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第32話 溺れる者

 ――シェイド……。  名を呼ばれて、シェイドは微笑みを浮かべた。  なぜだろう。こんな風に名を呼ばれるのが随分懐かしく感じられる。  陛下、と答えそうになって思い直し、ジハード、とその名を呼んだ。名を呼ぶことを許されているのは、深い寵愛の徴だ。昼も夜もなく求められすぎて、その心地よさに溺れそうになる。  今も熱を持った逞しい体がシェイドを抱きしめ、猛々しい牡の象徴が身の内深くを抉っていた。妾妃を迎えるようにと進言するたび、国王は眉を寄せて不機嫌そうな顔をする。お前にしかこんな風には勃たない、ずっとお前だけを抱いていたいのだと、耳朶を噛みながら熱っぽく囁かれれば、諫める言葉など消えてしまう。 「ああ、ぁ……」  浅いところを執拗に責められて、シェイドは啜り泣きを漏らした。そこが弱いと知っていて、時折ジハードはシェイドが音を上げて泣き濡れるほど酷く苛む。男としての解放を許されぬまま中で何度も逝かされて、まるで自分が獣の雌になったような気分を味合わされる。  朧気に記憶に残る、犬たちの交尾。悲鳴のような鳴き声を上げながらも、雄と雌はしっかりと体を重ねて交わっていた。あれと同じことを自分もしている。 「もっと……奥も……」  入り口の肉環を出入りする雁でひっかけて開かれるのも、入った直ぐの場所を張りつめた先端で擦られるのも、どちらも切なくなるくらい気持ちいい。けれどシェイドが一番好きなのは、太くて硬いジハードの怒張を体の奥深くいっぱいまで呑み込んで、腹の底をグリグリと抉られるされ方だった。  体と体が密着して、身の内側も外側もすべて支配される気がする。あの逞しいもので最奥を突かれると、腹の底が押し上げられて息も止まり、下腹からは波のような悦楽の疼きが絶え間なく押し寄せ、肉環は呑み込んだ国王の命の脈動を感じて疼く。  全身で熱い国王の体を受け止めて、最後にきつく抱きしめながら唇を吸われれば、その瞬間だけは生きていることに意味があったと思えるのだ。 「あ!……あ……!」  肉筒の壁を掻き分けながら、剛直が深く入り込んでくる。  ああ、そこだ。望む場所に与えられて思わず両足で縋りつき、一番奥まで辿り着くように尻を振って迎え入れる。くちゅ、ちゅ……と淫蕩な口がしゃぶりつく水音が聞こえた。 「ジハード……」  気持ちいい。もう中で逝ってしまいそうだ。臍の辺りが溢れる蜜で温かく濡れていく感触がある。  抱きしめて欲しくて両手を伸ばそうとしたが、腕は押さえつけられているかのように動かなかった。 「ジ……」  抱いてほしい。胸にも触れて、首筋に口づけも欲しい。愛しているといつものように熱っぽく囁いて、身体の奥に情熱の証を満たしてほしい。下腹が捩れて苦しくなるほどたくさん……。  そう強請ろうとした時、左の頬に焼けるような衝撃があった。 「……この、薄汚い娼婦め!」 「――――ッ!!」  天上から地の底に叩き落されるような衝撃に、シェイドは鋭く息を吸い込んで目を見開いた。瞬きを繰り返して辺りを確かめようとする。服も脱がぬまま圧し掛かっている相手を認めて、シェイドは引き攣るような悲鳴を上げた。  ジハードではない、別の男だ。 「雌犬が!……男なら誰でもいいんだろう! ここに突っ込まれれば誰にでも尻尾を振るんだろう!」 「ア! ア! ア!……ッ!」  違う、そうじゃない。誰が好き好んでジハード以外の相手に触れさせたりなどするものか。  そう言いたいのに、両足は男の腰を捉えて離さず、腰は男の精を搾り取るための淫靡な踊りを止められない。 「嫌……!」  嫌だ、こんなことは嫌だ。  もしもジハードに知られたら、今度こそ蔑み切った目で見られ、二度と名を呼ぶことも許してもらえない。  首を振って拒絶し、頭の上で押さえ込まれた手に力を込めたが凌辱はやまなかった。それどころか一層激しく腰を叩きつけられて、抑えきれない悲鳴交じりの嬌声が口を突いて飛び出した。 「やめて!……離し、て、ぁ、ああ!……ぁああ!……奥は、突かないでぇ……ッ」  吐き気がするほど嫌だというのに、貪欲な体はラナダーンの言葉通り、誰の男根でもいいのだと歓喜して男を貪る。  中を責められて辿り着く深い絶頂が立て続けに襲い来た。痙攣するように肉壁が牡をしゃぶり、じゅぷじゅぷと耳を覆いたくなる音を立てる。気持ちいい。――ジハードでないと分かっているのに、もう昇りつめるのを止められない。 「……逝く、ぅ――……ッ!……やっ、そこ、そこだめぇ、だめ……ぁあああ、逝っちゃう! もう、逝っちゃうぅうッ!……!」 「……こ、の……淫売め……ッ」  尻の中の肉棒を絞めあげながら、シェイドは頂に駆け上った。  ラナダーンは苦々し気に一つ毒づくと、己の快楽を貪るのに一心になった。淫蕩な娼婦の肉体を征服せんと、両手を寝台の上に突き、隆々とした怒張の全てを使って荒々しく責め立てる。悦びに痙攣しながら絡みつく媚肉を振りほどき、抜ける寸前まで身を離した後、一気に奥まで攻め上げた。 「……ヒィ――ッ!……ッ」  肉環から最奥までを一気に貫かれ、シェイドは背を反らせて全身を強張らせた。駆け上っている最中に腹の底を抉られて、絶頂感が止まらない。大きな波が立て続けに襲い来て、頭の中が真っ白に塗り替えられていく。 「ぁああッ!……あ!……ァアアアァア――――ッ!……ッ!」 「……ッ!」  体の奥底に熱い迸りを感じた瞬間、シェイドは耐えきれずにラナダーンの背に縋り、両手に服を握りしめて気を飛ばしていた。  項垂れて肩を上下させていた男の呼吸が徐々に収まっていく。精を吐き出して満足したのだろう。  まだ整わぬ息を浅く吐きながら、シェイドは痺れて力の入らぬ手で顔を覆った。――国王でないと分かっていたのに、自ら手を伸ばして背に縋り、気をやってしまった。  中で昇りつめた時の余韻は長く続いて、なかなか身の内を去ってくれない。男として精を吐き出したときとは違って、肉体は快楽の高まりに留まったまま、燻るようなさざ波が繰り返し押し寄せてくる。  ――もっと欲しい。  傭兵たちに犯されてから、誰にも触れられぬまま丸三日が経過していた。毎夜枯れ果てるまでジハードに愛されてきた体は、一度や二度の絶頂では物足りなかった。この高みから降りぬまま、もっと全身を愛撫され、深く長い悦びに酔い痴れたい。  意志とは無関係に肉環が震え、中に食んだままの牡を締め付ける。身の内から溢れ出るまで精を寄越せと――。 「……お前……」  ラナダーンが顔を上げる気配がした。視線を合わせることもできずに、シェイドは顔を覆ったまま啜り泣く。卑しい自分の肉体を呪いたかった。  もっと激しい交合が欲しいのだ。相手は誰でも良い。身体の内側を太いもので荒々しく埋めて、気を失ってしまうまでもっと、際限なく何度も逝かせて欲しい。声も涙も枯れるまで歓喜に溺れさせて欲しい。 「……っ」  その望みに応えるように、体内の肉塊が重みを増し始めた。 「……これが、王の奥侍従か」  何かを堪えるように呟いたラナダーンの怒張が勢いを取り戻し、欲深い肉壺を内側から押し広げていく。シェイドの腰が小刻みに揺れ、脈打ちながら育っていく肉塊を柔らかく抱き留めた。吐き出されたラナダーンの体液を潤滑剤に、吸い付く音を立てて、砲身を上から下まで舐め回す。 「……ふ……ぁ、あ……」  薄く開いた唇からは、再びの昂揚に期待を抑えきれぬ喘ぎが漏れた。顔を隠す両手が、ラナダーンの手で引き剥がされる。恍惚に潤んだ目がなおも物欲しげに瞬くのを、ラナダーンは見たに違いない。 「天性の娼婦め……」  ラナダーンは歯の間から絞り出すように呻いた。  組み敷いたのは、少年のようにしなやかな細身の肢体。  白い肌は上気して鮮やかに色づき、触れればしっとりと掌に吸い付く。あどけなささえ感じさせる、年齢を読ませない顔は良く作られた人形のようだが、縋りつくように見上げる潤んだ瞳や、涙の粒を載せて震える睫毛は、どんな造り物も持ち得ない瑞々しさだ。  高まると白い頬が薔薇色に色づき、濡れて開いた唇からは甘い吐息が漏れて、男の目と耳を愉しませる。儚さを感じさせる透き通った声は、昇り詰めるその瞬間には命の全てを迸らせるように高く放たれ、恍惚のたびに潤む瞳は二度三度と男の情欲を誘う。  ――一度でも触れれば病みつきになる、魔性の肉体だった。 「これが好きか。……こうやって、奥まで乱暴に突き上げられるのが」  十分に猛った武器で蜜壺を突いてやれば、声もなく喘ぎ、苦悶するように眉を寄せる。だが偽ることのできない媚肉は歓喜してラナダーンの牡に絡みつき、吸い付くように断続的に絞ってきた。小振りな尻が淫靡に蠢き、自らの好い場所を突かせようと擦りつけてくる。どこまでも淫らで欲深い肉だ。  ――溺れるな。  誘われるように腰を打ち付けながら、ラナダーンは己に言い聞かせた。  これは北方人だ。ファラスの御使いの如き姿をしているが、犬に等しい卑しい生まれで、色香で国王を惑わせた男妾だ、と。  だがそう言い聞かせねばならぬ時点で、十分に溺れかけているのだとラナダーンは自嘲した。溺れるなという方が無理というものだ、この魔性には。 「……あ、ああぁ……いやぁ……ッ、また……い、く……ぁ、あ、あッ! ぁあ――――ッ……!」  薄い腹の上に溜まった蜜を指に取り、それを胸の飾りに塗りつけてやれば、慎みを知らない奥侍従は身悶えしながら極まっていく。  嫌だと言いながら強請るように胸を突き出すのだから、これを虐めてくれと言っているのだ。指で強めに弾いてやれば媚肉が痙攣するように何度も締まり、きつく抓ってやれば腰が揺れてラナダーンを追いあげる。中を精で満たせと、熱い肉壺が訴えた。 「あぁ!……もう、中が蕩ける……ぁッ、好い……い、ぃぁああ!……いく、逝くぅ――!……ッ」  びく、びく、と全身を跳ねさせながら白い体が再び昇り詰めていく。男としての用をなさない部分から蜜が零れ、血の気を上らせた美しい顔が恍惚となった。男に生まれておきながら、女の悦びに啼き狂っている。まるで底なしの沼のように、自分がこの肉体に引きずり込まれていくのをラナダーンは感じた。  身を退こうとしたが、媚肉が絡め取るように引き寄せる。どこにそんな力があるのか、すらりとした両足に腰を捕らえられ、骨の細い両手に縋りつかれると振りほどけなかった。  ――これは、ただの戯れだ。  ラナダーンは逃れられない自分に言い募った。これは束の間の余興だ。溺れるだけ溺れても、為すべきことさえ忘れなければいいのだ。  そう言い聞かせれば、今まで感じたことのないような征服感が押し寄せてきた。  王の奥侍従を奪い取るのは、玉座を奪い取るための前座だ。これはいずれ全てが手に入るということの予兆なのだと。 「……シェイド……!」  名を呼べば、それに応えるように肉壁が締め付けてくる。  ラナダーンは低く呻きながら、二度目の精を思うさま中に叩きつけた。  涙の浮かぶ目ですすけた天井を見つめながら、シェイドはヒクヒクと唇を震わせていた。  ラナダーンに抱かれて、いったいどれほど絶頂を味わっただろうか。指先まで痺れるほど深い快楽を味わいすぎて、力が入らない。ジハードと体を合わせた時と同じ、身も心も満たされるような法悦の連続だった。 「……国王に会いたいか」  その声に、シェイドは緩慢に顔を傾け、潤んでぼやける視界で声の主を探した。  ジハードがそこにいる。――いや違う、これは別人だ。そんな問答を頭の中で行わなければならないほど、思考が乱れて纏まらない。 「会いたい……」  半ば嗚咽するように、シェイドは素直な望みを口にした。  今すぐ会いたかった。会って、自分が仕えるべき主を確かめておかなければ、何のためにここにいるのかわからなくなってしまいそうだ。 「会いたい……会わせて、ください……」  縋るように伸ばした手は、力が入らずに震えていた。その手をラナダーンが握った。 「なら行くぞ。国王がどう過ごしているか、見てみればいい」  服の乱れを整えたラナダーンが、床に落ちていた掛布を拾ってシェイドの体を包み込んだ。そのまま軽々と、まるで小さな子供を抱えるように片腕抱きに抱き上げる。不安定さに怯えて、シェイドは両腕でラナダーンの首に縋りついた。  腰が砕けてとても歩ける状態ではないから、そうする以外に方法はなかった。それがジハードの目にどんなふうに映るかなど、気にする余裕はなかった。  ラナダーンはシェイドを抱えたまま、外で待っていたニコに合図して扉をくぐった。  悦楽の余韻で霞がかかっていた頭が、そこで急に目が覚めたようにはっきりしてきた。砦の内情を知る、千載一遇の機会だと分かったからだ。  無力を装ってラナダーンに身を預け、見るともなしにぼんやりと目を開けている風を装い、シェイドは視界に入ってくるものを何一つ見逃すまいと意識した。閉じ込められた部屋の位置、見張りの人数、砦の規模――脱出のために知っておくべきことは無限にある。  続きの間には見張りが一人と、通路を進んだ先にある階段の下にも一人いた。閉じ込められていたのは兵舎のような建物の四階に相当する部屋で、一階部分は傭兵たちの詰め所になっているらしい。傭兵で溢れる一階の通路を通り過ぎる時、ラナダーンに抱えられて進むシェイドを見て、見覚えのある数人がいやらしい嗤いを浮かべた。  傭兵の頭であるコーエンの姿も、その中にあった。髭の男は握り拳の間から出した指先を出し入れして、性交を示唆するようなしぐさを送ってくる。今し方までラナダーンに抱かれていたことも、傭兵たちに知られたのだろう。  一旦建物の外に出た後、中庭を突っ切って塔へと進む。周囲は高い城壁に覆われており、とても登って逃げられる高さではなかった。確かこの壁の向こう側には外堀もあるはずだ。登れたとしても、今度は降りることができないだろう。  シェイドが閉じ込められている兵舎と塔の間は、歩けば結構な距離があった。居住区として使っている兵舎の警備には傭兵が就いていることが多かったが、塔の近くを守るのはベラードの領兵だ。  入り口には帯剣し矢筒を背負った領兵が二人。螺旋状の階段を上っていくと、二階と三階部分は無人だったが、四階には領兵のための小さな詰め所があった。椅子と寝台が三つ置いてあることから、少なくとも三人はここに詰めている様子だ。  五階に続く螺旋階段には、俄か拵えの柵が設けられている。この先が国王の幽閉場所になっているらしい。  柵の鍵を開けさせて、ラナダーンが力強く階段を上り始める。  息が苦しく感じるほど胸が高まっていくのを、シェイドは感じた。

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