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第64話 楽園に咲く神の花(完結)

 柔らかな風が窓の外の蔓を揺らし、部屋の中まで匂いを運んできた。  男は鼻を鳴らして、青く清々しい匂いに甘い花の薫香が混じっているのを嗅ぎわける。胸の上で突っ伏していた伴侶が目を覚ましたようだ。 「……腹は満たされたか、花の君」  胸の上で満足そうな吐息を漏らした相手に、テオドール――戦の神とも、建国の王とも呼ばれた男が声をかける。  呼びかけられた相手は手を突いて体を起こし、自らを抱く男を見下ろした。  鬣のような見事な黒髪、深い闇と同じ色の瞳。  その瞳の奥には、金の虹彩が僅かに煌めいている。この男が黒い豹だった時の名残、大地から取り戻した力の徴だ。 「ウェルディ……!」  あまりにも懐かしい姿に涙を浮かべて、花の化身は男の首にしがみついた。  眠っていた時間が長すぎて、花はすっかり自分が何者かを忘れてしまっていた。  白桂宮を訪れた若者の目に金の虹彩があるのを見て、何か思い出しそうな気はしたのだ。だが、まさか自分自身のことまで忘れていたとは思いもしなかった。  全身でしがみついて身を寄せてくる伴侶に、男はばつが悪そうに苦笑しながらその体を抱きしめた。 「我はずっとお前の側に居た……片時も離れず、ずっと側に居たぞ」  花は首元に顔を埋めたまま返事をしない。寂しかったのだと、無言のまま責めてくる。ウェルディは宥めるようにその背を撫でた。  ウェルディ自身も記憶を取り戻したのはついさっきのことだ。  大地に拡散した力を取り戻すため、ウェルディは自らの系譜の中に何度も意識を沈めた。繰り返すうちに記憶は薄れていったが、番のことだけは片時も忘れたことはない。常に求め続け、愛し続けてきた。――けれど、花にはそれが伝わらなかったのだろう。  男は笑いながら軽く体を揺さぶって、しがみつく花に悲鳴を上げさせた。 「思い出せ。誰とまぐわっても心地よかっただろう。どの王もすべて我だったのだからな」 「ウェルディ!」  まだ体内に入ったままの太い杭を揺らされて、花は怒って顔を上げた。  獣の愛し方は荒々しくていけない。油断していると散らされてしまいそうだ。 「……花の君」  やっと顔を上げた番に、ウェルディは微笑みかけた。  こうして再び出会うまでの間に、様々なことが変わってしまった。地上には人間が増え、神とその眷属は姿を消した。  けれど、ウェルディのささやかな望みは今こそ叶えられるに違いない。  男は花の背を抱いて囁いた。 「我の子を産んでくれ。ファラスのためでも地上のためでもなく、我らの新しい家族をこの腕に抱くために」 「ぁ……っ! あ、あぁ……」  悪戯な指が密着した足の間に滑り込んで、花は甘い悲鳴を上げる。  牡を受け入れている場所の手前。蜜溢れる亀裂の中に指が沈んでいくからだ。薄い壁越しに擦り合わせるように指と怒張とを動かされ、二穴を同時に責められる悦びで腰が淫らに動き始める。指が入り込んだこの奥に、子を宿すための場所があるのだ。  もしも子が出来たなら、新しく生まれるのは何者だろう。それは神々の王たるファラスの後継かもしれぬし、力無きただの人間かもしれない。だがそのどちらであっても、愛しい相手との子であることは間違いない。なんと素晴らしい事だろう。  花はこの地に根を下ろし、大地に混じるウェルディの気配に包まれながら咲き誇る。長い時の流れも、家族を見守るためなら悪くはない。いつかまたウェルディの記憶を持つ子が生まれ、そしてまたいつかは、花自身も枯れてこの地に還る日が来る。それがどんなに遠い先のことでも、もう寂しくはない――。 「抱いてください、ウェルディ……雌の場所にも、種を注いで……」  ウェルディは甘い匂いを漂わせた番を、目を細めて眺めた。  初めて会った時は固い蕾だったが、今はもう満開の花だ。美しく咲いて、次の世代を生み出すべき齢に到達している。その証拠に亀裂はふっくらと盛り上がり、芳醇な蜜を垂らしていた。  長い舌でべろりと頬を舐め、ウェルディは獰猛な笑みを浮かべた。初めからそのつもりだ。  雌の場所にも、そうでないところにもたっぷりと注いでやる。生き物を誘う甘い匂いが、ウェルディの放つ精の匂いで掻き消されてしまうほどに。 「お前が音を上げてやめてくれと乞うまで、たっぷりくれてやる」  中の具合を確かめるように指を開く。番の花が腰を上げて、抜き出したばかりの砲身をもう一つの入り口に擦りつけた。発情した花の匂いがウェルディの理性を狂わせる。  ――花の眷属というのは、どうしてこうも素直で可愛らしく、いやらしいのか。  ウェルディは望みの通りに、猛々しい逸物で濡れた肉襞を開いていった。甘く尾を引く破瓜の声が部屋の中に木霊する。  花の匂いが濃厚になったのを感じて、男は窓に目を向けた。  白い蔓花があちらこちらで咲き始めている。春の訪れを告げるように、風は柔らかにそよぎ始めた。じきに大地は緑に染まっていくだろう。  この地上が楽園に戻る日も、そう遠い日のことではなさそうだ。  男は身を起こすと、愛しい番をもう一度我が物にせんと、荒い息を吐く体に圧し掛かっていった――。

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