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気づいたら放課後になっていた。補習なんてひとつも耳に入ってこなかった。 でもいつまでもショックを受けてられない。頬を叩くと、覚悟を決めて僕はある人の元へ向かった。 「黄崎くん」 教室で友達と楽しそうにしている黄崎くんに、僕は声をかけた。 「あ?何か用か?」 「うん。大事な話があるんだ」 「大事な話……?」 「そう。赤坂についての話」 「あっ、赤坂……!?」 「僕達にとって特別な存在の、あか……」 そう言いかけたところで、黄崎くんは慌てて僕の腕を強く掴んだ。 「ちょっ、ちょっと待て!こっち来い!!」 顔を真っ赤にさせた黄崎くんに連れられて、僕はよくわからぬまま教室を出た。 たどり着いたのは、人気のない渡り廊下。僕も黄崎くんも息を切らして立ち止まった。 「はあっ、黒井っ、お前……」 「……どうして、こんなところに?別に、教室でも……」 「アホか!人前で『僕達にとって特別な存在の』とか言うな!」 黄崎くんはなぜか怒りながら僕の肩を掴んでいる。もしかして図星なのかな。 「だって、本当のこと……」 「それはお前だけだろっ!オレは赤坂のことなんて特別でも何でもねぇよ!」 「そんなに強がらなくてもいいのに」 「強がってねぇ!つーかお前があんなこと言うから、周りの腐女子共が『これは沼!』とか『まさかの赤坂くんを狙ったガチンコ勝負!?』とか言い出したじゃねぇか!!」 「……婦女子?」 「たぶん漢字違うしもういいわ!」 黄崎くんはよくわからないことを大声で言っている。正直周りの声なんて聞こえていなかった。とりあえず、黄崎くんは怒りつつも照れている。 一旦深呼吸をした後、僕は彼に再び話を切り出した。 「それで、本題なんだけど……」 「赤坂に関する大事な話って何だ?」 「あの……今日、赤坂のスケッチブックを見せてもらったんだ。そこに、黄崎くんの絵が描かれてあった」 「ああ、あれか。この前部活終わりに絵を描いてるあいつを見かけて、『オレのこと描けよ』って言ったら描いてくれたんだ」 淡々と話す黄崎くん。そうか、赤坂は黄崎くんのお願いは聞いてくれたんだね……。わかっていながらも悲しい気持ちは拭えない。 「それで、僕も描いて欲しいってお願いしたんだけど、画力がないからって断られちゃった……。僕のことあんまり描きたくなかったのかな……」 黄崎くんに本音を漏らす。我ながらみっともないけど、こんなことを言える相手は彼しかいない。 「ざまぁみろ」とか言ってバカにされると思ってた。勝ち誇った目で見下されると。でもそんなことはなくて、ただ腕組みをして僕を真っ直ぐ見ていた。 やがて、彼はへの字になっていた唇をそっと開いた。 「……お前、恋のライバルであるオレ相手によくそんなこと言えるな」 「えっ…………?」 「……っ、だから、お前にとってオレは赤坂を狙ったライバルなんだろ?なのにそんな、オレが喜ぶようなことをわざわざ……」 ホントはライバルでもねぇけどさ、と低い声で彼は言った。彼の言うことはもっともだった。こんなことを言うなんて、僕が黄崎くんに負けていると言っているようなもの。それでも、僕の胸の内を打ち明けられるのは彼だけなんだ。 ふぅ、と深いため息をつくと、黄崎くんは真面目な顔つきで呟いた。 「別に、赤坂に深い意味なんてないだろ。お前のことを描きたくないんじゃなくて、ただ描く気分じゃなかったとか。オレを描いてくれた後も『やっぱりだめだ』とかグチグチ言ってたし」 単調でありながらもどこか優しいトーン。赤坂に宿題を借りてばかりで暴力をふるう面もあるけど、根は優しい人なんだ。ふざけていても真面目なところもある。僕は赤坂が彼に取られるのは嫌だけど、彼のことは嫌いにはなれない。 そうだよね、赤坂は単に気分が乗らなかっただけかもしれない。絵を描くなら休み時間じゃなくてもっと時間が必要なのかもしれないし。もっと自分に自信を持たなきゃ……! 「ありがとう、黄崎くん。リオンも言ってたとおり、弱気になってちゃだめだよね……!」 「……だからリオンってお前だろ。まだ独り言やってんのかよ」 「僕もいつか、赤坂にヌードを描いてもらえるように努力するね!」 「お前に真面目に答えたオレがバカだったよ……」 黄崎くんは頭を抱えているけど、僕も負けてられない。こんなことで悩んでいては身が持たない。赤坂に全力でアピールしないとね! 「で、お前はそんなくだらないことを言いに来たのか?」 「いや、それだけじゃないよ」 こほん、と咳払いをした後、僕はもうひとつの話を始めた。 「橙堂先生って知ってる?」 「ああ?美術のセンコーだろ?」 「うん。赤坂の顧問の先生でもある」 「そいつがどうしたんだよ」 眉をひそめる黄崎くんに、僕は恐るべき言葉を口にした。 「今週の日曜日、赤坂が橙堂先生とデートに行くんだって」 「何っ!?!?デ、デデ、デート!?!?」 目を尋常じゃないくらい開いて驚く黄崎くん。予想は的中、彼もかなり動揺している。僕だって平気なフリをしているけど、全くもって大丈夫じゃない。今なら貧弱な僕でも壁に穴を開けられそうだ。 「そう、デート。しかもドライブデート」 「Drive!?それは、2人きりでかっ!?」 「2人だよ。密室で2人きり」 2人とも興奮しすぎて息が上がっている。黄崎くんにとっては想定外だったのだろう、かなり体がフラフラしている。 「……べっ、別に、オレには関係ねぇよ、勝手に、行けよ……」 「その割に汗すごいかいてるよ?声も大きいし」 「うるせぇ!ほっとけ!!」 強がっているけど、彼もかなりショックを受けている。僕は彼に衝撃を与えるためにこの話をしたんじゃない。ただ、赤坂を狙うライバルが僕達だけじゃないってことは、きちんと伝えないといけないって思ったんだ。 もちろん赤坂を勝ち取るのは僕でありたい。でも、このままじゃ橙堂先生の魅力に赤坂がハマってしまう……!! 「黒井、それはホントにデートなのか?部活関係じゃないのか?」 「表面上は美術のイベントに行くらしいけど……橙堂先生は何か企んでると思うんだ。赤坂に接近しようと」 「はぁ!?あいつは男だし教員だぞ?ふっ、普通にイベント行くだけだろっ!!」 彼の言葉に、僕は首を横に振った。そして、窓から見える向かいの校舎を指さした。 そこに映るのは、楽しそうに話す赤坂と、いつもはクールな表情を緩ませる橙堂先生。僕達の隣の校舎には美術室があって、不幸にも2人の様子が見えてしまった。 ちらりと黄崎くんを伺うと、瞬きすら忘れて固まっている。驚きと戸惑いとショックを隠せてない。 「赤坂が橙堂先生のことを楽しそうに語っているのを見て、ただごとではなさそうだと僕は感じた。赤坂は確かに何も感じてないかもしれないけど、この前橙堂先生が教室に来た時、先生のあの幸福感に満ち溢れた顔は間違いないって思ったんだ……!」 語尾に力を込める。きっと橙堂先生は赤坂に好意を抱いている。そして部活と偽りアプローチしようとしている。 少し沈黙が流れた後、それを破ったのは黄崎くんだった。 「……で、お前はあいつらの仲を引き裂きたいって言うのか?それにオレも協力しろと?」 「違う。僕は闘いはフェアじゃないと嫌だもん。たとえ恋のライバルだとしても、アプローチしているところを極力邪魔したくない」 「黒井……」 「宿題を必要以上に借りたり頭を叩いたりするやり方は論外だけど」 「てめぇ!誰のこと言ってんだボケ!!」 胸ぐらを掴まれても僕は怖気ない。恋のライバルが1人増えたのは悲しいけど、ますます燃え上がってくるものがある。 「僕が黄崎くんにこのことを話したのは、恋のライバルが新たに現れたって教えるため。そして、僕達も負けないように赤坂にアピールしなきゃって伝えたかったんだ」 橙堂先生はかっこよくてスマートに赤坂をエスコートしてくれるだろう。車の運転もできるし、きっと大人の景色を見せてくれる。その色気に赤坂が夢中になってしまうのが怖い。 でも、僕や黄崎くんは先生のように大人の色気や余裕はなくても、赤坂のクラスメイトとして近づきやすいっていうメリットがある。そして、先生と違って赤坂と付き合うことが禁じられている訳じゃない。 「……お前って基本頭おかしいけど、変に真面目なところあるよな。わざわざオレに報告してきたり、ライバルの邪魔をしなかったり。第一、赤坂のことが病的に好きなくせに、四六時中べったりしてる訳でもないよな」 「えっ、だって大好きだからこそ縛りすぎたくないというか……。赤坂にだって誰にも邪魔されない自由な時間が必要だと思うし。それに、赤坂が僕といない間にどれくらい僕のこと考えてくれてるのかなって、そう考えていると興奮してきて……」 「前言撤回。お前やっぱり頭おかしいわ」 なぜか黄崎くんに呆れられた僕。そんなに束縛しそうに見えるのかな。そりゃあ一緒にいられるのならいつだって離れずに寄り添っていたいけど、押してダメなら引いてみろとも言うじゃん?少し離れたところにいると、いつかは赤坂も人肌が恋しくなって僕の元に来るかもしれないし。 黄崎くんは僕に背中を向けると、どこかへと歩みを進めた。けどまたすぐこちらを振り返った。 「橙堂のセンコーは普通に部活のひとつとして赤坂を誘ったと信じたい。が、もし赤坂に手を出すようなことをしたら、オレは許さねぇ。オレは赤坂の貞操を守らなきゃいけねぇんだよ」 ツンとした顔をしつつも、芯のある声。やっぱり彼も、赤坂を愛しているんだ。ライバルには違いないけど、何だか憎めない人だな、と感じた。 「言っとくけど、お前も赤坂に無理矢理ケツ掘ったりすんなよっ!強姦は許さんからなっ!!」 僕を指さしながら黄崎くんは叫んだ。ふふっ、ムキになっちゃって、可愛いな。 「この前は掘るのも勝手にやれって言ってたくせに」 僕はそう1人で呟き、黄崎くんの姿が見えなくなるまでその背中を見つめていた。 さて、黄崎くんにもお知らせできたし、これからどうやって赤坂の気を引くか考えよう……と思っていると、ふいに横に何かの存在を感じた。 「凉音、今日の貴方は素晴らしいです!ハナマルなのですよっ!」 「リオン!」 満面の笑みで僕に抱き着いたリオン。僕は彼を抱きとめ、ぽんぽんと背中を叩いた。 「リオン、見ててくれたんだね。ありがとう」 「新たなライバル・橙堂の登場にも恐れず、黄崎にもきちんとそのことを伝えた。そして素直になれない黄崎の背中を押しつつ、自身も負けないように弓弦への愛を貫いた……もう言うことないくらい完璧です!」 「えへへ。この前リオンが『弱気になってはだめ。スタートラインはみんな同じなんだから、限りない愛と積極性で立ち向かうことが大切だ』って教えてくれたよね。弱気になりそうな時もあるけど、僕は赤坂のために頑張るから……!」 「その調子です!まさか黄崎にまで励まされるとは意外でした。案外優しい人なのかもしれませんね」 「そうだね。もしかしたら黄崎くんも、恋は平等でいたいのかも」 確かに今日だって、赤坂に絵を描いてもらえずショックを受けていた。でもリオンや黄崎くんの言葉で立ち直れた。こんなところで立ち止まってちゃいけない。どんなに赤坂との距離が遠くても僕は負けない。遠いのなら、走って追いかけて近づけてみせる。 今年の夏は、僕にとって……そして赤坂にとって絶対に忘れられないくらい熱いものにしたい。強い意思を込めて手を握り締めた。

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