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後日譚二 鏡映し-2
再び項垂 れる俺を颯季さんは抱き寄せ、額 に触れるだけの口づけを落とす。情けなくて、恥ずかしくて、しがみつくように恋人に抱きついた。颯季さんはくぐもった笑い声を上げると、俺の耳元で囁く。
「哲くん、ぼくがいないあいだにぼくのこと考えてくれてたんだね。途中で入ってきちゃったみたいだし、お詫びさせてね?」
「え、と……。!」
颯季さんの指が、剥き出しになったままの俺の下半身へ伸びていく。腰を引くよりも、颯季さんの掌が陰茎に添えられる方が早かった。
お酒が入っているからか、颯季さんの指先は常よりも温かい。すっかり萎えてしまっていたそこは、渇望していた刺激を受け、簡単に悦んで硬さを得ていく。
「さ、颯季さん……っ」
「嫌?」
「やじゃない、です……、気持ちいい……ッ」
「ふふ。哲くんの腰、動いてるよ。えっちだねえ」
「いわ、言わないで……っ」
颯季さんの手が往復するのに合わせ、腰がゆらゆら動いてしまうのが、恥辱と興奮を同時に運んでくる。快感に翻弄されながら、俺はいつもよりフォーマルな雰囲気の颯季さんに問いかける。
「あ、の……同窓会は、どうなって……?」
「ああ」と颯季さんの苦笑が返ってくる。
「二次会の途中で抜けてきちゃったよ。よく考えてみたら、今になって会いたい同級生なんてそんなにいないしねえ。当時の先生と少し話しただけで満足しちゃってさ。それに、お酒もあんまり飲めないし」
俺に密着した体が肩を竦める気配がする。
快感の波に揉まれながら、そうなんだ、と内心でほっとした。
「ねえ、哲成」
愛称でない名前を不意に呼ばれ、心臓が一段と強く跳ねる。器用な指で俺のペニスをほころばせながら、颯季さんが吐息混じりに低く囁く。
「ぼくはね、君が役に立つから好きってわけじゃないんだよ。君にはなかなか伝わらないみたいだけど」
「それは……」
「もしもだよ。もし、君の霊媒の力が無くなったとしても、ぼくが君を好きって気持ちは変わらないよ。ずっとぼくのそばにいてほしいって思う。それって、束縛しすぎかなあ?」
「いっ、いえ、全然……ッ」
与えられる刺激がいよいよ高まり、一度は治まった熱がより勢いを増して、体の奥から一気に昇ってくる。総身を震わせながら、俺は颯季さんの腕の中で達した。びくり、びくり、と繰り返す痙攣の度に、白濁が颯季さんの掌を汚す。
吐精が済んだとき、俺は大きく肩で息をしていた。
「よしよし。気持ちよくなれて偉いねえ」
どこか遠くから颯季さんの優しげな声が聞こえる。髪を梳 く指の感触が心地好かった。
ベッドに倒れこみ、衣擦 れの音を聞く。おそらく颯季さんが上着を脱いでいるのだろう。
「哲くん、眠かったらそこで寝ていいよ」と気遣わしげな声が降ってくる。俺は身を反転させて、服を着替えている颯季さんの背中を見た。
この人は俺とは違う。自分の思っていることを、ストレートに他人に伝えることができる。相手がどう反応するかとか、悩んでも詮ないことを延々と考えてしまう俺とは違って。
でも。今なら、言えるだろうか。
「颯季さん」
「んー? どうしたの、哲くん」
「俺、不安だったんです。あなたが同窓会に行くって聞いて」
颯季さんが振り返る。その顔にはあからさまに「?」と書いてあった。自分の中の勇気と胆力を奮い立たせて、率直な気持ちを音にする。
「俺が颯季さんと出会ってまだ二年も経ってないですし……同窓会って昔の颯季さんを知ってる人ばかりってことでしょう。異性もたくさん来てたはずで……。颯季さん、前に守備範囲が広いって言っていたから、誘われたらもしかしたら、って」
「て、哲くん……」
絶句したらしい颯季さんが、着替えを放っぽってこちらへ駆け寄る。声音に焦燥の色を滲ませながら、早口で彼は言う。
「あれはね……確かにぼくは言ったよ。でも、前はそうだったかもしれないけど、今はもう君だけだから。他の人なんて関係ないんだよ」
君だけだから。その飾り気のない響きに、全身がじんと感じ入る。
この人に刻みつけられたいと思った。今すぐ、俺だけの証が欲しい。腹の底から、そんな暴力的なほどの欲望が膨れ上がってくる。
「颯季さん。俺、あなたとセックスしたいです。今すぐに」
「ん……んん?」
恋人の目が丸くなる。その様を、可愛らしいと思った。
俺は仰向けになったまま、体を開く。世界で唯一大好きな人の目の前で、一番無防備な部分を晒す。さっき俺自身の手にほぐされたそこはきっと、颯季さんの視線に応えるように、ひくひくと淫靡に蠢いていることだろう。
「俺だけって言うなら、颯季さんのをここに入れてほしいです。……奥まで、思いっきり」
俺は手を伸ばして、穴の入り口に宛がう。颯季さんは凍りついたように俺の痴態を見下ろしていた。彼の情熱的な台詞に浮かされて、俺は一体何をしているんだろう。脳の冷静な部分が自らを俯瞰しているようだった。
「哲くん……ああ、もう!」
石化の呪文から解けたみたいに、颯季さんがオレンジ色に染めた髪をがりがりと掻き回す。眉間に皺が寄った、珍しい(というか初めて見る)表情で唇を噛み、「くそっ」と吐き捨てるように言う。
その様子に今度はこちらが面食らっていると、寝間着の上と下着だけ身につけた颯季さんに、気づけば押し倒される構図になっていた。
俺の腕を掴む指には常になく力がこもっていて、与えられるやや過剰な痛みがむしろ快かった。だって、いつでも己を律している颯季さんが、今は俺が原因で我を忘れているということに他ならないのだから。
見上げれば、一対の瞳はぎらぎらと野性的な衝動で燃え滾っている。
「ぼくは君が心配だよ。いつの間にかこんなにえっちになっちゃって……」
「颯季さんの、せいですよ」
「そうだね。何もかもぼくのせいだ。だから他の人には見せない君の全部、ぼくに見せて?」
言うが早いか、噛みつくようなキスをされる。熱い手がこちらの顎をこじ開け、少しだけアルコールの味がする厚い舌がねじこまれ、咥内に嵐をもたらす。
「んっ、ふうぅ、はあ……っ」
すぐにお互いの鼻息が甘くなって、境目なく混じる。下半身にぐりぐりと当たるものがあった。颯季さんはいつもより興奮しているみたいで、そのことが俺を嬉しくさせる。
「ぼく、出かける前にシャワー浴びたんだ。だから、いいでしょ? もう……入れるから」
「……!」
毎回体を重ねるときには「入れていい?」と訊いてくれる颯季さんの、余裕のない宣言。下腹部がきゅうと反応する。俺の心も体も、颯季さんの強い欲を感じて悦んでいた。
両足首を鷲掴みにされ、脚を大きく開かれる。俺のペニスはとろとろと愛液みたいな先走りをこぼし続けていた。ゴムに包まれた颯季さんのそれが、ぐぐっと俺の中に分け入ってくる。その圧迫感を、いつもよりずっと愛おしく感じた。今この瞬間、彼と繋がっているのは世界中で俺だけなのだ。そしてこれからもずっと、そうなったらいい。俺みたいな人間には、高望みかもしれないけれど。
汗ばんだ頬を持ち上げ、颯季さんが不敵に笑う。
「はあ……哲くんの中、すごくうねってるよお。全部持っていかれそ……。そんなにぼくの、欲しかったんだ?」
喉を緩めたらあられもない声が出そうで、俺は口元を掌でふさぎ、こくこくと必死にうなずく。
颯季さんがぺろりと唇を舐めた。肉食獣が獲物の前でそうするように。
「哲くん、顔隠しちゃ駄目でしょう? さっきあんなに大胆なこと言っておいて。今さら恥ずかしがるなんて、道理が通らないじゃない」
「え……わっ」
颯季さんは自身の体重を利用して俺の上体を抱え上げた。体が起き上がり、相手と座って抱き合うような格好になる。自分の体重がかかって、颯季さんの昂りがより深く、中に沈みこむのが分かった。
「あ、ひ、颯季さんっ、これだめ……っ」
「駄目じゃないでしょ? 君のいいように動いてごらん。気持ちよくなるところ、見ててあげるから」
「そん、な……!」
俺の口元をべろりと舐め上げ、颯季さんが促してくる。今夜の颯季さんはいつになく意地悪だ。けれどそれが途方もなく喜ばしい。だってきっとそれは、颯季さんが今まで誰にも見せたことのない一面だろうから。
意を決して腰を浮かし、また沈ませる。それを繰り返すと、切っ先が気持ちいいところに当たって頭が変になるほど良かった。自分のそそり立ったままの性器が、颯季さんのおなかの凹凸に擦 れるのもものすごく気持ちいい。中も外も気持ちが良すぎて、意識が飛んでしまいそうだ。
「はあ……哲くんのとろけた顔、たまんないよ。可愛い。もっと見せて」
「はっ、ん、颯季さん……」
「哲成。好きだよ」
「……!」そこで急速にせり上がる射精感。ほとんど無意識のうちに、間近にある颯季さんの上半身にしがみつく。
自分の中がぎゅううと締まるのと同時に、颯季さんも絶頂を迎えたようだった。挿入された昂りが、びくびくと激しく収縮するのを感じる。
そのままベッドに倒れこんだ。体表が火照り、汗みずくになっているのをようやく自覚する。心臓はまだ、早鐘を打ったままだ。
俺の精液で汚れた腹をティッシュで拭っている颯季さんを見上げる。彼の体を汚して申し訳ないと思うのに、それが拭き取られてしまうことをなぜだか残念に思った。
「すみません、颯季さん。おなか、汚しちゃって」
「全然いいよ。むしろ、哲くんにマーキングされたみたいで嬉しいかも」
「ま、マーキング……!?」
思わぬ言葉に目を剥く。
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