッ!」  大きな波が下腹から這い上がってきた。  このままでは、ジハード以外の男の指で快楽に堕ちてしまう。アリアに嘲笑され、男たちに犯され――ジハードの奥侍従でいる資格を失ってしまう。  他人と肌を合わせるのは初めてだったのかと、ジハードは何度も確かめた。奥侍従は純潔と貞節を求められる。姦淫密通の罪を犯した奥侍従は、相手ともども刑場で首を晒すのが掟だ。  こんな賤しい男の手に堕ちるわけにはいかなかった。北方人はやはり信じるに値しないと、ジハードから軽蔑の目を向けられるのは死ぬよりもつらい。  だが――。 「口で何を言おうが、お前の肉襞は指に喰らいついて離さねぇぞ!」 「……や! ぅ……うッ……!」  太い指が中でグリッと抉られた瞬間、硬く閉じた瞼の裏で火花が散った。

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