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2人きり(赤坂 side)
それからも、黒井はよく俺に話しかけてくれた。挨拶程度のものが、宿題のことだったりテストのことだったりと、少しずつ内容が濃くなっていった。周りの女共が鼻息を荒くしている音が聞こえんでもないが、黒井は何も気にせず楽しそうに話していた。そんな彼を見ていると、こんなつまらん俺とも喋ってくれるんだなぁと嬉しく思う。
ある日の放課後。周りは部活やら塾やらでそそくさと帰っていく。俺は日直の仕事があったため、日誌を書いたり黒板消しをしたりしていた。ああ、だるい。さっさと終わらせて帰ろう。乱雑に黒板を消し、汚い字で日誌を書き殴った。あとは戸締りを確認して……と後ろを振り返ると。
1人ぽつんと、美しい男が立っている。心臓がドキッと跳ねた。黒井だ。透き通った瞳でこっちを見つめている。さっきまで俺1人だったはずなのに、いつの間に……?
「黒井!」
「赤坂っ!」
次の瞬間、黒井は走って俺の元へやって来た。そして、真正面から思い切り抱き着いてきた。
「うわっ!ちょっ、お前っ!」
小柄な体が俺に押し寄せる。ふわっと甘い香りがして思考が止まりかけた。
黒井が俺を見上げる。瞳がいつもに増して輝いている。さらさらのストレートヘアが風に吹かれて揺れる。鼻筋は通っていて、唇は何かを求めるかのように少し開いている。なんて綺麗なやつなんだ……。この状況、男の俺でもドキドキする。心臓に悪い。
「どっ、どうしたんだ黒井っ!?」
そう聞いても黒井は離れない。母にしがみつく子のように、でも子供にはない色っぽい表情で……。
「と、とりあえず1回離れ……」
「やだ」
今度は膨れっ面になる黒井。うっ、可愛すぎだろこいつ……。肩を揺すってみたが黒井は俺の制服を掴んで離さない。埒が明かないのでこのまま事情を聞くことに。
「とりあえず……お前どうした?」
すると黒井は泣き出しそうな顔で俺に顔を近づけてきた。
「やっと2人きりになれたね、赤坂……」
「なっ!」
ほぼキス間近な俺達。ちょっと待て何を考えているんだこいつは……!?
「僕、ずっと2人になれる時を待ってたんだ……」
「黒井……っ、2人きりって、どういう……」
「僕ね、2人でちゃんとお話したかった」
1秒たりとも俺から視線を逸らさない。少しでも気を緩めたら、もう後戻りできない気がした。
「話って、お前よく話しかけてくれてるじゃん……?」
「うん。でも足りないよ」
キス寸前で俺を上目遣いで見てくる。心なしか息遣いが荒い。そんなことされたら、俺も平常心じゃいられないじゃんかよ……。
「僕、昔から人と話すのが苦手で……。1人でいる時間が多かったんだ。でも、赤坂と出会ってから、すごく楽しくって……。もっと話したいなって思って毎日頑張って赤坂に話しかけるようにしてたけど、やっぱりみんなの前だと上手く喋れなくて……」
長いまつ毛が切なそうに揺れている。そうか、こいつは大人しいやつだと思ってたけど、本当は誰かと話したかったんだな……。それで、いつも俺に声をかけてくれてるけど、なかなか思うように話せなかったんだ……。
少し自分と重なる。俺も話は得意じゃない。けど人と話すのが嫌いな訳でもない。だから話しかけてもらえるのは嬉しい。ましてや会話が弾んだ時なんてなおさら。
俺と黒井は似ているところがある。大勢の前では本領発揮できないってところも、案外一緒なのかもしれない。2人きりの今なら、もっと黒井のことを知れるかも……。
「そっか。黒井は俺と同じだな」
「えっ……」
「俺も、黒井と同じ気持ちなんだと思う」
「赤坂……」
まるで子犬が甘えているかのような仕草をする黒井。こんな姿、女子達に見られたら……俺は消されるな。
「話すのが苦手なのに、勇気出して俺に話しかけてくれたんだよな?ありがとう」
「そんな、褒められることじゃないよ……」
「いや。それでもいつも来てくれて嬉しかったよ。悪いな、ゆっくり話せてなくて」
「違うよ!赤坂は悪くない!」
黒井は勢いよく首を横に振った。その頭を軽く押さえ、そっと髪に触れてみる。細くて柔らかくて女みたいな髪。でも制服から覗く喉仏や骨格で、ああこいつは男なんだなって実感する。
「僕、もっと2人で話がしたい。ずっとそう思ってた……!」
「ありがとう。その方が色々話しやすいもんな」
「えへへ、嬉しい。赤坂っ!」
「おっ、おいっ!」
と言って、黒井は俺の胸に顔を埋めた。こう何度も抱き着かれると、理性が危うい……。前回の発言といい、意外と大胆な行動するよな。こいつ甘えん坊なのかな。親にもこうしてるんだろうか?でもこの反応、偽りのない純粋な気持ちなんだろうな。
それから2人で、今度こそ他愛のない話をした。
「黒井は兄弟いるのか?」
「ううん。一人っ子だよ。赤坂は?」
「兄貴がいる。今は大学生だから一人暮らししてるんだけどな」
「そうなんだ。顔は似てる?」
「いや、似てない。兄貴は身長高いのに、俺は母親に似てそんなに高くないし、顔も全然違う」
そんな、何気ない会話。だけどいつもより濃い時間。放課後の教室に微かに聞こえてくるのは、運動部の声くらい。2人を遮るものなど何もない。特別な話なんてしてないのに、まるで内緒話をしているかのような、優しいひと時を過ごすのであった。
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