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第3話

「佑」 呼ばれて教室後方の入り口を見ると、原が立っていた。人差し指をチョイチョイと動かして、佑を呼ぶ。 佑は真澄を気にしながらも原のところに歩いた。 一学年上の原と真澄は以前から因縁の間柄と聞いている。 去年、佑が転校して来て間もない頃、その絡みで佑と原は一悶着あった。そのあと原が佑をかけて真澄に宣戦布告、などということもあった。 それ以降、どこまでが本気なのかはわからなかったが、原は佑にちょっかいを出してくる。佑も原に対して、最初こそ怒り心頭だったが、何故か嫌いにはなれなかった。 佑は密かに、真澄と原は似た者同士だと感じていた。体格も似ていて原のほうが真澄よりスレンダーだが、身長は佑より頭半分以上は高く肩幅や胸の厚みもある。力也情報では、空手の有段者らしい。顔立ちは端正でどこか影があって、すでに大人の色気みたいなものを漂わせている。 今も制服のブレザーの前を開けて、ネクタイを緩め、シャツのボタンを二つ外しているが、そういう着崩した様が妙に似合ってしまう男だった。 「なんです?」 「ちょい、付き合え」 原はそう言って先に立ち、外階段に出た。 「おまえ、体育祭で何かやるんだって?」 踊り場の手すりに背をあずけて、原がそう言った。 「え?」 佑は答えに窮した。原はフッと笑って、 「心配するな」 と言った。 「俺はたまたま生徒会役員に知り合いが居るってだけだ」 「知り合い?」 佑がそう聞き返すと、原は佑の腕をつかんで体を入れ替え、佑が手すりを背にするようにした。 「腐れ縁…みたいなものだ。俺がおまえの不利益になるようなこと、すると思ってるのか?」 「いえ。原さんがそういう人じゃないのはわかってます」 佑は原を見上げてそう答えた。原はまたフッと笑って、 「おまえのそういうところが好きだよ」 と顔を近づけてくる。佑は咄嗟に自分の口の前に手を上げた。佑はすでに何度かこの原に唇を奪われている。 「堀井は知ってるのか?」 原は佑のその手をつかんで、そう聞いてきた。 「い、いえ…」 「ふ〜ん」 佑は原をにらみ上げた。 「真…、堀井を変に刺激するようなことはしないでくださいよ!」 「わかってる」 原はもう片方の手を佑の腰に当て、 「痩せたか?」 と聞いてきた。そしてその手を佑の腰から下に移動させる。 「原さん…ッ」 佑は原の体を押し返した。 「佑」 優しい声が聞こえた。 佑が顔を上げて見ると、普段は片方の口の端を上げた皮肉っぽい笑みを浮かべていることがほとんどの原が、意外なほど優しくほほ笑んだ顔で佑を見ていた。 「最近のおまえはいい顔してるな」 「え……」 「冗談抜きで、おまえとやりたい」 原が佑の腰を抱き寄せ、体を密着させる。 佑がその原の体を再び押し返すと、 「わかってる。今おまえの体の負担になるようなことはしない」 と言って、つかんでいた佑の手にキスをした。 「でも、いつか必ず俺のモノでおまえによがり声をあげさせてやる」 佑はほほが紅潮するのを感じながら、原をにらみ上げた。 「体育祭、楽しみにしてる」 原はそんな佑の様子を面白そうに見ながら、いつものように完璧なウインクをした。 体育祭は盛り上がりを見せ、よくあることだが、スポーツで生徒たちの間でヒーローになる者が必ず出て来る。 その中に、真澄も原も入っていた。特に一年生からはまるでスターに向けるような歓声と応援の声が飛んでいた。 あの日以来、真澄となんとなくぎこちない雰囲気になっていた佑も、真澄が出る競技は最前列で応援した。 「たっくん」 体育祭も終盤。 自分が出る競技は全て終わって、応援にまわっていた佑の横に龍司が来た。 「体、どこか痛いところとか張ってるところはない?」 「あ〜、いや特には…」 そう答えた佑に、龍司は耳元に顔を寄せ、 「実行委員がすぐそこの第一体育館押さえてる。念のため、体みるから…」 とささやいた。 「あ、うん…」 龍司のあとについて歩き出そうとしていた佑は、こちらも出場競技は全て終えて戻って来ていた真澄をチラリと見た。真澄も佑を見ていた。 「たっくん」 足を止めてしまった佑を龍司が促す。佑は何も言わずに龍司と共に歩き出した。 後夜祭では有志の者たちでいくつかのパフォーマンスが披露された。これらは最初からプログラムも公開されている。 そして最後は生徒と教職員も参加でダンスパーティーのようになる。 踊るのが好きな者、とにかくお祭り騒ぎが好きな者が入り乱れて、その中で佑も龍司と一緒に踊っていた。 アップテンポの洋楽が二曲続いたあと、照明が全て落とされた。 体育祭実行委員、生徒会役員、放送部員、写真部員が一斉に動き、グラウンド中央が空けられていく。 すでに陽が落ちた薄暗いグラウンドに曲が流れ始め、それと同時にスポットライトが点灯し、一人の生徒を照らす。 佑だった。 佑は曲に合わせてグラウンド中央に歩き、右手を上げ、顔を斜め下に向けたポーズで静止する。 別のスポットライトがもう一人の生徒を照らし出した。 龍司だ。 龍司も佑と同じようにグラウンド中央に歩き、佑の前まで来て向かい合わせに立ち、左手を上げ、佑の右手にその手を合わせる。 次の瞬間、曲調が変わると同時に照明がつき、二人はホールドの姿勢を取り、早いステップで踊り始めた。 二人ともTシャツにジャージ、運動靴姿だ。 周りから囃し立てるような声や口笛が上がった。 二人はホールドの時も、距離を取って同じ動きで踊っている時も、それぞれが違う振りで踊っている時でさえ、呼吸はピッタリだった。 そして一番の大技のリフトもピタリと決まった。 周りからはどよめきと、次にため息とも歓声とも取れる声。 そのあとも、佑の体の柔らかさを見せたい、と龍司が言った技が続く。 佑が上げた左足を前に立つ龍司が右肩に置き、佑の腰を抱き後方に下がるのと同時に佑が上半身を反らせる。そして、ゆっくりと起き上がり、曲に合わせて足を下ろすと、龍司の体に片手をかけて彼の周りを一周し、次に曲調が変わって、また二人がホールドで早いステップで踊り始める。その時には、悲鳴のような歓声まで聞こえた。 ラストは踊り始める前と同じ、二人が手を合わせたポーズで終わった。 ライトが消えた瞬間、もの凄い歓声と拍手と口笛が鳴り響いた。 再び照明がついた。 佑は龍司の顔を見た。龍司が破顔した。自然と抱き合っていた。龍司は一度体を離すと、佑のほほを両手ではさみ、キスしてきた。 周りから、またどよめきが聞こえた。 「りゅ…ッ」 驚いて抗議しようとした佑の右手を、龍司は涼しい顔で取る。 踊ったあとに、観客に向かってお辞儀をする、というところまでが龍司の演出に入っていた。 佑は練習通り両手を左右にひろげ、龍司に右手を取られた姿勢から左ひざを曲げ、右足を左斜め後ろに引きながら腰を落とした。この時にも上半身の姿勢を崩さず真っ直ぐ腰を落とす、というのが龍司の要求だった。龍司は立ったまま右手を胸に当て軽くお辞儀をする。 そして龍司に手を取られたまま、反対側を向き、もう一度。 龍司が佑と繋いだままの手を上に上げた。 協力してくれた面々に手を振った。 その間も拍手と歓声は鳴り止まなかった。 佑は手を振りながら、真澄の姿を探した。 すぐに見つけることが出来た。 真澄は佑をまっすぐに見つめ、笑顔で拍手を贈ってくれていた。佑は真澄に向かって親指を立てた左手を見せた。 そのあとは再び曲が流れ、ダンスパーティーの再開だった。 「ちょっと、真澄、もう眠いんだって」 佑は本気で抗議した。 寮の部屋である。 真澄は寝支度をしている佑に、背後からずっとベッタリとくっついていた。 「もう少し。佑がずっと疲れてる様子だったから我慢してたけど、もう佑不足で死にそう」 「なんだよ?その佑不足って」 佑はそう言いながらも、 「しょーがないなぁ」 と言ってベッドに壁を背にすわると、両手を広げた。 「五分だけな」 真澄は嬉しそうに笑ってベッドにすわると、佑の体に腕を回し、胸にほほを押し当てた。 「佑の心臓の音が聞こえる。佑の匂いがする」 真澄が深く息を吸い込むのが聞こえた。 佑は真澄の頭をそっと抱いた。 「おまえが何も話してくれないから、寂しかった」 真澄のささやくような声が聞こえた。 「あ…、うん。言うわけにいかなかったんだ。ごめん」 「俺が他に漏らすと思ってたのか?」 「そうじゃない。龍司との約束だったし、ちょっと、驚かせたい…ってのもあったし…。ごめん」 佑は抱き込んだ真澄の頭にほほを当てた。 「驚いた。驚いたけど、ああ、やっぱりな、って思った」 「やっぱり?」 「うん。おまえは何かを表現する人間のような気がしてた」 「表現……」 「うん。ただそれを引き出したのが俺じゃなく竹内だったってのが、癪に障る」 真澄の手が、佑の服の中に入って来た。佑の肌の感触を確かめるように、暖かな手が佑の体を辿る。 「ちょっと、真澄、さっきしただろ?」 後夜祭も片付けも終わって寮に戻って来た時、真澄は佑と一緒に風呂に入りたがった。いつも拒否している佑だが、真澄の甘い“お願い”に負けてしまった。 「足りない」 「あー、もうダメ。マジ眠い。寝る」 佑は真澄の頭を遠ざけると、ベッドに横になって布団をかぶった。 「佑」 真澄の声が近くに聞こえたが、佑は無視した。 「佑、キスだけ」 佑はため息をついて寝返りをうち、真澄を見た。 「キスだけだぞ」 佑の言葉に真澄はほほ笑んで、佑のほほに触れた。 そっと唇が触れる。柔らかく暖かな感触に、何故か鼓動が跳ね上がる。 もう何度も重ねてきたことなのに、何故いまさら、と思う。 夕飯前の風呂場でも、耳元には激しく求める言葉をささやくのに、久しぶりの行為に佑の体が傷つかないように手も体の動きも優しくて、真澄のその気遣いが嬉しくて、泣きそうになった。 佑もずっと、真澄に触れたい、触れて欲しいという気持ちはあっても、日々の練習だけで精一杯だった。唇を押し当てるだけで、それ以上をくれない真澄に佑は焦れた。 佑は真澄の首に手をかけ、唇を割って舌を差し入れた。真澄はまるでそれを待っていたかのように、舌を絡めてくる。 「あ……、真澄」 唇が離れて、佑は真澄の髪に指をさし入れる。 「竹内とキスしてた」 佑の耳元で真澄がそう言った。 「あれは、龍司が…」 「わかってる。だけど、気に入らない」 真澄の声が苦しげだった。 「俺はおまえのダンスパートナーにはなれない。それもわかってる。それでも、おまえの全てを俺で埋め尽くしたい」 「真…澄?」 真澄の体が微かに震えているように感じた。 佑は真澄の体を抱きしめた。 「真澄、好きだよ。俺は、おまえに出会えて良かった」 佑の言葉に、真澄が顔を上げる。 「佑、もう一回…」 「ダメ!」

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