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第30話 焔

「ああああぁ……! い、く……ッ……!」  痺れるような快感が凍えた指の先まで走り抜ける。寒さに震えていた体が火照り、汗ばんで勝手に踊り始めた。もはや指を拒もうとして身を捩るのか、もっとしてほしくて体をくねらせているのかも定かでない。分かるのはこの武骨な指が、今まさに快楽の頂へと導いてくれていることだけだ。 「ジ……ハード……ッ」  敬愛する王の名をシェイドは叫んだ。そうして正気を保とうとしたはずだったのに、燃え上がった体はその名の響きに焔を激しくする。  もう駄目だ、もう、昇りつめてしまう……ああ、駄目だ。堕ちてしまっては、王の名を穢してしまう……!  崖の縁に爪先立ちで立つような心地が腹の底から這いあがってきた。いっそ飛び降りてしまえば楽になれる。そんな誘惑を頭を振って追い払おうとしても、足場の岩はどんどん削れて、爪先立ちでも立っていられなくなっていく。  その最後の拠り所を傭兵の頭は一撃のもとに打ち砕いた。 「……覚えておけ。お前の主人は今日からこのコーエンだ……ッ!」  凝って疼く胸の肉粒が硬い指先に押し潰された。  千切り取られるような激痛に鋭い悲鳴を放ったその時、指に嬲られていた後孔に指よりももっと太いものが食い込んだ。 「あ!……ぁ、あ、あ……ッ!」  シェイドは目を見開いて掠れた声を上げた。  物欲しげに蠢く肉環を無惨に拡げ、熱い肉の塊が押し入ってきた。悍ましさに総毛立つのと同時に、待ち焦がれたものを与えられた悦びが全身を駆け巡る。下腹から脳天まで一巡りした熱は、男の手に握られた砲身から一気に飛び出していった。 「ぁ、あ――――ッッ!!……ぁあああぁあ――――ッ……ッ!」  絶望の声を上げながら、シェイドは胴震いして冷たい石の床に白濁を吐き出した。吐精の絶頂のさなかに、後ろからは太い肉の塊が身を貫いて刺さってくる。泉のように悦楽が湧き出る場所も、気を失いそうなほどの恍惚を生み出す場所も、国王のものとは違う別の牡が我が物顔で抉じ開ける。 「ぃいいい――ッ!……ぁあ! ぁあああ――――ッ!」 「さすがに、上物だ……ッ」  コーエンは短く呻くと、後はもう物も言わずに腰を叩きつけ始めた。生唾を飲みながら成り行きを見守っていた傭兵たちが歓声を上げて群がってくる。  後ろから犯されて揺れるシェイドの全身に、荒くれ男たちのささくれた手と舌が這った。顔を舐められ、乳首を弄られ、放ったばかりで敏感になった屹立を容赦なく扱かれる。 「あああぁッ……堕ちるッ、堕ちるぅ……ッ!」  高い場所から落下するような感覚があった。嫌悪と絶頂が綯い交ぜになり、複雑に絡み合いながら押し寄せてくる。今までジハードからは与えられたことのない、叩き落されて体がバラバラに崩れ落ちそうな法悦にシェイドは泣き叫んだ。それを見た男たちの興奮はいや増していく。 「堕ちてしまえ! お前はもう家畜以下の俺たちのメスだ!」  腹の奥に熱いものが撒き散らされた。山賊紛いの傭兵の、薄汚い欲望の証だ。  ジハードの精が収まっていた場所に、獣のような男の精液が浴びせられる。コーエンは素早く身を離すと、最後の飛沫は白い尻の上に放った。まるでこのメスは自分のものだと印をつけるように。  下腹に力を入れて放たれた汚液を吐き出そうとする暇もなく、名乗りを上げた次の男が両足を開いて身を沈ませてきた。二人目の男の怒張が、もはや抵抗もなく奥まで潜り込んでくる。 「!……ひぃぃッ、ぁああああッ……嫌だ、嫌ッ!……い、アッ、ァアアッ……ッ!」  縄が緩められ、床に膝をつく高さに下ろされた。首を振って拒む頭を固定され、鼻を掴んで口を無理やり開かされる。反吐の出そうな肉塊が目の前で扱かれた。髪を掴んで頭を仰け反らせる者もいる。あちこちから手で扱いて放たれた白濁が仰向いた顔と髪にこびりついた。口の中にも悪臭を放つ汚液が入り込んでくる。後ろを犯す男は両手で尻肉を開き、棒で捏ねるかのように斟酌なく中を抉りまわした。胸と脇腹には歯形が付き、爪を立てられた乳首は血を滲ませて赤く染まった。 「……アアアァ――ッ!……ハ、ガッ……ァアアゥウウゥ――ッ……ッ!」  許しを乞うことすらできない。無理矢理開かれた上下の口に、溺れそうなほどの汚液が次々と浴びせられた。体中が穢され、ジハードの痕跡を塗り替えていく。 「聞き分けの良いメスになるよう、しっかり調教してやる」  獣たちに貪られる中で、剥き上げられて露出したシェイドの先端からは、透明な緩い滴が零れ続けていた。  ギッ、ギッ、と滑車が軋む音も、一時に比べれば単調になった。 「う……」  体内深くに汚液が吐き出される感触に、シェイドは朦朧としながら小さく呻く。  十人以上いた男たちの暴行は、始まってからどのくらい経つのだろう。大半が満足した様子で座っているが、一人が終われば別の誰かが大儀そうにしながらも身を起こし、凌辱はまだ終わりそうにない。  犯され続けた後孔は牡を呑んでいなくても灼けたようにヒリヒリと痛んだ。誰かが面白半分に振り下ろした背中の鞭傷とどちらが痛むかと問われれば、どちらも同じほどだと答えただろう。 「そら、尻を締めろよ」 「あ……あ……」  この男はもう何度目だったか。閉じる感覚もなくした肉の中に、そそり立った欲望が飽きもせず潜り込んできた。  擦られすぎて痛むというのに、貪欲な肉はシェイドの意思に逆らって、内部を突き進む怒張にねっとりと絡みつく。先の男が放った粘液が、内股をトロトロと伝い落ちていくのが擽ったい。  備わった本能が苦痛を快楽で紛らわせようというのか、下腹の熱がまた上がる。 「……は……はぁ……ぁ……」  小さく喘ぎながら男の動きに身を委ねていたシェイドは、目の前が暗く陰ったことに気付いて視線を上げた。地下だというのにベール付きの帽子をかぶったアリアが目の前に立っていた。 「どう? そろそろ私に跪いて、どうか止めさせてくださいと、泣いて縋る気にでもなったかしら?」  匂いを避けるように扇で鼻を覆いながら、アリアが静かに問う。シェイドは汗と精液に濡れた顔を上げて、アリアを見つめた。  この女は、いったい何を求めているのか。  シェイドがここで敗北を認めアリアの膝下に屈すれば、彼女は満足して自らの犯した罪を悔い、国王を救い出そうとするだろうか。  ――いや、それはない。シェイドは冷静に判じた。彼女は自分自身が玉座に座りたいのだ。女帝としてこの国で最高の地位と栄誉を己のものにすることを望んでいる。私利私欲の塊だ。  彼女がジハードを助けたなら、ジハードは二度と彼女を蔑ろにすることはできないだろう。掲げた理想を果たすこともできず、己の虚栄心を満たしたいだけの女に操られることになる。そんな王位をジハードが望むだろうか。  そもそも、アリアは『王妃の座には相応しからぬ』とジハードから遠ざけられた女だ。その彼女に膝を折ることは、国王の意志を否定することに他ならない。自分の身の安全を贖うために国王の誇りを売ることは、シェイドにとって侵しがたい冒涜だった。 「……貴女には……従いませ、ん……!」  言い終えた途端、投げつけられた扇が左の頬を急襲した。力を失ったようにガクリと首を垂れたシェイドの頭上で、貴族らしい気品をすっかり失ったアリアの怒声が響いた。 「詰所の男たちを残らず連れてきなさい! 五十人全員をよ!」  ……五十人……。  口の中の血を床に吐き出しながら、シェイドは考えた。アリアの雇った傭兵が五十人いるなら、ベラードの領兵は何人いるのだろうか。あの中庭にいた五十人程が、手勢の全てなのだろうか。  意識を保とうとするシェイドの耳に、アリアの金切り声が響き渡る。 「この奴隷の足に縄をかけて獣吊りにしておやり! 舌を噛み切らないように、猿轡も噛ませるのよ!」  稲妻のようなアリアの声に、気だるく座り込んでいた男たちが動き出した。  数人が仲間を呼びに出口に向かい、残った男たちがシェイドを囲んで足首に縄を巻いた。足を纏め終えると結び目を手枷に結び付け、掛け声とともに滑車の縄を引き上げる。狩場で仕留められた獣のように手足を一つに纏めて吊るされる姿は、自らの重みで手足の先を引きちぎられるかと思うほど苦痛だった。  無防備に曝け出されることになった後孔は、犯され続けたせいで閉じることもできず、薄く血の混じった粘液を垂れ流す。赤く捲れ上がった肉の環が小刻みに震えながら汚液を吐き出すさまを、男たちは嗤いながら詳細に伝えて辱めた。  息を詰めて恥辱に耐える口がこじ開けられ、丸めたシャツの切れ端とともに上から轡を噛まされる。呻きは口の中の布に吸い込まれてしまい、どうかするとその布を飲み込んで窒息しそうだ。 「その辺にしておいたらどうです、お姫さん。そろそろ本気で死んじまう。王様の兄弟だか、王位継承者だか知らないが、生かしておいた方が利用価値があるでしょうよ」  醒めた様子で状況を見守っていたコーエンがアリアに声をかけた。アリアはそれに冷笑で応えた。 「私は取り分として『王妃』を貰う約束よ。あちらは『国王』を手に入れたのだから、私がこれをどう扱おうがあちらの知ったことではないわ」  頑なな答えにコーエンもあえて逆らうつもりはないらしい。肩を一つ竦めると壁際に凭れて傍観の姿勢を取った。  仲間を呼びに行ったはずの男たちはなかなか戻ってこない。  気が遠くなりかけながらもアリアに視線をやったシェイドは、ベールの下から垣間見えた素顔を見て、思わず引き攣るように息を吸い込んだ。扇で隠されていたアリアの口元が、不自然に歪んでいるのが見えたのだ。 「……何を見てるの」  恨みの籠った低い声が、アリアの歪んだ口元から漏れた。シェイドは背筋が寒くなるのを感じた。  以前白桂宮で相対した時、彼女は非の打ちどころない美貌を誇っていた。だが今は頬から口元にかけてが不均衡に歪んでいる。なまじ目鼻立ちが整っている分、その歪みは性根から捻じ曲がったようなひどい醜さを感じさせた。 「これはお前のせいよ……」  ギラギラと光る黒い瞳が視線でシェイドを刺し殺さんばかりに睨みつけた。 「お前のせいで、私の顔は……。お前如きに惑わされて私に手を上げた国王も、お前も、皆死んでしまえばいいのよ。楽な死に方なんて絶対にさせないわ。少しずつ身を削いで、生きながら焼き殺してやる。声が嗄れるまで、殺してくれと叫び続ければいい」  吊られる苦痛も忘れ、シェイドは愕然とその言葉を聞いた。間近からぶつけられたのは、今まで想像してみたことさえない、ゾッとするほどの悪意だった。  ウェルディリア貴族の正統な美しさを誇っていたアリアが、国王と奥侍従のせいでその美貌を失った。おそらくは白桂宮を訪れたあの時に起こったことだろう。ジハードの平手を受けてアリアはホールの床に倒れ伏したが、まさかジハードが貴婦人を相手にそこまでの痛打を浴びせていたとは思いもしなかった。  怒りの収まらぬジハードは蟄居を命じたが、そうでなくとも彼女は二度と社交界には出てこられなかっただろう。醜く歪んだ顔は、宮廷で嘲りと物笑いの種にしかならない。  彼女が王宮へ返り咲くには、どんな大貴族の奥方でも令嬢でも決して得られぬ、至高の地位を得て君臨する以外にないのだ。 「……そんな目で見ないで頂戴。同情してもらわなくとも、お前の顔はもっと醜い化け物にしてあげるから」  激情を抑えるあまりに震える声で、アリアは低く言った。  壁際に行って燭台を手に取った彼女は、それを持ってシェイドの元へ戻った。どうするつもりなのかは、聞くまでもなかった。 「……ッ」  耳元を炎に炙られて、反射的に顔を背ける。熱による痛みを感じたのはその後だ。  縄が軋み、滑車を中心に体が回った。脇腹が炙られ、腿の裏側が炙られ、一周して顔のところに戻ってきた。チリチリと髪が燃える異臭がする。 「……汚らしい髪ね。ウェルディリア人らしくなるように真っ黒に焦がしてあげるわ。白い肌も、その気味悪い青い目も。……黒焦げの死体になったら、国王の元へ返してあげる。そうしたらあの方も、私に跪いて求婚するしかないでしょう?」  男たちの精液に濡れた髪は燻りながらも、ところどころ炎を上げて燃え落ちていく。首や耳元を熱に炙られて、シェイドは呻きを上げながらもがいた。吊り上げられた体がくるくると回り、全身を燭台の炎が少しずつ舐めていく。もう一度ゆっくりと一周したところで、アリアは猿轡の布を掴んでシェイドの顔を引き寄せた。  恨みに引き歪んだアリアの顔を、蝋燭の炎が遮った。 「目を開けて見ていなさい。そうすれば熱い思いをするのは一度で済むわ」  溶けた蝋を縁一杯に溜めた蝋燭が近づいてくる。顔を背けたくとも髪ごと猿轡を掴まれて動けない。目を眇めてシェイドは呻いた。  何とか逃れようと必死で首を振れば、いっそ直に焼いてやろうと、蝋燭が傾けられた。溶けて半透明になった蝋の塊が、落ちてくる――――! 「…………」  目を閉じて身を固くしたシェイドの顔に、蝋は落ちてこなかった。  ジュ、と微かな音をさせて熱が消える。恐る恐る目を開けたシェイドは、蝋燭の先端を握りしめた大きな手と、小山のような男の姿を認めた。 「ニコ……!」  地下牢の低い天井に頭が閊えるほどの巨漢だった。炎を握りつぶした拳も分厚い革の手袋かと思うほど大きい。巨人の国から現れたような大男は、ベラード領の兵士の軍服を身に着けていた。 「下がりなさい! ラナダーン殿の乳兄弟でも邪魔は許さないわ。これは私の取り分よ!」  アリアが吠えたが、ニコと呼ばれた巨漢は意にも解さぬ様子で蝋燭を投げ捨てた。 「申し訳ありませんがこれは歴とした男で、『王妃』ではございませんので」  言葉遣いは慇懃だが、アリアに対する敬意は感じられなかった。  男は言うだけ言うとアリアを無視して、天井から下がる縄を滑車ごと掴み、それを無造作に引き抜いた。支えを失って落下しかけた体が、巨漢の太い腕に軽々と支えられる。 「若様のご即位のための重要な駒ですので、これはこちらで預からせていただきます」  まるで小さな犬の子でも抱くように、片腕一本でシェイドを横抱きにすると、男は傭兵たちを一瞥しただけで地下牢の出口に向かい始めた。 「コーエン! 取り返しなさい!」  傭兵の頭の名が金切り声で叫ばれたが、髭の男は壁に凭れたまま肩を竦めただけだった。正面切ってやり合うには、分が悪い相手だと言いたげに。  体の幅とほとんど変わらない階段を上るために、男はシェイドの体を抱え直して自分の肩の上に担いだ。地下の淀んだ空気とは違う、冷たいが新鮮な夜風を吸って、やっとアリアの手から逃れられたのだと実感できる。  どこへ何の目的で連れて行かれるのか、少しでも情報を得なければと思った。そう思った端から、張りつめていた緊張の糸がプツリと切れて、意識が遠のいていく。 「――ファラスの御使い……」  闇へと沈んでいく意識の中で、最後にシェイドは岩のような大男がそう呟くのを耳にした。

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