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第14話

二つ並べて敷かれた布団のひとつにすわり、佑がスマホの画面を見ている。 「なあ、龍司」 佑が画面を見たまま、龍司に話しかけてきた。 「ん?」 「こういう…」 佑はスマホの画面を龍司に向け、 「ダンスの種類?カテゴリー?って言うのか、なんで分けんの?」 そう聞いてきた。 画面を見ると、同じ曲で違うダンサーがHIPHOP、JAZZ、社交ダンスのラテン、バレエとそれぞれの振り付けで踊っている動画のようだ。 「これは踊りの違いを見せるための動画じゃないかな?」 龍司がそう答えると、 「うん、そう。そうなんだけど、違くて…」 佑はどう言ったらいいのか迷うようすだった。佑の言いたいことはなんとなくわかった。 「大会…があったりするからね」 龍司の言葉に佑が顔を上げる。 「踊りを評価したり点数をつけたりする上で、どうしてもルールが必要だし、組織に所属してたりすると、そこの看板とか(しがらみ)もあるから、勝手なことが出来なかったりもする」 「そう…だな。…クラスの奴にさ、俺たちのダンスはなんていうんだ、って聞かれたことがあってさ……」 佑が視線を上に向けて眉間にシワを寄せた。 「創作?フリー?」 「たっくんはその時なんて答えたの?」 龍司がそう聞くと、佑は龍司に視線を戻したが、すぐに逸し、 「……俺たち流…」 と小さな声でそう答えた。 「ふはッ」 龍司はつい吹き出した。 「笑うな!」 「ごめん」 佑は目元を赤くして、龍司をにらんできた。 笑いを収めようとしたが、その佑の顔を見たらスルッと言葉が出た。 「たっくん、可愛い」 さらに顔を赤くした佑の両手が伸びて来て、龍司の髪がグシャグシャにかき回される。龍司は笑いながら“ごめんごめん”と謝り、佑の両手首をつかんだ。 「いいと思うよ」 口をへの字に曲げた佑にむかって、龍司はそう言った。今度こそ笑いを収め、真顔で言う。 「僕たち流、まさにその通りだよ」 佑との合わせ練習の最終日。 柿崎はいつもより早い九時前にスタジオにあらわれた。そして、いつものように壁に背をあずけ、真澄と力也も加わった四人の練習を黙って見ていた。 龍司は柿崎の言葉の答えを、まだ出せてはいない。気になってはいたが、合わせ練習が出来る時間は限られている。そこに囚われ続けるわけにはいかない。 練習の終わりの時間が近づき、龍司と佑は片付けに入った。真澄と力也も手伝ってくれたので、すぐに終わる。 柿崎がおもむろに壁から離れ、スタジオの中央に立った。 「中野くん」 佑を見て、手のひらを上に向けた状態の右手を伸ばした。まるで王子が姫君を誘うような、普通に考えたら気障なポーズだが、その立ち姿は完璧だった。柿崎の中で何かのスイッチが切り替わったような空気が立ちのぼっている。 佑はほんの一瞬戸惑いを見せたが、柿崎のほうに()を進める。 「まっすぐ立って」 鏡に向かい、佑は柿崎に言われた通りに立つ。 柿崎がその後ろに立ち、両腕を前に回す。 「僕の腕に腕を重ねて。手を軽く握って」 佑は言われた通りにしている。 「力を抜いて。僕が動く通りに動いて」 柿崎は鏡越しに佑の顔を見つめている。佑がわずかに頷く。 それを合図のように、柿崎の腕が動いた。 「右足」 柿崎の声と共に右足が横に踏み出される。 「左足引いて。ターン」 「反って」 体を起こすと柿崎の腕が上がる。 「(かかと)上げて」 柿崎の右腕が佑の腹に回される。 「左足斜め後ろ」 「ターン」 「反って」 佑はほとんど遅れることなく柿崎の動きに合わせている。 動きは唐突に止まった。 「悪くない」 柿崎の口から漏れたのはその一言。 鏡の中の佑の目がすがめられる。 「今のはなんですか?」 柿崎は佑の体に回していた腕を離し、 「ん〜…」 と少し考えるような素振りを見せ、 「確認…。いや、興味本位」 と言った。 その言葉に龍司は背中に冷たい汗を感じた。無意識に視線を走らせた真澄は、今まで見たこともない冷ややかな表情をしていた。 そこに─── “チッ”という舌打ちが聞こえた。ついで、 「くだらね…」 というつぶやくような佑の声と大仰なため息。 次に聞こえたのは力也の“プッ”という吹き出した音。龍司が真澄を見ると、苦笑とも言えない複雑な表情をしていて、その胸の内はわからなかった。 柿崎に目を移すと、面食らったような表情をしている。 「一週間、お世話になりました」 佑はなんの感情も(うかが)えない顔でそう言い、柿崎に頭を下げた。 その瞬間、龍司の中で柿崎に言われた言葉が形をなくした。 自分より年上の、世界を見たことのある大人の男─── そういう人物から言われたことに、自分で勝手に意味を持たせていたことに気づく。 佑はダンスを習ったことも大会に出たことも、どこかに所属したこともない。それ故のまっさらな視点。 「ありがとうございました」 龍司は清々しい気持ちで柿崎に頭を下げた。真澄と力也も頭を下げる。 佑が、 「勇さん、起きてるかな?」 と言いながら真澄と力也の側へと歩く。 先程の柿崎の突然の行いからは、すでに気持ちは離れているようだ。 勇也は龍司たちが朝食をとる時には一緒だったが、そのあともう一度寝ると言っていた。 「帰ったら起こして、リズム戻してやらないと」 そう言ったのは力也だ。 「明日は山に行くんだよね?」 佑がスタジオの出口に向かいながら言った。 龍司が帰る前に全員で出掛けたいと言って、仕事をあげようとしていた勇也と、それを手伝っていた佑だった。出掛ける先を海か山かで議論した時、真澄が海を強行に反対した。その理由は佑以外の三人には容易に想像出来たので、すんなりと山に決定した。 佑の自由な発想に、龍司はいつも救われている。やはり、佑をパートナーに出来たこと、それは龍司にとって大きな意味を持つものだった。 スタジオを最後尾で出ようとしていた龍司の耳に、 「ちょっと、怒らせちゃったかな」 という柿崎の声が届いた。思わず振り返ると、柿崎は龍司たちを見送ろうとしていたのか、出口付近まで来ていた。 龍司と目が合うと、まるで悪戯(いたずら)が見つかってしまった子供みたいにバツの悪そうな顔で笑った。 「あの二人は恋人同士なのかな?」 柿崎の視線の先に、楽しそうに笑う佑と、その隣で口角をわずかに上げて佑に優しい視線を向けている真澄の姿がある。その問いに、龍司は笑みを浮かべただけで答えなかった。 「あの彼の声で完成された感があるな」 それは龍司に向けたのではなく、独り言のようだった。龍司がわずかに眉をしかめると、 「いいパートナーだ」 柿崎はそれ以上は言葉にするつもりはないらしく、ただそう言った。それが、佑と龍司を指していたのか、あるいは佑と真澄のことを言っていたのかはわからなかった。 「また、おいで」 その言葉に、龍司は素直に“はい”とうなずき、再び頭を下げた。 翌日、朝食をすませると、勇也の運転で山へと向かった。 牧場で動物と触れ合ったり、濃厚なソフトクリームを味わったり、川沿いを歩いたりした。 夜は庭でバーベキューをして、花火をした。 線香花火を誰が一番長く落とさずにいられるか、そんな競争もした。 そして、西側の奥の和室で全員布団を並べて横になった。修学旅行みたいだとはしゃいでいた勇也が一番先に寝落ちしていた。 「楽しかった」 龍司は勇也を気遣って、控えめな声でそう言った。 照明の光度を落とした部屋で、四人は顔を見合わせ笑みを浮かべる。 「うん、楽しかった」 佑が枕を抱えてフニャっと相好(そうごう)を崩した。 ダンスの時には冷たくも見える冴えた顔から、(あで)やかな笑み、勃ちそうになるほどの色気のある顔まで魅せる佑が、今はまるで子供のような無防備な顔で笑っている。 そんな佑に隣に横たわっている真澄の手が伸び、その頭を撫でる。 佑が不服そうに、 「それ、やめろって」 と言う。それに対して真澄は目を細め、ただ黙って笑みを深くする。 力也はそんな二人を見て、ただただ微笑んでいる。 龍司は、この三人と勇也との繋がりをこの先も大切にしたいと思った。 「堀井」 「……ん?」 佑が先に眠ってしまったところで、龍司は真澄に小さな声で話しかけた。 「堀井はさ、たっくんがダンスやってること、どう思ってる?」 「どう…って」 龍司の問いに、真澄は横になったまま龍司のほうに顔を向けた。 「いいと思う。佑は踊るのがホントに好きなんだと思うよ。時々、ストイック過ぎると思うこともあって心配になるけど、でも佑にとっては好きだからやってること、出来ることなんだと思う」 真澄は真顔でそう言った。龍司はそんな真澄をじっと見つめて、 「堀井、僕は、この先もたっくんのダンスパートナーであり続けたい。あり続けるつもりだ」 そう宣言した。 「もしかしたら、堀井の嫉妬心をメチャクチャ(あお)るようなこともあるかも」 龍司も真顔でそう言うと、真澄の目がスッとすがめられた。 「いいよ。受けて立つ。俺だって、佑との関係はこの先もずっと続けていく。絶対離さない。誰にも渡さない」 二人の間に数瞬の沈黙─── 「じゃ、オレはショックアブソーバー的な役割でもするかな」 光量の絞られた和室にポツンと言葉が投げられた。 「リキ、寝てなかったのか」 「田上、寝てなかったの」 二人同時に声と顔が上がる。 力也も顔を上げて、口の前に人差し指を立てる。三人でそっと佑の顔を覗き込む。佑は眠っているようだった。 「可愛い」 「リキ」 佑の寝顔を見ながら、思わずこぼれたといった感じでつぶやいてしまった力也に、それを聞き逃さなかった真澄は剣呑な顔を向けている。 「あ、いや…」 力也は慌てた様子で引きつったような笑みを浮かべている。 「田上の調整能力に期待してるよ」 龍司はひそめた笑い声と共にそう言った。 翌日、いつものように龍司が中心になって作った朝食を五人揃って食べ、勇也の車に全員乗り込み最寄り駅まで送る。 「龍司くん、またおいでね」 勇也がそう言うと、龍司は笑顔で“必ず”と言った。 「じゃ、また学校で」 龍司がそう言うと、 「うん、学校で」 と佑が軽く手を上げた。龍司はその佑の腕をつかみ、引き寄せ、唇の際にキスした。 「竹内ッ」 真澄の手が届く前に、龍司は軽やかに身を(ひるがえ)し、 「学校でね」 と、笑って手を振り駅舎に向かって歩いて行った。 完
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