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第2話

体育祭。 それは、ここでは毎年、GW直前の四月下旬に行われる。 その、後夜祭─── 龍司はそこでゲリラ的に踊ることを佑に提案してきた。 「もちろん僕たちだけじゃ成り立たない」 龍司はこれを成功させるために、自分の持てる限りの人脈をフル活用する覚悟を決めていた。 使えるものは、例えゴリ押ししてでも全て使う、そんな意気込みだった。 佑は正直驚いた。 今まで、おとなしくて自己主張などしたことがなくて、フワフワした感じだと思っていた龍司が、いきなり物凄い行動力を見せた。 そして、体育祭まで三週間、佑にとんでもない要求をしてきた。 「無理。無理だよ、そんなの…」 佑は龍司にそう言った。それでも龍司は、 「中野なら出来る。絶対だ!」 と言いきった。 キツかった。 龍司は優しげな見かけに反し、ダンスに関しては一切妥協しなかった。 「合わせて。中野なら出来るはずだよ」 「軸、ぶれてる。中野、君なら出来るはずだ」 「半拍早い。静止するとこは動かないで」 龍司の要求に応えたいと佑は思う。 なのに、それが出来ない自分に腹が立った。 「中野」 練習用に借りたスタジオは、龍司の家から徒歩五分程の距離にあった。龍司が小学生の頃から練習に使っているところだと言う。 練習の途中で龍司が曲を変えてきた。 「僕、この曲好きなんだよね」 龍司がそう言う。 佑もイントロでよく知っている曲だとわかった。 龍司が手を差し出す。 「踊っていただけますか?」 龍司の申し出に、佑は笑って手を取って立ち上がった。 バラードの曲に合わせて向かい合ってゆっくり体を動かしながら、龍司を見る。 「たっくん」 今まで“中野”と呼んでいた龍司が、突然呼びかたを変えた。 「僕、絶対にたっくんのこと傷つけるようなことはしない」 龍司が佑の目を見つめる。 「絶対だ。約束する」 龍司の真剣な表情に、佑は踊りながら龍司の首に手を回し、その肩に頬を当てた。 「ホントに、絶対だ。たっくん、だから怖がらないで」 龍司の言葉に、佑はただうなずいた。 龍司には確信があった。 佑は表現者だ。 絶対に自分の要求に応えようとするに違いない、と─── そして実際、そのほとんどに応えてくれた。 ただ、龍司のようにプロの指導を受けたことがないこと、人前で表現したことがないことが佑を萎縮させていた。 さらに、曲中の一番の見せ場でもあるリフトは、佑にとっては恐怖であるのはわかっていた。 佑が龍司にむかって数歩走って跳び上がったところを、龍司が佑の体を半回転させ、腕に抱え、佑の顔が地面スレスレのところまで落とす。佑はその間、背をやや後ろに反らせた姿勢のまま静止していることが必要だった。 二人の呼吸、タイミング、そして何よりも佑が龍司を信頼して思いきって跳んで、姿勢を維持してくれなければ成功しない。 練習中はマットがあるとは言え、一度でも佑の顔をそのマットに触れさせれば、それは佑のトラウマになるに違いないと龍司は考えていた。 本番は、下は土なのだ。 絶対に、佑の顔をマットに触れさせてはいけない。 振り付けは二人で考えた。龍司が出ていた大会のような型も評価も関係なく、シンプルに楽しくて、人が見て感動する、というところに重きを置いた。 二人で創り上げていく。それは龍司にとって、ダンスを習って、大会に出場していた時以上の充実感をもたらした。 それでも、三週間で出来ることは限られていた。 ダンスをやめてしまった龍司自身もだが、今まで経験のない佑に無理をさせて、後夜祭当日に充分なパフォーマンスが出来なくては意味がない。 「たっくん」 龍司は練習のあと、クールダウンの軽めの動きを終えた佑をマットのところに呼んだ。 「横になって」 「何?」 「いいから」 龍司はあお向けに寝転んだ佑の太ももに触れた。 「な、何!?」 右、左と触れ、同じようにふくらはぎにも触れる。 「うつ伏せになって」 佑は不思議そうな顔をしながらも、龍司の言う通りにうつ伏せになった。 「イッ…テ!」 佑が声を上げた。 「あ、やっぱり」 「やっぱりって何!?」 佑が怒ったような顔で龍司を見上げてきた。 「たっくん、僕が吸ってって言ったら大きく息を吸って、吐いてって言ったら、ゆっくり口から息を吐いてくれる?もし少し痛くても、出来るだけ息を止めないように吐いて」 龍司の言葉に、 「わかった」 佑はそう答えて、まだ少し不満そうな顔をしながらも、またうつ伏せに横になった。 「吸って」 龍司は佑の様子を見ながら、 「吐いて、ゆっくり」 と声をかける。 佑が息を吐いている間に、さっき痛がったところをゆるく揉む。 「もう一度吸って、…吐いて」 同じように吐いている間に、先程よりも少し強い力で揉む。それを何度か繰り返す。 龍司はそれからは、これを練習の終わりに欠かさず行った。 龍司自身はダンスを習っていた頃から、プロに体のメンテナンスをしてもらっていた。 佑をそのプロに任せることも出来たが、龍司は佑の筋肉の張りなどを自分の手で確かめ、必要なら振り付けを変えることも考えていた。 佑に、後夜祭で最高のパフォーマンスをさせたい、龍司はそう思っていた。 「佑」 声をかけ、軽く体を揺する。 「ん…」 「風呂入って来いよ」 寮の佑と真澄の部屋である。 「………………」 真澄の声にわずかに目を開けた佑は、すぐにまた眠りに落ちようとしていた。 「佑、強制的に脱がせようか?」 真澄の言葉に佑は完全に目を開けた。 ベッドから降りた佑は、ヨロヨロとクローゼットに歩き、着替えとタオルを手に洗面所のドアへとむかう。 「佑、四十五分しても出て来なかったら突入するからな」 「ん…」 真澄が佑の背にそう声をかけると、まだ寝ぼけているような声が返ってきた。 真澄は佑が消えたドアを見つめ、ため息をついた。 佑が毎日何かをやっていて、それに龍司が絡んでいることもわかっていた。 だが、佑は何も話さない。佑が一度こうと決めたら頑固なのもわかっている。 力也が探りを入れたようだが、彼の情報網をもってしても、詳しいことは一切わからなかった。力也にもわからないということは、佑と龍司に協力している面子も相当ということだ。 佑は今日のように帰ってくるなり爆睡していることもある。授業中に居眠りしていることもある。 休みの日以外にも、放課後外出していることもある。基本的には食堂の閉まる午後八時までに戻って来れば、平日の外出も可能なのだ。 ただ、わざわざバス代をかけて、放課後の数時間を頻繁に外出しようとする者は多くない。 食堂の閉まる時間に帰って来て、夕飯のことを尋ねると龍司の家で食べて来たと答えることもあった。 真澄はジリジリしながら時計を見た。 机の上に広げた参考書の内容などまるで頭に入って来ない。 佑が浴室に続く洗面所のドアに消えて四十分が経過していた。 真澄はイスから立ち上がる。 洗面所のドアの鍵は掛かっていなかった。掛かっていたとしても、コインなどですぐに開錠出来る作りではある。 「佑」 真澄は浴室に声をかけた。返事はない。 浴室のドアを開けると、佑は湯船の縁に頭を乗せた状態で眠っていた。 真澄はため息をつき、佑を湯船から抱き上げた。 「ん…」 佑が目を開けた。 「え?何!?」 「何じゃない!出て来なかったら突入するって言っただろ!?」 「え?あ、真澄、服びしょ濡れ…」 「服のことなんかどうだっていい!俺の服を気にするなら、ちゃんと説明しろ!」 洗面所におろした佑に、真澄はそう迫った。 「………………」 佑は真澄の目を見たが、すぐに逸らし、なんて答えていいのか迷うふうだった。 「俺にも言えないのか?」 真澄はなおも問う。佑は目を逸したまま答えない。真澄は黙って部屋に戻ろうとした。 その腕を佑につかまれた。 「今は言えない」 佑はそう言った。 「おまえ、痩せたんじゃないのか?」 真澄は背を向けたまま言った。 「あ…、そうかな…」 「おまえ…、俺が今どんな気持ちかわかってるか?」 「ヤバいことはやってないよ」 真澄は振り返った。 「そんなことを言ってるんじゃない!」 「………………」 佑は真澄の腕をつかんだまま、ただじっと見つめてくる。 「ん…ッ」 真澄は佑のあごをつかむと噛みつくような乱暴なキスをした。 真澄の勢いに押されて、佑の体が洗面台に当たる。 「…真…澄ッ」 佑の手があごをつかむ真澄の手を外そうとする。 真澄はすぐに佑を離した。そして、棚に置いてあったタオルを手に取ると佑に投げつけた。 「早く服着ろ。犯すぞ」 驚いたような表情の佑にそう言って、真澄は洗面所をあとにした。

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