最近、赤坂はよく部活に行く。補習が終わるとすぐ教科書を片付けて教室を出る。ちょっと尾行してみると、美術室に入っている彼を見た。つまり、夏休みから部活で何かが始まったんだろう。 そして今日の補習の時に、僕は赤坂に聞いてみた。 「ねぇねぇ赤坂〜。最近放課後すぐ帰ってるみたいだけど、何か用事があるの？」 すると、彼は優しい笑顔を崩さず答えた。 「部活に行ってるんだ。秋の展覧会に出す絵を描かなきゃいけなくって。けど俺全然描けないからさ、よく部室に行って先生にアドバイスもらってるんだ」 「そうなんだ」 やっぱり予想は的中した。でも急に部活に目覚めたのかと思ったら、理由はそういうことだったんだね。ちょっと寂しいと感じていたけど、部活はしょうがないよね……。 先生って、確か男の先生だよね。橙堂先生っていうかっこいい人。他の部員もいるのかな。それとも、2人きりなのかな……。 この前の放課後、橙堂先生が教室に来て赤坂と話してたのを見た。敬語を使う赤坂と、何だか幸せそうな橙堂先生。いつもと違う赤坂の雰囲気に、僕の心が苦しくなったのを覚えている。 「赤坂ってどんな絵を描くの？僕、見てみたいな〜！」 「は、恥ずかしいなぁ……」 赤坂は照れつつもスケッチブックを渡してくれた。そっとめくってみると、校庭の花やグラウンドが描かれている。赤坂らしくモノトーンで落ち着いていて、繊細で優しいイラスト。見ているだけで胸がときめいてしまった。絵だけでもオカズになりそうなくらい。てかオカズにする。 「すごい……。赤坂ってこんなに絵が上手いんだね……」 「そ、そんなことないよ。まだまだ全然」 「ううん。ほら、この影とか立体感があるし、全体的にあったかみがあるし……。こんな優しくて綺麗な絵が描けるなんて、やっぱり赤坂はすごいよ！」 「もう、お前褒めすぎ」 そう言って赤坂は僕の頭をわしゃわしゃしてくれた。手の温もりが体全体に染み渡る。とても幸せだ。 でも、次のページをめくった瞬間、僕は固まった。そこに描かれているのは、剣道の道着を着た黄崎くんだった。手が震え、思わずスケッチブックから目を逸らして赤坂の顔を見上げた。 「……これ、黄崎くん？」 「あっ、そうそう。画力ない上に短時間でざーっと描いたからさ……全然かっこよく描けなかった」 胸が少し痛む。僕の知らないところで、赤坂は黄崎くんと2人の空間にいた。見つめ合って、絵を描いていた。赤坂の行動を邪魔したくないのに、暗い気持ちが押し寄せてくる。 スケッチブックの中の黄崎くんは、ちょっと不貞腐れたような表情を浮かべている。でも赤坂のモデルになって嬉しかったんだろうな。悔しいくらいにかっこいい。 「人も描けるんだね。赤坂、僕のことも描いて欲しいな」 僕はそうおねだりしてみた。それくらいで黄崎くんに嫉妬するなんて、子供っぽいなと思う。けど、彼に負けたくはない。 赤坂は少しの間僕の顔を凝視した後、小さく首を横に振った。彼の口から出た言葉は、僕を締め付けるものだった。 「だめだ。俺の画力じゃお前の綺麗な顔を表現できないよ」 「赤坂……」 「黒井は綺麗すぎて、俺が描くことで雰囲気をぶち壊してしまいそうだ」 「そんなこと……」 そんなことないよ――そう言いたいのに、赤坂の真剣な顔つきを見ていると続きが言えずにいた。さっきまで嬉しくて仕方なかったのに、急に悲しい気持ちが込み上げてくる。 どうして黄崎くんのことは描いてくれたのに、僕はだめなの？ 赤坂は僕よりも黄崎くんのことが好きなの？ 言いたくもない言葉が頭によぎる。口にしてしまいそうになる衝動を、必死に耐えた。 「もし俺の画力が進歩したら描かせて」 「うん、それはもちろんだよ」 「あー、先生みたいに上手かったら、お前の整った顔も再現できるんだろうなぁ」 また赤坂は“先生”というワードを出した。僕の中でどうも引っかかる。心の中がもやもやする。 「顧問の先生って、どんな人？」 「えっと……すごく優しい人だよ。部活も強制しないし、女子部員からネタにされても怒らないし……何よりめちゃくちゃ絵が上手いんだ。柔らかい描き方でも力強さがあって、不思議とか細い感じがしないんだよなー」 赤坂は生き生きと語る。そっか、本当に先生のことを尊敬しているんだね。大好きな笑顔が少し歪んで見えるのは、きっと僕のせいだ。 「先生ってそんなに絵が上手いんだね」 「うん。あっ、でも先生が昔教わってた先生はもっと上手いらしい。今度の日曜日、先生と一緒にその人に会いに行くんだ」 「えっ！？それって2人で行くの！？」 「……？そうだよ？」 「ど、どうやって行くの！？！？」 「えっ……先生の車で、だけど……」 「先生の！？KURUMA！？！？」 「…………黒井？」 その後赤坂が何を言っていたのか、僕は聞き取れなかった。いや、もはや聞こえてすらいなかった。魂が抜けていく感覚があった。