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第63話 神饌:閉ざされた宮②

 ――太古の昔。  豹の神は戦いに敗れ、獣の姿と黄金の瞳を喪って人へと堕ちた。  鬣のような黒髪と漆黒の目の偉丈夫となり、手に剣と盾を携えて、彼は自らの領土に王国を築く。  王の傍に侍るのは、大きくなった腹を大切そうに撫でる妃たち。王と似た面差しと浅黒い肌、黒い髪に黒い瞳を持つ豹神の眷属だ。彼女らは男神の力が眠るこの地に城を構え、男神の血統を守るために人となって血族婚を繰り返した。  玉座に就き、記憶を引き継いでは、人の子の定命に消えていく王たち。  世代を重ねるうちに血も薄まり、その記憶もいつしかあやふやになり、ただ王統を守ることだけが残っていく。  ある時、異国の女が生んだ子は、産声を上げるなり雪の中に放り出された。死んだ赤子を苗床に花の種が芽吹き始める。  若葉はやがて蕾になり、芳しい匂いを放つ若木となった。  王は若木のための白い宮を建て、己の側で花開くようにと閉じ込める。花弁を抉じ開け蜜を啜り、花に命を捧げて消えていく。  次の王も、次の王も――。  繰り返される愛憎と喪失。身の内に眠るウェルディの血に突き動かされるように、王たちは花に命を捧げ続ける。  そうとは知らぬまま、大地から得た男神の力を花に分け与えるために。  それから何百年もの時を経て、最後の王が現れた。  二人の赤子に乳をやる女は、自らの子が玉座に就くことを願って、王と我が子を取り換える。まだ目も開かぬ我が子が、黒い眼を持つことを祈って――。  やがてその子が王位に就いた時、宮の扉は蔓に閉ざされ、大地の恵みは気脈を断った。 「わぁあッ!……どうかお許しをッ! お許しを……ッ!」  怯え切った悲鳴にテオドールは正気に返った。  寝室を覗いた兵士たちが、両手に抱えた宝石を投げ捨てて後をも見ずに逃げ出していく。その後ろ姿を見送ってから、テオドールは寝台を振り返った。  若く美しい神がそこに居た。  人と同じ形をしていたとて、これを人間と見紛う者は居るまい。一目見ただけで、生身の人間には到底持ち得ぬ品格がその正体を物語る。  朝の光のように輝く白金の髪、透き通るような白い肌に若木のような伸びやかな肢体、そして神々しいまでの高貴な美貌。  それはまさに花の王とも呼ぶべき絢爛たる神の姿だった。  寝台の上に半身を起こした神は、青く澄んだ瞳を開いてテオドールの目を見つめていた。  額の星青石と同じ色の瞳には、黄金の虹彩が幽かに揺らめいている。その虹彩がテオドールにすべてを悟らせた。 「ご寝所をお騒がせして申し訳ございません」  一歩下がって床に跪き、低く頭を垂れてテオドールは宮に侵入した無礼を詫びた。  伝説の通り、ここは神の住まう宮だった。他の者は皆取るものも取らずに逃げ去ったらしい。それもそうだろう。テオドールたちはウェルディの末裔である王を殺し、厳重に封印された扉を押し破って、財宝を盗み取るためにこの禁域へ侵入したのだから。  目覚めたばかりの神が、さらさらと絹が擦れる微かな音をさせて寝台から降り立った。  足首に届く長い白金の髪が、窓から差し込む光で虹のように煌めく。額の宝冠と緩く纏った薄衣以外に身を飾るものは何一つないが、それで十分だった。  大仰な宝石や金糸の刺繍を施した法衣などは、この神には必要ない。ただその身がそこにあるだけで、尊い身分を表すのに何の不足もない。 「……アルグレッドは……?」  風に揺れる鈴のような声だった。テオドールは深く身を折ったまま答えた。 「ウェルディリアの最後の王として、天に召されております」 「……そう……」  短い返答には憐憫の響きが感じられた。  ――テオドールは脳裏に流れ込んできた最後の光景を思い出す。  どれほど懸命に情愛を捧げても、日に日に弱っていく神の化身。  眠りの感覚が長くなり、ついに鼓動が止まった時、アルグレッドは己の中にウェルディの血が流れていないことを確信した。  絶望の中、国とともに滅ぶことを覚悟した王。彼は薄々気付いていたのだろう。自分が誰と取り換えられたのかを。 「花の御方」  テオドールは手を伸ばし花神を呼んだ。薄衣の裾を掬い取って唇に押し当てる。  流れ込んできた記憶が神の正体を教えた。神に仕える者に与えられる名も。  次々と生まれては死んでいく王たちに神は名を授け、ウェルディの力を受け取る代わりに大地に豊穣の恵みを与えてきた。命を捧げることを許されるのは、尊き黒豹の神ウェルディの末裔だけだ。  ウェルディリアの最後の王は消え去ったが、ウェルディの血統を継ぐものは、まだここに最後の一人が残っている。 「私に、捧げる者の名を――『ジハード』をお与えください」  テオドールは自らの運命を選び取った。  歴代の王と同じだ。一目その姿を目にしただけでテオドールの魂は花の蔓に絡め取られてしまった。体の中に眠るウェルディの血が騒ぎ始める。――この花を我が物にせよ、と。 「ジハード……」  神が名を呼ぶ。昔を懐かしむように。  かつて、この神にも自らを人間だと信じる時期があったのだ。神を愛し神に愛された伴侶の名が、後に神に身を捧げる者の名――神饌の呼び名となって代々の王に受け継がれてきた。  『ジハード』の名を継ぐ者だけが、神に触れることを許される。  顔を上げて見上げるテオドールの前に、優美な白い手が差し出された。 「新たなるジハード。……私は貴方のものです」  王たちの命を刈り取ってきた白い繊手。  その手をテオドールは恭しく両手で預かり、忠誠の印を手の甲に落とした。  最後に女と肌を合わせたのはいつのことだったか。  白い裸体を組み敷きながら、テオドールは考える。  爵位を継いだ時には、すでに国土は荒れ始めていた。後継ぎを得るために妻を迎える話もあったが、領地の立て直しや他家からの救援要請に奔走する日々が続いて、それどころではなくなってしまった。男と同衾する機会などあったはずもない。  男女の別をつけがたい神の性が男であることを確かめて、テオドールは内心で呻いていた。  自身の欲望はすでに痛いほど猛っている。  今すぐにでも挑みかかりたいが、手ほどきを受けた相手からは『容易く受け入れられない大きさ』だと言われた。無礼を働くわけにはいかない。 「焦らないで……どうか、ゆっくりと……」  唇が触れ合いそうな距離で花の神が囁く。その言葉とともに、猛る砲身にしなやかな指が絡みついてきた。 「オッ、ウ……!」  柔らかな動きで包み込まれて、テオドールの口から情けない呻きが漏れた。清廉な姿をしていながら、指の動きは情欲を煽り立てるようにひどく淫猥だ。  五本の指が幹の部分に絡みつき、裏筋を撫で上げながら掌で先端を包み込む。掠めるように亀頭を撫でられ、括れの部分を擽られると腰のあたりから震えが走った。何百年も王たちの精を搾り取ってきた指使いは怖ろしく官能的だ。  興奮しきった牡が見る間に追い上げられていく。これでは事に至る前にあっけなく弾けてしまいそうだ。 「嬲らないでください、花の御方」  強く掴めば折れそうな手を上から押さえ、テオドールは恥を捨てて白状した。 「あまり慣れておらぬのです……そのようにされると……ッ」  息を荒げて訴えるテオドールに、愛撫の手がやっと止まった。すかさず指を絡めて手を引き剥がしたが、すでに先走りの液が肉の薄い掌を汚している。もう少し遅かったら危なかった。テオドールは密かに舌打ちする。  最後に女を抱いた時にはこんな体たらくではなかったはずだ。褥での主導権を握って、紳士的に相手を愉しませてやれたはずだった。あの時はどんな風にしたのだったか。  過去の栄光を思い出しながら、テオドールは細身の体を包み込む薄衣を脱がせていく。  幾分細すぎるきらいはあるが、長く伸びた手足と思春期の少年のような初々しさを持つ、美しい裸体が現れた。肌はなめらかで、胸の飾りは淡かった。下生えはごく薄く、小振りな性器はまだ包皮に包まれている。  白く透き通る肌に、過去の男たちが残した痕跡は何一つなかった。あるのは胸の中央に刻まれた紋章だけだ。  円の中に六芒星を描き出した紋は、確か神々を統べる王のものだったと記憶している。テオドールは敬意をこめて、その紋章に口づけを落とした。 「あぁ、ジハード……」  溜息のような甘い吐息。それに励まされるように、テオドールは胸の柔肉にも唇を寄せる。  僅かに膨らんだ肉粒を軽く吸い上げ、硬くなってくる感触を楽しみながら舌先を這わせる。呼吸が乱れ、時折色めかしい鼻声が混じるのが耳に心地いい。  手つかずのままだった反対側の乳首を指で抓むと、美神が小さな声を上げて脚を擦り合わせた。 「足を開いて……」  隠すように閉じてしまった下肢に手をかけると、テオドールの手に促されるまま白い脚が従順に開かれていく。玉の肌とはこういうものをいうのか、すべすべとした手触りの良い内股に指を這わせる。すらりと伸びた脚の間で、少年のような屹立がもう形を変えていた。  テオドールはヒクヒクと震える男根に指を添えると、柔らかな皮を上からゆっくりと剥き上げた。 「……ぁ、んん……ッ」  艶めかしい声が聞こえた。腰がいやらしく揺れ始める。  乙女のような顔をして、この神は快楽に貪欲なようだ。テオドールは自分を慰めるときよりもずっと優しく丁寧に、若々しい牡を慰撫した。 「……は……ぁあ…………ぁ……」  美しい眉根を寄せて、目を閉じた神が腕の中で喘いでいる。  白かった頬に血の気が昇り、唇は赤みを増していた。濡れた舌が歯の間から垣間見え、喘ぎで乾いた唇を舐める動きの淫靡さがテオドールの下腹を直撃する。  しなやかな両腕は怯えたようにテオドールの肩に縋りついているのに、愛撫を受ける腰は淫らな動きで男の劣情を誘ってくる。  穢れを知らぬ無垢な少年のようでもあり、熟れきって蜜を滴らす淫婦のようでもあった。そのどちらが本当の顔なのだろうか。 「……あ……あぁ、ッ…………もう出る、零れる……ああぅッ……」  テオドールの愛撫に追い上げられるまま、麗しい神は奔放に精を吐き出した。  上気した肌から噎せるような花の匂いがする。脳髄を蕩かす蠱惑的な匂いだ。その匂いに追い立てられるように、テオドールは断続的に吐き出される精を絞り取った。  掌に受け止めた精液は、量は多いが色は薄くて緩い。テオドールはその液で指を濡らして、尻肉の狭間を探り当てる。  口を噤んだ窄まりは、まだ整わぬ荒い息に合わせて収縮していた。そこに潤滑剤代わりの体液を塗りこめながら、テオドールは浅く指を埋めてみた。  節くれだった指を、媚肉は吸い込むように呑み込んでいく。舐めしゃぶるようにねっとりと纏わりつきながら、搾り取るように締め付けてくる。指を根元まで呑み込んだ媚肉は、蠕動しながらなおも奥へと誘い込んできた。早くこの奥に子種を放ってくれとせがむようだ。――カァッと下腹が熱くなった。  この淫らな肉を望みのままに征服してやりたい。  温かく柔らかな肉だ。逃げ場がないよう押さえこんで隆々と猛った怒張を喰い込ませ、一気にぶち抜いてしまいたい。その時この神はどんな声で啼くだろうか。悦びに噎び泣くのか、それとも処女のように憐れな悲鳴を上げるのだろうか。  今すぐ組み敷いてしまいたい欲望を、テオドールは押し留めた。  小さな尻だ。腰も細く、腹は薄い。こんなところに自分の逸物が収まりきるとは思えない。腹を突き破ってしまうのではないか。  テオドールの逸物は相当逞しい上、長い間の禁欲のせいで歯止めが効くとも思えない。少年のように見えるこの神がどんな力を秘めているかは知らないが、力で捻じ伏せて犯し尽くすのはテオドールには容易いこととしか思えなかった。  乱暴にしてしまいそうで先に進めない。  踏ん切りがつかずに迷うテオドールの首に、白い両腕が絡みついた。 「も、う……待てません、ジハード……貴方が欲しい」  貪るような口づけ。中途半端な愛撫に焦らされて、堪えきれなくなったのは飢えた花の方だ。唇を吸い、舌を絡めながら、テオドールの体を寝台の上に押し倒す。  長い髪を片方の肩から流し落として体を起こすと、美しくも淫らな神はテオドールの腹の上に跨った。  天を突く怒張の大きさを手で確かめて、白い顔に一瞬怯えたような表情が浮かんだ。  だが次の瞬間、それは色めかしい煩悶の表情へと変わり、テオドールの逸物は熱い肉の中へと呑み込まれ始めた。 「あぁ……あぁ、あ……ぁあああッ……」  悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を上げながら、白い尻が肉の杭を呑み込んでいく。  熱くて狭い肉だった。吸い付くように締め付けながら、並外れた逸物を柔軟に呑み込んでいく。見た目の清楚さとは裏腹の欲深い肉壺だ。 「……あぁぁ、大きい……こんなに、奥……まで……ッ」  腰を浮かせたまま動きを止めて、片手で下腹部を押さえた神が苦しげに啜り泣いた。  白い下腹が、テオドールの逸物に押されて内側から盛り上がっている。――それを見た瞬間、箍が外れた。 「花の方……!」 「……ヒッ、ぁ……ぁあッ……!」  細い腰を両手で掴んで、テオドールは腹の上に乗った貴人に最後まで腰を下ろさせた。ぺたりと尻をついたところを下から腰を突き上げる。 「あ、ぐぅッ……!」  細身の体が弓なりに反って、悲鳴を上げながらビクビクと震えた。  白い腹は、臍のすぐ下まで不自然に盛り上がっている。小刻みに体を揺らせば、それが腹の内側で蠢く光景が堪らない。痙攣する肉が不規則に締め付けてくるのも言葉にできぬ快感だ。テオドールは軽い体を腹の上に乗せたまま、腰を突き上げ始めた。 「……ぁあ!……ぁあ!……待って、待っ……ひぅッ……あぅう――ッ……」  手を振りほどいて逃げようとするのを許さず、悶える腰を両手で掴み、逃げ場を無くして中を掻き回す。ひどく凶暴な気分だった。  相手は神だ。テオドールがすべてを捧げるべき花の化身。  だが今はもう肉に歯を立てて貪ることしか考えられない。花の匂いに中てられたように、テオドールの中に眠っていた獣性が目覚めてしまった。この花を力づくで犯し、腹の奥に精を叩きつけることしか今は考えられない。  絡みつく肉襞を振り切って大きく腰を使う。一突きごとに悲鳴が上がり、細い体が腹の上で優美にしなるさまが最高だ。隆々とした雄の象徴で狭い入り口を抉じ開け、慄く肉環を貫いていく感触のなんと心地いい事か。  豊かな髪を振り乱して、王家に伝わる花が噎び泣く。身を捩り、腰を浮かせて逃げようとすれば、浅いところを責め立て、力が抜ければ奥深くまで呑み込ませる。  固く強張っていた腰がテオドールの動きに合わせて揺れ、貪る動きに変わっていくのに時間は要しなかった。啜り泣きの中に甘さが混じり、萎えて勢いを無くした屹立から蜜が滴り始めた。  考えてみれば、花というのは淫らな存在だ。  美しい姿と甘い蜜をもって虫や鳥を誘い、自らのうちに招き入れて交配するのだから。 「あぁ……ジハード……ッ、ジハー、ド…………ァアアアアッ……」  頂きに昇りつめた花が神饌の名を叫ぶ。  この淫らな花は、何百年もの間こうやって王たちを貪り続けたのだ。だが、自らの宿命を呪った王などいなかっただろう。  命を吸って見事に花開いていく光景のなんと妖しく美しいことか。これを間近で目にして悔やむ者などいるはずがない。命を削るとわかっていても、夜も昼もなく抱かずにいることなどできるはずがない。 「……あぁ、出してぇ……中に、たくさん出して……私の中に……」  妖花がその本性を剥き出しにしてテオドールに喰らいついてきた。濡れた肉襞が怒張に絡みつき、搾り取るように締め付ける。薄い下腹を持ち上げて砲身が膨れ上がるのが見えた。――もう限界だ。 「出す、ぞ……!」 「アッ、ァア……ァアア――――ッ……!」  テオドールは頭を引き寄せて噛みつくような口づけをすると、絡みつく媚肉の奥へと精を迸らせた。

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