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気に入らねぇやつ(黄崎 side)

最近のオレはかなり苛立っている。苛立ちと恐怖を抱いている。 「何なんだよ、黒井は.......」 この前のあのバトルが蘇る。今まで喋ったこともねぇくせにしゃしゃり出やがって。しかしあの目はガチだ。完全に赤坂に惚れてやがる。 余計に蒸し暑くなる。ああ、うぜぇ。何なのかわかんねぇけどとにかく腹が立つ。赤坂なんてどうなろうがオレの知ったこっちゃないはずなのに、黒井がうろつくのは癇に障る。赤坂にベタベタくっつくのも、赤坂を庇うのも好かん。 おまけに赤坂のあんな優しそうな表情なんて見たくなかった。黒井と喋る時だけ安心しているような顔をする。オレには悪態ばっかついてくるくせに。ああ!ムカつくムカつく! そんなオレは思い立って、ある行動をした。 「來斗〜、昼飯行こうぜ!」 「悪い、今日昼練があるんだよ」 いつも昼休みはダチと別の空き教室とかで昼飯に行ってるが、今日は珍しく断った。 「えー!?昼にも部活あんの?」 「サボっちまえよ〜」 「だめだ、オレ剣道だけは譲れねぇんだよ。悪いけど今日はパスするわ」 ちぇっ、とやつらは口を尖らせた。こいつらに罪はない。ただ、今日は大事な任務があるんだ。部活ではないある任務が.......。 そうこうしていると、黒井が教室から出て行った。やべっ、追いかけないと。オレも慌てて教室を後にした。 黒井のやつ、意外と歩くのが速い。息が少し上がる。運動神経のいいオレでさえも尾行するのがやっとだった。あいつ体育とかでも目立たないくせに。階段もさっさと上がるし歩くのだけはめちゃくちゃ速く感じる。 あいつが入っていったのは、別館2階の奥の教室だった。帰宅部の黒井が昼練なんてある訳がない。かといって赤坂以外のやつと昼飯を食ってるイメージもない。その赤坂はいつも1人で教室にいるし。だから赤坂とイチャついてるとかではないだろうけど.......。 あいつには裏があるに違いない。あの透き通っていながらも暗闇を帯びた瞳を.......オレをゴミのように見てきた瞳を見逃さなかった。何か企んでいるんじゃないか.......。黒井が昼休みどこに行ってるのか気になり、オレはストーキングすることにしたんだ。 足音を立てないように、そっと忍び寄る。何やら黒井の話し声が聞こえ始めた。オレは深呼吸した後ドアに耳を寄せた。 「えっ?いや、童貞ではないと思う.......。色んな女の人と付き合ってただろうし.......」 何言ってんだこいつ!?ど、童貞って.......こいつ下ネタなんか言うキャラだっけ? 「それは、赤坂への限りない愛と積極性.......?」 何なんだ.......何を話している?つーか誰と話してるんだ?しかも赤坂って.......。頭が混乱した。何やってんだ.......? 続いてとんでもない発言が耳に飛び込んできた。 「そうだね。僕、絶対赤坂とセックスしてみせる!」 いやいやいやいや!!何意味わかんねぇこと言ってんだよお前はっ!!赤坂と、セッ、セックス.......!?!?オレは思わず尻餅をついてしまった。あの黒井がそんな言葉を使うこともそうだが、何より赤坂とセックスしようとしていることに驚きを隠せない。男同士だろ.......?しかし驚きはこれで終わりではない。 「赤坂、そんな可愛い声で喘がれたら.......僕、もう我慢しないよ?」 「ふふっ、赤坂。もうこんなになってる.......。僕のこと求めてくれてたの?.......ううん、嬉しい。だって僕も.......ほら、触って?これが、今から中に入るんだよ?あっ、だめだよそんなことしちゃ.......そんなことされたら.......理性なくなるよ?いいの?んっ、ああっ.......」 黒井の卑猥で色っぽい声が漏れてくる。おい.......これは夢か?えっ、これってもしかして、ホントにヤッてる.......?でも誰と?赤坂はさっきまで教室にいたはず。違うルートでこの部屋にすでにいるのか?そんなこと、ありえるのか.......? 2人はもう付き合っていて、セックスもしてるってこと..............? オレの心に不快感が押し寄せる。それは気持ち悪さよりも、赤坂と、黒井が..............。 そんな.......そんなこと.......許してたまるもんか.......。黒井に赤坂のことを任せちゃいけねぇ.......!! オレは思い切りドアを開いた。強烈な音が響く。中にはただ1人、黒井が指をくわえて発情したような顔をしていた。長く憂いを帯びたまつ毛に赤い頬。その表情は腹立つがオレでさえもドキッとしてしまった。 やつはオレに気づき、慌てて姿勢を正した。目付きが一気に暗くなる。 「きっ、黄崎くん.......っ!」 「.......お前、何やってんの?」 教室に入り、1歩ずつ黒井に近づく。こいつを知るためについてきたのに、ますますわからなくなってしまった。 「.......黄崎くんこそ、何でここに?」 「.......別館に用事があったから、ぶらついてたんだよ。そしたら部屋から変な声が聞こえてきて……」 黒井に逆質問され、苦し紛れの言い訳をしておいた。流石にお前のストーカーをしていたとは言えない。 「それより、お前は何してんのか聞いてんだよ」 オレは話題を元に戻した。オレのことはともかく、こいつの素性を暴かなければならない。 オレの問いに黒井は真顔で答えた。 「人と話してた」 「嘘つけ、お前1人じゃねぇか」 「違うよ、ホントにいるんだよ?」 「どこに誰がいるって言うんだよ?」 「今も僕の隣に。リオンっていう僕の欲望の妖精がね。残念ながら僕以外の人には姿が見えないんだけど」 オレは確信した。こいつは頭がおかしいと。赤坂のことが好きすぎて幻覚まで見えているのか。てかリオンってお前の名前だろ。 「はぁ?何だよ欲望の妖精って。どう見ても1人しかいねぇよ」 「だから僕にしか見えないし聞こえないんだってば。僕と赤坂の仲を応援してくれる妖精がね。今日もリオンにどうやったら赤坂と結ばれるかアドバイスをもらってたんだ」 「.......それ、お前の妄想だろ。リオンとかいう、お前にとって都合のいいことしか言わない想像上のキャラだろ」 「勝手なこと言わないでよ。リオンは今この瞬間も僕の横にいるのに」 もうだめだ。こいつに何を言っても聞かない。存在しない“もう1人の自分”を作り出し、赤坂への狂った愛を肯定しているんだ。 「で、最後の喘ぎ声は何なんだ。学校でなんちゅうことやってんだよ」 「赤坂とのセックスの予行練習だよ」 「ブッ!!!!」 オレは思わずむせてしまった。何真剣な顔でセックスとか言ってんだよ!赤坂が襲われてなくてよかったけど、これいつ強姦されてもおかしくないぞ.......。不安と恐怖がオレを締め付ける。 こいつはやばいやつだ。黒井じゃなくて狂井に改名しろよ。これ以上赤坂に近づけたら危ない。しかし危険な発言はこれで終わらない。 「黄崎くんって童貞?」 「はぁ!?!?突然何聞いてんだよ!?」 「黄崎くんって女の人にモテてるだろうし、童貞ではなさそうだなって」 「…………」 んなこと答えられるか!そりゃ……女と関係を持ったことなんて何度もあるよ。ただ欲望のままにヤッただけの。黒井には言いたくないから黙っとくけど。 「まぁ、君が女性とセックスしたことがあるかどうかなんて、どうでもいいんだけど」 「じゃあ聞くなよ!」 「聞きたいのはこれ。赤坂とセックスした?」 「!?!?!?」 驚きのあまり意味不明な声が出た。ツッコミどころがありすぎて何から喋っていいかわからなくなる。 しかも、あのミステリアス美少年の黒井がさっきから下ネタを連呼していることも衝撃的だ。そんなワードを知っていること自体も恐ろしい。 「何訳わからんこと言ってんだよ!したことねぇわ!何であいつとセックスしなきゃいけねぇんだよ!あいつ男だぞ!?」 「ああよかった。君の体に赤坂の印は刻まれてないってことだね。僕と同じ」 黒井はクククと妖しく笑うと、盛大に狂った笑みを見せつけてきた。 「でも赤坂への童貞を捧げるのは僕だから……!」 やばい。やばい、けど妖艶な笑み。息が荒くなり、そんな姿を見たらこいつのファンは倒れそうな勢いだ。……いやそんな問題じゃねぇ!こいつは狂ってる!赤坂とヤル気満々じゃんかよ……!オレには何の関係もないはずなのに、体が震える。 「……べっ、別にお前が赤坂のケツ掘ろうがどうでもいいわっ!勝手にやれよ!」 ここまで来ると逆に笑えてくる。黒井はこんなに頭がおかしいやつなんだって。オレは鼻で笑ってやった。 「ふんっ、お前のその話、赤坂や他のやつらにしてやろうかな?絶対ドン引きするだろうし、周りからどう反応されるやら」 少し勝ち誇って黒井を見下ろす。こいつのこんな一面を知れば、王子様扱いするやつらも引くだろうし、赤坂も顔が真っ青になるに違いない。 しかしオレより随分背の低いこいつは、怯えることもなくオレを睨み返している。 「いいよ、バラしても。周りに引かれようが構わない。だって僕は赤坂を愛しているから」 そう黒井は言い切った。予想外の返事にオレは固まった。 「赤坂に嫌われたら……その時はちゃんと僕に振り向いてもらえるように、さらに努力する。黄崎くんが赤坂に僕のことを告げ口したっていい。僕の赤坂への想いはそう簡単には消せない」 いつもは腹立たしいくらい綺麗な顔が、今日はかっこよく見える。目を細めて、熱い想いをぶつけているように……。 オレの中で悔しさが込み上げてくる。黒井の弱みを握った気でいたのに、逆にオレの心の汚さが表れたような気がして……。思いが言葉にならず歯を食いしばる。 「でも、赤坂は忘れっぽいから、仮に僕の話を聞いてもまた忘れそうだけどね」 「それは、確かに……」 あいつは認知症レベルで物忘れがひどい。オレの名前も何回も忘れてたし、部活に関しては未だに覚えられてない。一度精密検査を受けた方がいいんじゃないかとか思うが、ちょっとしたことは覚えていて褒めてきやがったりする。ムカつく。 やっぱり黒井のことは気に入らねぇ。けど、嫌いではない。赤坂への想いは強すぎるけど本物だと感じた。もやもやするような、どこかすっとしたような……。 「噂が広まったら、明日から僕は余計浮いちゃうかもね」 悔しくも悲しくもなさそうに微笑みを浮かべる黒井。余裕そうな顔に、じわじわと胸につかえるものがあった。 「……言う訳ねぇだろんなこと」 「黄崎くん……」 「周りに言いふらすだなんて、冗談に決まってる。お前の卑猥でアホみたいな話なんて口にしたくねぇし」 やばいのは黒井のはずなのに。オレが負けた気がして……イライラして悔しかった。バラしたらオレが悪人みたいで……。 オレにだって隠したい秘密……あのノートがある。赤坂には見つかっちまったけど、誰に対して何のために書いているかは言ってない。自分は隠しておいて、黒井のことを暴露するのはバツが悪い。 黒井は一瞬真顔になった後、またふわっと笑顔を見せた。それは見た誰もが惹かれるくらいのもので、オレはこいつに気を許さないよう手にぐっと力を込めた。 「ふふ。黄崎くんって意外と優しいとこあるんだね」 「意外とって何だよ。オレはいつだって優しいわ」 「じゃあ恋のライバルとして、お互い正々堂々と赤坂にアピールしよっか」 「は!?ふざけんな!オレは別に赤坂のことなんか好きじゃねぇよ!!」 勝手にアピールしとけ!とオレはそっぽを向いた。赤坂なんて宿題を写させてもらったりたまに喋るだけの、ただのクラスメイトだ。オレは陽キャであいつは陰キャ。このオレがあいつを好きになる訳がない。ただ……黒井と赤坂が楽しそうに話すのが不愉快なだけだ。オレを差し置いて笑うなんて……。何かイラつくんだよっ! どうか黒井が暴走して赤坂を襲いませんように。赤坂への身の危険を感じつつも、オレはあえて黙っておくことにした。

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